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我が道を行く者

 なんとか動力炉から抜け出したものの、火傷で体がヒリヒリと痛んだ。

 そんな俺の顔をアリシアが心配そうに覗き込む。

 彼女は優しく俺の肩を支えながら、申し訳なさそうな顔をした。


「アンバー達には後でしっかりと反省するように言っておきますね……今はせめてこれくらいのことはさせて下さい。」


「こうやって労ってくれるだけで十分ありがたいよ。アリシアのおかげで痛みが和らいできた気がするしね。」


 遅れてやってきたアンバーがそんな俺達を見て、笑みを浮かべた。


「おやまあ、熱くて見てられないよ。あたしにもお嬢とケイ様みたいなロマンスが欲しいもんだよな……爺様、あたしにも誰かいい男を紹介してくれないか?」


 いつの間にか俺の後ろに居たフォラスが肩をすくめながら首を振る。


「まったく……お前みたいな跳ねっ返りを望むような好き者はおらぬわい。ケイもそう思うじゃろう?」


(俺にそういうことを振らないで欲しいよ……)


 一歩間違えると地雷を踏むような問題をぶん投げられて、俺は冷や汗をかきながらアンバーを見る。

 彼女は癖のある感じだが、間違いなく美人の部類だ。

 それに、言葉は無頼のようで荒っぽいが、さりげなく色々な気遣いが出来るようだし、見識も広そうだ。

 彼女の本質さえ見抜ける男がいればきっとうまく行くだろうと思う。

 ただ、恐らくは彼女の尻に敷かれることは間違いないだろう……

 俺は慎重に言葉を選びながら、アンバーに言った。


「フォラスはそう言っているけれど、俺はアンバーさんって結構良い女だと思いますよ。きっと、周りの男達の見る目がなかっただけじゃないんですかね。」


 アンバーは嬉しそうな顔をして、俺の肩を思いっきり叩いた。


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか! ケイ様は口が上手いよな。アリシア様のこともそうやって口説いたのかい?」


「うおぉぉぉぉぉ!? 痛えぇぇぇぇぇ!」


 火傷の痛みが残る肩に強烈な一撃を食らった俺は、あまりの痛みに床に転がって悶絶する。

 アリシアが心配そうな顔で俺を見ながらアンバーを叱りつけた。


「ケイはまだ火傷が治っていないんですよ! もう少し気をつけて下さい。」


 アンバーは悪びれずに俺の手を取って強引に引き上げる。


「お嬢は過保護すぎるよ? 男だったらこれくらい我慢できるもんさ。」


 さらなる痛みで目がチカチカとする中、フォラスが呆れながらアンバーに言った。


「あまりケイで遊ぶでない。それより、例の件はケイに頼んで良いのか?」


 アンバーは少し考えた後、急に真面目な顔になって俺に問いかけた。


「さっきケイ様は、バニング達を尊敬するって言ってたよな……あれはお世辞で無く本気で言ったのかい?」


 俺は何故彼女がそんなことを聞くのかと思いながら、真顔で答えた。


「もちろん本心からの気持ちですよ。現状に折り合いを付けて、その中で幸せを見つけることが出来るって、中々出来るもんじゃ無いと思うんですよ。」


 アンバーは興味深げに俺を見てさらに問いかける。


「その口ぶりだと、ケイ様もその折り合いとやらで苦労した質だね?」


 俺は苦笑しながら頷いた。


「俺の場合は情けないことに、前世では完全に折り合いを付けることが出来ませんでした。でも、この世界にきてようやくそれが出来そうになっているって感じですね。」


 アンバーがその続きを聞きたそうにしているので、俺はアリシアの方を見た。

 どうやらそれでアンバーには伝わったようだ。


「なるほど! 好きな女のために力を存分に振るいたいってわけか……お嬢が羨ましいよ。ただ、あたしからケイ様に一つだけ忠告しておくよ。さっきのバニングとのやりとりもそうだけど、恐らくケイ様は他人の為に無意識の内に自分をないがしろにする癖がある。そして、それは自分の傍らに居る相手に対してもだ。爺様の幸せを願うのも良いけれど、まずはお嬢と結婚して自分の足下をしっかりと固めるってことも出来たはずだよね?」


(前にもフォラスに言われた気がするな……)


