悪夢の動力炉
俺達はアンバーに連れられて、街の中心部にある大きな建物を見に行くことにした。
建物の外壁には無数の配管が複雑に張り巡らされている。
そして、一際大きな配管が、街を繋ぐリフトのシャフトに繋がっていた。
どうやら、あの中に風車が入っていて、蒸気を動力源として回しているようだ。
(しかし……これほどの技術を誰が考え出したんだろうか?)
不思議そうな顔で俺が建物を眺めているのを見て、フォラスが自慢げに胸を張って言った。
「ヒルデ様から頂いた異世界の情報を元に、儂が考案したのじゃ。まあ……ドワーフたちの技術力が高かったと言うこともあるがのう。」
「おお! すごいじゃないですか。ただの糞爺じゃ無かったんですね。」
「ケイよ……お主は儂をなんだと思っておるのじゃ。儂はお主が考えて居る数倍……いや、数万倍はすごい叡智を持っているのじゃぞ。」
(自分でそう言っちゃうところが胡散臭いんだよなぁ)
俺が胡乱げな顔でフォラスを見ていると、しびれを切らしたアンバーが俺達の手をぐいぐいと引っ張って建物の中へと引っ張り込む。
「爺様、話が長すぎるんじゃないかい? そこでいつまでも話してたら、日が暮れちゃうよ。早く中に入ろうじゃないか。」
そして彼女は俺をグイッと引き寄せて、耳打ちした。
「あれで、爺様は『ケイが来たら腰を抜かすじゃろうから、自慢してやるのじゃ』なんて言ってたんだよ。いつも岩みたいに険しい表情してる癖に、可愛いことを言うと思わないかい?」
(ほう……あの糞爺にもそういった一面があるのか)
俺は思わずフォラスの方を見ると、彼は真っ赤な顔をしてアンバーを叱りつけた。
「アンバー! あまり余計なことを言うでないわ。ケイが勘違いして儂に惚れたらどうするつもりじゃ。」
「爺様……ボケるのにはまだ早いんじゃないかい? ケイ様はお嬢にゾッコンなんだから、天地がひっくり返ってもそんなことはおきやしないよ。」
「冗談に決まっておろうが! まったく……お前はどうしてそう物事の道理というものを考えられないのか……」
俺とアリシアはそんなフォラスとアンバーの掛け合いを見て、思わず笑ってしまうのだった。
* * *
建物の中は意外なほどに涼しかった。
街全体に届くほどの蒸気を作っているボイラーがあるとすれば、中がかなり暑いのではないかと思っていた俺は、アンバーに問いかけた。
「思ったよりも涼しいですね……断熱材でも使っているんですか?」
俺の問いかけに、アンバーは不思議そうな顔をして首をかしげる。
「《断熱材》……というやつがなんなのかよく分からないが、ここいらじゃ魔石を使った結界を壁に張るんだよ。ほら、火山の近くで採掘させるのに、結界が無いと採掘担当のオーク達が暑くて死んじまうだろう? それと一緒で、この施設の壁にも結界を張らせているって言うわけさ。」
(なるほど……魔法って便利なもんだなぁ)
俺がこの世界の魔法技術の凄さに改めて感心していると、フォラスが不意に耳に息を吹きかけてきた。
「うわあぁぁぁぁ!? 一体何をするんだこの爺!」
驚いてフォラスの方を振り返ると、彼は偉そうに反っくり返りながら俺に告げる。
「こういった技術を考案したのも儂というわけじゃ。じゃからもっと敬うと良いぞ。」
(まったく、この爺は……)
だが、フォラスが言っていることも、あながち間違いではない。
こういった技術があると分かっていても、いざ実現するとなれば様々な問題が生じたに違いない。
だから、こうして異世界の技術を定着させた彼の手腕は確かであることは間違いないだろう。
現に、《QC工程図》や《作業手順書》についても彼は普及させようとして居るわけだし、そういった意味では彼に尊敬の念を抱かずには居られないと俺は思い直した。
「確かにそうですね。フォラスの具現化や普遍化の能力はすごいと感心させられます。」
フォラスは俺がそう返してくるとは思っていなかったようで、一瞬固まった後にそっぽを向いた。
「ふん……ケイがそのように儂のことを素直に認めると、尻がむずがゆくなるわい。」
(素直じゃ無いのはどっちなんだか……)
だが、すかさずアンバーが笑みを浮かべてフォラスの脇をツンツンと突いた。
「爺様は照れ屋だからさ……眉がピクピクと動いていて、嬉しいのを堪えているのが丸わかりだよ。」
「これっ! 余計な詮索をするでない。」
そんな二人のやりとりを見ている間に、《動力室:関係者以外立ち入り禁止》と書かれた扉の前にたどり着いた。
アンバーは俺に向き直ると、自慢げに胸を張って扉を開ける。
「私達自慢の技術……さあ、ご覧じろ!」
分厚い鋼鉄製の扉がゆっくりと開かれて、むせかえるような熱気が流れ込んできた。
俺は期待に胸を躍らせながら扉の向こうに足を進めたが、あまりの光景に言葉を失った。
(へっ……何……これ!?)
