ファーストキスのやり直し
俺が床を転がりまくっていると、叫び声を聞きつけたアリシアが飛び込んできた。
彼女は俺を抱きしめて心配そうに声をかける。
「ケイ、大丈夫なのですか? まさか……私の魔法をかけた後遺症で精神が……」
俺は全力でそれを否定した。
「違うんだアリシア! 今のは、あの爺の精神攻撃で……」
アリシアが非難するような目でフォラスを見ると、彼は慌てだす。
「お嬢様、誤解ですじゃ。ケイは錯乱しておるだけでございます。儂はお嬢様とケイの仲をちょっとだけ後押しする≪愛の堕天使≫的な助言をしたまでにすきませぬ。」
俺はここぞとばかりにフォラスの悪行を暴こうとした。
「アリシア聞いてくれ……このエロ爺はルキフェルたちと一緒に、君の部屋でのやり取り全部を水晶玉で見ていたというんだ。」
アリシアの顔が真っ赤に染まっていく……
静かに、だが有無を言わさぬ声で彼女は言った。
「フォラス……お父様とお母様を連れてきなさい。」
流石のフォラスも身の危険を感じたのか、煙のように消えていく。
ものの数秒もしないうちに、床からルキフェルとヒルデ、そしてフォラスが音もなく現れた。
アリシアがルキフェルに笑顔で近寄っていく。
「お父様……私、言いましたよね? 任務の時は水晶玉を使っても構いませんが、プライベートは絶対に見ないで欲しいって。今回はどのような任務だと申されるのでしょうか。」
ルキフェルは少し焦った表情で俺に助けを求めた。
(いや、そこで俺に助け求めちゃ駄目だろ……俺も被害者ですよ?)
そうはいっても、ルキフェルがあまりに可哀想な表情をし始めたので、俺は仕方なくルキフェルの擁護をする。
「アリシア、告げ口した俺が言うのもなんだが、一週間部屋から出なかったから、ルキフェルも君を心配して……」
アリシアは凄みのある笑顔で俺に告げる。
「ケイは優しいですからそう言うと思っていました。ですが、これは親子の問題です。黙って見ていてもらえますか?」
(こ……怖えぇぇぇぇ!? アリシアが本気で怒るとこうなるのか)
俺は素直に全面降伏して、ルキフェル達の裁きを素直に見ていることにした。
ちなみに、フォラスは俺を見て『このヘタレがあぁぁぁ!?』という表情をしていたが、この糞爺については一回痛い目を見たほうが良いと思ったので、静かに首を振るにとどめた。
ルキフェルが沈んだ顔でアリシアに話しかける。
「これは誤解なのだ……我は必死で止めたのだが、ヒルデが娘のために必要だと……」
ヒルデが俺に向き直って微笑した。
「そういえば、ケイはあの告白をした後すぐに気絶しちゃって、そのあとのことを覚えていないんでしょう? ちょうどここに記録が残っているから見てみない?」
俺は思わず水晶玉に目が釘付けになった。
(あの後結局どうなったんだ……アリシアとキスしたのか? いや……アリシアの返事は……)
水晶玉が光りはじめ、俺のあの恥ずかしい告白が再度流れ始めた。
『人生やり直せるならこんな子を彼女にして、一緒に生きていけたら最高だって思ったんだよぉぉぉ!』
俺は悶絶しながら先ほどの自分の告白を改めて後悔する。
(改めて聞くと、やっぱり恥ずかしいぃぃぃ!?)
そしてアリシアが気絶する俺を優しく抱き留めて、顔を真赤にしながら顔を近づけ……
そこで映像が途切れてしまった。
アリシアが神速の勢いで水晶玉に近づいて、それを地面に叩き付けたからだ。
だが、ヒルデが微笑しながらもう一つの水晶玉を取り出す。
「甘いわね、アリシア……もう複製はしてあるわよ。」
アリシアが真っ赤な顔で母を詰る。
「酷いわ……お母様はそんなことしないと思っていたのに!」
ヒルデが優しげな顔でアリシアに何かを耳打ちした。
アリシアは衝撃に身を震わせた後、何かに負けたような顔をしながら俺を見ている。
(いったい何を吹き込まれたんだろう?)
俺が呆気にとられる中、ヒルデは俺に近づいてきて耳打ちをする。
「私達はこれで一旦いなくなるので、あとはよろしくね。目的は果たせているので、今度こそ二人っきりでお話しして頂戴な。」
――目的ってなんだ?