 俺はなんだか申し訳無い気持ちになってアリシアに声をかけようとした。

 だが、アリシアは優しげな顔をしながら首を振る。

 そして、毅然とした表情でアンバーに告げた。


「あの件は、ケイだけではなく私の意思でもありました。そして、そういう所も含めて私はケイのことが好きなのです。それに、ケイは常に私の為に動いて下さいました。ないがしろにしただなんて、とんでもないことだと思いますよ。」


 アリシアの姿を見て、アンバーは哄笑した。


「あっはははははは……やっぱりケイ様は大したお方だ! あのお嬢をここまではっきりと自分の意見を言えるように変えちまうなんてさ。爺様、あたしは確信したよ! ケイ様になら、あの件を任せても大丈夫だ。」


 フォラスは度し難いという顔をしながら首を振る。


「儂があれほどケイなら任せても大丈夫じゃと言っとったのに、『こういうのは自分の目で確かめるもんだ』と聞かなかったのは誰じゃったかのう?」


 アンバーは笑顔でフォラスの肩を叩いた。


「爺様、あまり細かいことを気にすると皺が増えるよ。さて、そうと決まったらグズグズしてられない……お嬢とケイ様をちょっと借りてくよ!」


 彼女はそう言うや否や、俺とアリシアの手を強引に引っ張ろうとする。

 だが、その手は見事に空を切った。

 アリシアが、俺の肩を痛みが出ないような絶妙な力加減で引き寄せたからだ。


「アンバー! さっき私が言ったことをちゃんと覚えていますか?」


 眉をひそめながらアリシアがアンバーを窘めると、アンバーは頭を掻きながら舌を出した。


「こりゃあいけねえ……つい気が焦っちまってね。とにかく、あたしについてきてくれ。」


 有無を言わさずに、アンバーはスタスタと歩き始める。

 俺とアリシアは顔を見合わせながらも、彼女の後に続くのだった。



 * * *



 俺とアリシアはアンバーに連れられて、建物の外に出る。

 いつの間にか、街中に響いていたコツコツという金属音がなくなっていて、蒸気が噴き出す音だけが聞こえるだけになっていた。

 アンバーとフォラスは顔を見合わせて、険しい顔になる。


「爺様、これは少しまずいことになりそうだ。」


「そうじゃな。これはすこし急がねばならぬようじゃ。これ、ケイよ! 何をグズグズしておるか。早くアンバーと共に工房へ行くのじゃよ。」


(相変わらず、唐突に言ってくるよなぁ)


 俺がフォラスに何が起こっているのかだけでも聞こうとした時、大きなリフトが繋がっている建物から小さい子鬼のような女性が駆け寄ってきた。

 赤黒い顔をした彼女は、手に持った小槌を振り回しながら慌てた様子で頭を下げた。

 

「アンバー様、申し訳ありません。《ドワーフ》たちの傲慢な態度に激怒した《槌小鬼(コブラナイ)》達が、一斉に仕事を放棄してしまいました。今、皆が工房に集まっていて、いつ衝突してもおかしくない状況になっています。」


 アンバーは頭に手を当てながら首を振る。

 そして、胸の前で両手を組んでポキポキと音を鳴らしながら言った。


「まったく……大事な仕事をほっぽり出して何やってんだか! しょうがない、アンバー姐さんがすぐ行ってやるから、正座して待っているように言っときな。」


 子鬼のような女性は、ぺこりと頭を下げると転がるような勢いでリフトが繋がっている建物へと駆け込んでいった。

 アンバーは凄みのある笑顔を浮かべながら、ズンズン音を立てて子鬼が入っていった建物へと向かっていく。

 フォラスが額に汗を掻きながら俺に耳打ちをした。


「あの娘はああなると抑えが効かぬ……後はケイに任せるので、一緒に行くが良い。」


「ちょっ!? そこは師匠であるフォラスが行くべきでしょうが!」


 アンバーが振り返って俺とフォラスの襟元をむんずと掴んだ。


「ごちゃごちゃと五月蠅いな! あたしは仕事をしっかりする奴は好きだが、無責任に仕事をほっぽり出す奴は大嫌いなんだ。ほら、そこの頼りになる男衆! か弱い女性が困ってるんだから、ボサッとしないでさっさと工房へ行くよ。」


 思わずアリシアが止めようとしたが、『肝心なときに役に立つのが真の男ってもんだ! お嬢は黙ってついてきな』と言われて、沈黙した。

 結局、俺とフォラスはアンバーに引きずられるようにして、工房へと連れて行かれるのだった。

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