学校の体育館ぐらいはありそうな部屋の中には、巨大なボイラーが設置されていた。
だが、それがどうでも良くなるような光景がここでは繰り広げられている。
なんと、テカテカの赤黒い肌をしたマッチョマン達がボイラーに向かってポージングしているのだ。
スキンヘッドで赤目の彼らは、腰蓑一枚の姿でボイラー前に設置されたひな壇のようなステージにあがり、恍惚の表情で鍛え上げられた肉体を惜しげも無く披露している。
そして、彼らがポージングを取るたびに、閃光と共に彼らの体から炎が巻き上がり、ボイラーを優しく抱きしめるように温めるのだ。
「イイヨ! キレテルキレテル!」
「あの鍛えられた上腕二頭筋……何という美しさか!」
「あの大胸筋の美しい盛り上がり……俺の鍛え方もまだまだか……」
うっとりとした表情で肉体美を誇るマッチョマン達の姿を見て、俺は思わず叫んだ。
「なっ……ななな……なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!?」
俺の叫び声に気づいた彼らが、『セイヤ! セイヤ!』とかけ声をかけながらこちらへにじり寄ってくる。
その中でも、一際暑苦しそうな男がアルカイックスマイルで俺の右手を握ってきた。
「おお! ケイ様ではないですか。リオンから聞きましたぞ……中々素晴らしい根性の持ち主とか……ですが、まだまだ鍛え方が足りぬようですな。良かったら是非この《筋肉の楽園》で究極の肉体美を目指しまじょうぞ。」
状況が飲み込めない俺は呆気にとられていたが、彼の手から筋肉に対する熱い想いが伝わってくる。
そして、ジュウゥゥゥゥという嫌な音と共に、強烈な痛みが走った。
「熱いいぃぃぃぃぃ!? 手が……手が焼けるうぅぅぅぅ!」
男は不思議そうな顔で俺が悶絶する姿を見ている。
「ややっ……悪魔なのに、私の炎に焼かれるとは……鍛え方が足りぬのでは? やはりもっと筋肉を付ける必要があると思いますぞ?」
ゴロゴロと転がりながら右腕まで燃え広がり始めた炎を必死で消そうとする俺に、アリシアがすかさず水魔法をかけて鎮火する。
アンバーはそんな俺を見て、ゲラゲラ笑いながら男に言った。
「バニング! 相変わらず良い体をしているね。ケイ様は炎耐性が無い上に痛覚無効がないから、あんたの体に触れるだけで焼かれちまうんだよ。だから、あんまり熱くなるとケイ様が燃えかすになっちまうよ。」
バニングはポンと手を打った後、つるつるの頭を撫でながらにっこりと笑う。
「そうでしたか……それならば、なおさらここで修行なされるとよろしいのでは? 我らと共に熱く燃えさかるリビドーを昇華させるのです! それに、リオンから『いつかケイ様がここに来たときは、くれぐれもよろしくお願い致します』と頼まれておりますしな。我らとしても大歓迎ですぞ。」
まだヒリヒリと痛む手を息で冷やしながら、俺はバニングに尋ねる。
「リオンさんとバニングさんは知り合いなのですか?」
バニングはどこか優しげな目をしながら頷いた。
「リオンは究極の肉体美を目指すべく、ここに修行にきたことがあるのですよ。ケイ様も知っての通り、とても真っ直ぐで良い筋肉の持ち主でしてな……彼が修行を終えて亜人の元へ戻ってしまった時は、とても寂しい気持ちになったものです。」
(さっきから筋肉の話しかしていない……これが脳筋って奴なのか?)