俺は非常に嫌な予感がして、ヒルデに”目的”について問いかけようとしたが、ルキフェル達と共に逃げるように消え去ってしまった。
* * *
ヒルデ達が消え去ってしまい、俺とアリシアは二人っきりになった。
アリシアは、真っ赤なに染まった顔で俺を見て惚けている。
俺は彼女に、告白の返事について聞こうと思って声をかけた。
「なあ、アリシア……さっきの件だけど……」
その瞬間、アリシアの目が鋭くなった。
「ケイ、今は話してはなりません……少し下がっていてくれますか?」
(やっぱり答えはNOなのか……)
俺が肩を落として二歩ほど下がると、彼女が魔力を込め始めた。
「え? ちょ……アリシア、いったい何を!?」
アリシアは静かに目を閉じると、部屋の周囲を探るように両手ををかざす。
そして彼女が目を開いた瞬間に、手からレーザーのような青い閃光が無数に放たれ、複雑な動きをしながら部屋のあちこちに炸裂した。
状況が呑み込めず、固まっている俺にアリシアは苦笑しながら説明する。
「お母様が仕込んだ覗き窓は、すべて破壊しました……まったく油断も隙もないですね。」
「そうだったのか……助かったよ。また盗み聞きされていたら、今度こそ恥ずかしく憤死してしまいそうだったからね。」
「そういえば、私に何か言いかけていましたけれど……なんでしょうか?」
情けないことに、告白の返事を聞くという気持ちが一気に萎んでしまった俺は、違う話題を振ることで話をそらすことにした。
「そういえば、アリシアは俺の魂を≪ナロウワーク≫へ導いてくれたみたいだけど、どうして俺がこっちの世界へ来た後は、初対面のように振る舞っていたんだい? 別に隠さなくっても俺は気にしなかったんだけどな。」
「それは……どうしても聞きたいですか?」
「いや、別に無理にとは言わないんだ。ただ……ちょっと気になっただけだよ。」
アリシアの表情が強張り、俺はまずいことを聞いてしまったのではないかと警戒する。
だが、アリシアは意を決したように俺に告げた。
「私自身がケイを殺してしまったのではないかという後ろめたさがあったのと、私に借りを作ったと思ってほしくなかったからです。」
「さっきも言った通り、俺は自分の力不足で死んだと思っているし、アリシアには感謝しているんだ。別に、それでいいんじゃないのかな?」
「でも、私への義理で心を縛るのが嫌だったんです。私は、この世界で私は男性からは恐れられ、噂を信じた女性からは蔑まれていましたので……」
(アリシアの生い立ちを考えれば、そうなのかもしれない。だけど……)
俺は、彼女の両肩を掴んで真っ直ぐに目を見つめた。
「そんなことを言うもんじゃない……俺はアリシアの生い立ちを聞けて良かったと思ってる。この世界へ来るときは、外見しか見てなかった。だけど、君の生き方を聞いて内面も好きになった。アリシアは立派に生きてきたじゃないか……どこに恥じることがあるんだよ!」
アリシアが目を見開いて大粒の涙を流す中、俺は彼女を抱きしめながら囁く。
「前世のことを持ち出すのはよくないけど、俺の国じゃ結婚っていうのは、愛する女一人を生涯にわたって幸せにするためにするものだった。俺にとってアリシアはそういう女なんだよ。まだ知り合ったばかりだし、結婚してくれというのはまだ早いけど……その前提として俺の彼女になってはくれないだろうか。」
彼女が俺の首に手を回し、上目遣いに見て答えた。
「嬉しい……です……」
嬉しさのあまり、俺の目にも涙が溢れてくる。
「あはは……可笑しいよな? 嬉しすぎて、涙が出てきちゃったよ。」
お互いに、涙で濡れた顔のまま唇は近いていく……
そして、俺達のファーストキスは幸せな気持ちのままに、やり直すことが出来たのだった。
* * *
お互いの気持ちを確認し終わった後の余韻に浸りながら、俺はアリシアに話しかける。
「ルキフェルとヒルデに、君との交際を許してもらいに行かなくっちゃな。」
アリシアがハッとした顔で俺を見た。
「実は……その……お母さまが、先ほどの水晶玉を複製して、すでに他の魔王軍の幹部の方に配ってしまったようで……」
「え……ええぇぇぇぇ!?」
俺は、あの恥ずかしい告白が世に出回ってしまったということを、今更ながらに知ってショックを受ける。
「い……今のほうがロマンティックだし、こっちの方を流したほうが……」
アリシアが真っ赤な顔をして首を振る。
「これは、私たちだけの思い出としたほうが良いですよ。私……こんな素敵な告白されると思ってなかったから本当に嬉しかったです。」
気恥ずかしい気分になる中、どこからか水晶玉が転がってきた。
『ジャーン、ジャジャーン』という何とも壮大な音楽が、水晶玉から流れて、思わず俺達はそれを見つめる。
水晶玉から、勇者ロランとの対峙で俺が叫んだ『俺の天使』発言や、アリシアの魔法に焼かれながら必死で彼女を止めようとする場面、さらにあの恥ずかしい告白シーンがダイジェストで流れた。
しかもご丁寧に発言の際に字幕をしっかりとつけてあり、最後には”ピンクのハートマーク”が大きく描かれて、中心に”婚約おめでとう”の不思議な文字がでかでかと表示されている。
(アウトオォォォォ!? これで俺は魔王軍の中でイロモノ扱い確定だ……)
俺はわなわなと震えながら、アリシアに聞く。
「これ……本当に、皆へ出回ちゃったんだよね?」
アリシアは遠い目をしながら答えた。
「ええ……そうですね。お母さま曰く、『外堀は埋めちゃたので安心してね』と……あと、お父様が『キスまでは許すが、婚前交渉はしないように』と釘を刺すように何度も言っていました……ケイ、婚前交渉って何でしょうか?」
(おいぃぃぃぃ!? 純真な娘に、なんてことを言いやがるんだあの二人は……)
俺は思わず噴き出して、アリシアを諭す。
「なあ、アリシア……俺さ、君のような素敵な人を彼女にできて本当に嬉しいと思ってる……でもね、そういう危ないことを聞くのは、これから先も二人っきりの時だけにしようね。」
意味が分かっていない彼女に耳打ちをすると、頭から蒸気を出す勢いで全身が真っ赤になって、気を失ってしまった。
(箱入り娘には、刺激が強すぎですよね……なんとなく、こうなるのわかっていましたよ)
俺はアリシアを抱き上げ、彼女の部屋に運ぶと、ベッドに寝かせて頭を撫でた。
気を失っても真っ赤な顔の彼女だったが、だんだんと穏やかな顔になっていく。
そして、幸せそうな顔で寝息を立て始めた。
それを見た俺は、優しく彼女にキスをして自分の部屋に戻るのだった。