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結果を示す者と手段を示す者

 俺達はマルトーに連れられて、魔鉱石を粉砕した後の作業をする場所に赴く。

 そこは、あの悪夢の動力炉を彷彿とさせるような熱気に包まれており、筋骨隆々のドワーフとイフリート達が威勢良く作業をしている。

 一体のイフリートと目が合うと、彼は俺に意味ありげな目でウインクをしながらこちらに近づいてきた。


「バニング殿から《意思疎通魔法(テレパス)》で聞きましたぞ。中々に見所のある筋肉をしておりますな。」


 俺は動力炉での地獄の光景を思い出して思わず身震いしながらも、彼に疑問に思ったことを伝えた。


「テレパスって……頭に直接流れてくるんですか?」


 彼はニヒルな笑みを浮かべながら首を振った。


「そんなことをしたら、頭が煮え上がってしまいますよ。魔力の波長を合わせた水晶玉同士で通信をするのです。」


 マルトーがどや顔をしながら、作業場の一角にある水晶玉を持ち上げた。


「俺の祖父様がフォラス様から聞いた技術を元にこれを作り上げたのさ。俺達ドワーフの中でも随一の腕の持ち主でな、当時は弟子入りを志願する奴が後を絶たなかったらしいぜ。まあ……大概の奴は下働きの時点で才能が無いと言われて、破門されてたらしいがな。」


(ほう……それは一度会ってみたい相手だな)


 興味深げな顔で話を聞く俺へ、マルトーは残念そうな顔で告げる。


「祖父様が生きていたら、是非ともケイ様にも合わせたかったですぜ。きっと意気投合して、世の中がもっと面白いことになってたに違えねえ。」


「そうでしたか、それは残念です。一度お会いしてみたかったです。」


 マルトーは頷くと、俺の手を引いて歩き始める。

 そして、大型の釜を指さした。


「これが魔高炉だ。これに粉砕した魔鉱石と魔石灰、そして《樹巨人》の樹皮を燻して粉末にしたものを混ぜて焼くと、魔鉄鋼が精錬できるんだ。」


 彼は仲間のドワーフににテキパキと指示をすると、原料を高炉に投入させた。

 どうやら、炉の上部に投入口があるようで、ドワーフたちがスコップを使いながら炉に原料を投入していく。

 そして、原料が投入された高炉にイフリート達がポージングをしながら炎魔法をかけると、炉の全体が虹色に光り輝いた。


(すごい……これが魔法の力って奴か! 俺がいた世界とは全く違う技術だ)


 しばらくすると、炉の下から真っ赤に輝く液体がほどばしり、型の中に流し込まれた。

 マルトーは自慢げな表情でそれを見ながら俺の肩を叩いた。


「これが魔鉄鋼だ。今は真っ赤に輝いているが、冷えると水晶のように透き通るんだぜ。しかも鋼のように良くしなるから加工もしやすい優れもんなんだよ。」


「それは便利ですね。ところで、魔石灰などを入れる量は決まっているんですか?」


 マルトーは少し考え込みながら仲間のドワーフ達に問いかける。


「昔から決められた分量でやってるはずだが……変えてねえよな?」


 ドワーフ達は一瞬目を泳がせながらも、意を決したように答えた。


「実は……妖素が入っちまうって何度も指摘されているんで、今回の分は魔石灰を少し多めに入れたんだ。」


 マルトーの顔がみるみる紅潮していき、体をワナワナと震わせる。

 そして、火山が噴火するような激しい勢いで周囲のドワーフたちを怒鳴りつけた。


「なんてことをしやがったんだ! そういうことをする前に、俺へ一言声をかけるって約束をしていただろうが。ただでさえ、人間向けの魔鉄鋼の生産が遅れているというのに、不良品を出したら意味がねえってことが何でわからねんだよ……とにかく、これは表へは出せねえ代物だ。全部廃棄するからな!」


 俺はヘーレンの方に向き直り、深く頭を下げる。


「すみませんが……あの魔鉄鋼の鑑定って、お願いできますか?」


 ヘーレンは不満げな顔をしながら俺に尋ねた。


「ドワーフの尻拭いをしろって言うのかい? 変なものを鑑定するのはお断りだよ。」


 俺はマルトー達にも聞こえるように大きな声で応えた。


「違いますって! 本当に魔石灰が妖素の低減に効果があるかどうかを調べたいんです。これが出来るのは鑑定が出来る貴方達だけなんですよ。」


 ドワーフ達が縋るような目でこちらと見てくる。

 それを見たヘーレンが大きな溜息をついた。


「まったくケイ様はあたいらを働かせるのが上手だよ。あたいを作業場に連れてきたのは、こういったことが起こると考えてたわけだね。だけど、あたいらの力を必要としてくれていることはよく分かった。悪い気分じゃないから、それくらいのことはやってやろうじゃないか。」


 俺はヘーレンに深く頭を下げながらも、さらに言葉を続けた。


「このことは俺も想定はしてなかったことなんです。貴女に来てもらったのはもっと違う理由なんですよ。」


 ヘーレンは不思議そうな顔をして、首をかしげた。


「そうなのか? じゃあ、なんであたいをこんな風に連れ回そうとしたんだい。」


 俺は敢えて傍らに居るアリシアに問いかける。


「アリシアは料理を作るときに、味見をするよね?」


 アリシアは俺の問いかけの意味が分からずに戸惑いながらも頷いた。


「そうですね。味が薄すぎたり濃すぎないかどうかを確認するために、味見をしています。」


 俺は満足げに頷きながら、さらにアリシアに聞いた。


「最初は毎回味見していたみたいだけど、今じゃ要所要所で味見をしている感じだよね?」


 アリシアは笑顔で頷いた。


「そうなんです。最初の頃は心配で、全部の箇所で味見していたんですけど……最近では味見をすれば良い場所が分かってきたので、そこだけはするようにしています。」


 そこまで聞いたところで、マルトーが我に返ったような顔で叫んだ。


「そうか! 投入前の原料や精錬直後の魔鉄鋼も鑑定するべきだと、ケイ様は言っているわけだな!」


 ヘーレンがうんざりしたような顔で俺を見る。


「あたいらの仕事が膨大になっちまうよ。流石にそれは勘弁して欲しいもんだね。」


 アリシアが俺の顔をじっと見ながら、何か言いたそうにしている。


(おっ……アリシアは気づいてくれたようだな)