確かにあのリオンならば、ここは天国のような場所だったに違いない。
若干頭が痛くなりながらも、俺はアンバーに問いかけた。
「それで、何だってこんな暑苦し……いや、変わった方法で蒸気を起こそうと思ったんですか?」
アンバーはフォラスを一顧して、誇らしげな顔をしながら言った。
「平和となった世の中で、過ぎたる力は身を滅ぼす元になるんだよ。だからこそ、爺様は彼ら《炎の精霊》達に、この街の動力源となる道を与えたのさ。そして、それだけじゃ面白くないだろうから、私が彼らに肉体美という者の素晴らしさを教えてやったというわけだ。」
バニングも胸元で両腕を組みながら続く。
「時代が変わった今、我らの燃えるような想いを昇華させる方法があることは幸せなのですよ。そして、平和的に自らを高められる上に、この街の者のために働くことが出来る……フォラス様とアンバー様には感謝しても仕切れないのです。」
(なるほど……彼らの幸せのために、フォラス達は尽力したというわけか)
俺は自分の考えが浅かったことを反省して、バニングに頭を下げた。
「《イフリート》の皆さんは立派です。状況が変わった後に、またその中で生きがいを見つけることが出来るなんて中々出来るもんじゃ無いですよ……俺はそんなバニングさん達を尊敬します。」
バニングが嬉しそうな顔をして、たくましい両腕で俺を抱きしめた。
「嬉しいことを言ってくれますな! ケイ様も気が変わったら是非ここで修行して下され。貴方の熱い想い……確かに受け取りました。」
彼の熱い想いを体現するように、もの凄い高温の炎が俺を包み込む。
ジュウウゥゥゥとまた嫌な音がして、俺の体が燃え始めた。
「うがあぁぁぁぁぁぁ!?」
俺は声にならない悲鳴を上げながら必死でバニングを振りほどき、またゴロゴロと地面を転がった。
アリシアが俺に水魔法をかけながらバニングを窘める。
「アンバーがさっき言っていたことをもう忘れたんですか! ケイは炎耐性が無いんですから、そんな熱く燃えさかった体で抱きしめたら消し炭になってしまいますよ。」
バニングは俺に頭を下げながらも、好ましげな顔で言った。
「火事場の馬鹿力とはいえ、私の抱擁を振りほどくとは……見所がありますな。やはりケイ様にはこの《筋肉の楽園》にしばらく滞在して頂きたいと思いますぞ。」
俺は必死で首を振りながら叫んだ。
「嫌じゃあぁぁぁぁぁ!? 筋肉と熱い男達の抱擁で身も心も焼き尽くされてしまうぅぅぅぅぅ!」
フォラスが冷めた目で俺を見ながら呟く。
「まったく、良いことを言ったと思えばこの体たらく……ケイはどうしていつも締まらないのかのう?」
だが、アンバーは興味深げな顔で俺を見ている。
「お嬢はケイ様に炎耐性が無いと言ってたけど……本当に無いならあの馬鹿力の炎で一瞬で燃えかすにされてるよ。姉御との修行のおかげで、そこそこは炎耐性ついてきてるんじゃないか?」
俺の脳裏にノクターンとの修行の光景が思い起こされる。
(確かに……以前よりは気絶する回数も減ってきているし、もしかして俺も強くなってきてるのかも)
一連の流れを見ていたイフリート達が、俺に熱い目線を送りながらポージングを始めている。
バニングもご自慢の筋肉を盛り上がらせて、俺を誘い始めた。
「心頭滅却すれば日もまた涼し……ケイ様さえその気になれば、我らと共に筋肉と炎を極めることも可能ですぞ! さあ、そのステージに上がって、我らと共にヒンズースクワットでもしましょうぞ。」
「……今回はお断りしておきますぅぅぅぅ!」
残念そうな顔をするバニングを背に、俺はアリシアの手を引きながら急いで動力室を後にする。
なんとか《筋肉の楽園》から逃げ出すことが出来た俺は、心に誓った。
しばらくの間、ここには絶対に近づかないでおこうと……
 