 俺はそれを肯定するように頷くと、アリシアはヘーレンに優しげに告げた。


「先ほどの料理の件ですが、ケイが私にわざわざ聞いたのは、この一件に見立てたのだと思います。つまり、最初は全部鑑定したとしても、最終的には要点だけを鑑定すれば良くなるはず。だから、作業量は最終的には減るのではないでしょうか。」


 俺はアリシアの肩に優しく手を乗せながら、ヘーレンに言った。


「恐らく、俺の推測ではどこかの作業で妖素が低減されているんじゃないかと思っているんですよ。ただ、それがどこかは分からない。なので、まずはその作業がどこなのかを知りたい。それが出来るのは鑑定が出来る貴女達だけが出来ることなんです。これが上手くいけば、不良も少なくなって最終的な作業は減ると考えて居ます。どうか、力を貸してくれないでしょうか。」


 ヘーレンは赤黒い顔を深紅に染めながら小声で答えた。


「まったく……ケイ様は大した悪魔だよ。こんな小鬼にそんな殺し文句を吐くんだからさ。でも、これまでのことで、ケイ様が誠実にあたい達のことを考えてくれているってことは分かった。」


 ドワーフたちがホッと安堵した表情をする中、俺は周囲に向かって告げる。


「コブラナイ達が物事の結果を示す者ならば、貴方達ドワーフ達は物事が上手くいくための手段を示す者だと信じています。折角コブラナイ達が協力してくれるんだから、その誠意に答えてくれることを期待していますよ。」


 ドワーフたちが嬉しそうな顔で自分の腕を叩いてそれに応える。

 マルトーはどこかすっきりした顔をしながらヘーレンに手を差し出した。


「ケイ様の言うとおりだな……俺達は目的を達成するための手段を具現化することは出来る。だが、それが上手くいっているかどうかの結果はあんた達コブラナイの鑑定があってこそだ。色々とあったかもしれないが、協力してくれるかい?」


 ヘーレンは意表を突かれたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてその手を握った。


「ふん……誇り高いドワーフから先に手を差し出されちゃ、それを拒む理由なんて無いさ。しっかりと協力するから、良い物を作ってくれよ。」


 マルトーは満面の笑みを浮かべながら、力強く叫んだ。


「さて、そうと決まったらボヤボヤしちゃ居られねえ! 型に入った魔鉄鋼が冷え次第、すぐに叩くぞ。」


(叩くってどういうことだ? 型に入っているのに何故そんなことをするんだ)


 俺が不思議そうな顔でマルトーを見ていると、彼は頭を掻きながら言った。


「冷えた魔鉄鋼をミスリルの槌で叩いて成形するんでさあ。俺の祖父様の時代から続いている風習なんですぜ。ただ、何故そうするかは誰も知らないんですぜ。でも、成形した方がなんとなくなんですが良い物が出来ている気がするんだよなぁ。」


 マルトーの言葉に引っかかりを感じた俺は、ヘーレンにまた頭を下げる。


「すみませんが、叩く前の魔鉄鋼と叩いた後の魔鉄鋼を鑑定してもらっても良いですか?」


 ヘーレンは胸を張りながら答えた。


「水くさいことを言うんじゃないよ。ここまで来れば、鑑定する物がちょっとぐらい増えたところで大して変わりゃしないよ。その代わり、あたいらの作業場にも来てもらおうか。」


 俺が笑顔で頷くと、ヘーレンはぐいぐいと俺の手を引っぱりながらドワーフに告げる。


「さあ、そうと決まったらグズグズしちゃ居られないね。鑑定して欲しい物はあたいらの作業場に直接持って来な! それじゃ、あたいはケイ様と一緒に自分の持ち場に戻らせてもらうよ。」


 ドワーフたちはいそいそと白銀に輝く槌を持ち出して、型に収められている魔鉄鋼が冷えるのを今か今かと待ち構えている。

 マルトーも懐から白銀に輝く槌を取り出して、固唾をのんで型の様子を見ている。

 俺はその槌を見た瞬間に、思わず息を呑んだ。

 握り手が非の打ち所のないほどの純白の石で作られており、そして頭部にはミスリルの白銀の輝きが最大限に活かせるような緻密な装飾がされている。

 

(あっ!? あれってもしかして!)


「あの……マルトーさん! それって人間の……」


 俺が最後まで言い終わる前に、ヘーレンがさらにグイッと俺の腕を引っ張る。


「後にしておくれよ! これからとても忙しくなっちまうから、その前にあたいらの作業場を見てもらいたいんだ。」


 マルトーが肩をすくめながら、俺に言った。


「この槌が気になるんですな。後で魔鉱石を持って行った時にでもお話ししますんで、まずはヘーレンの用事を済ませて下せえ。」


(たしかにそれもそうか……だけど、あの人とドワーフって何の関係が?)


 色々と疑問に思うことが合ったが、ひとまず俺はヘーレンと共にコブラナイ達の作業場へと向かうことにするのだった。

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