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閑話)王女の回想1

 ポルトゥスで新しい教皇を迎え入れた後、私はお父様から一週間ほど静養する時間を与えると申しつけられた。

 静養と言えば聞こえが良いが、実質的には謹慎というわけだ。

 私室の中で、私は怒りにまかせて枕をベッドに投げつけた。


「ああ……全く面白くない!」


私の声に、慌てて侍女が駆け込んでくる。


(まったく……こういう時だけはすぐに来るんだから!)


 (へつら)うように私の顔色を伺う侍女に、喉が渇いたから紅茶を入れるように命じる。

 彼女は慌てて頭を下げながら、おずおずと少し熱めの紅茶を私に出した。

 私はその紅茶を一口すすると、『少し静かな時間を過ごしたいから、一人にして欲しい』と彼女に告げて、部屋から下がらせるのだった。



 ――熱い紅茶をすすりながら、私は最近の出来事を思い出す。


 怒りの原因はもちろんあの男と魔王の娘だ。

 あの男、いえ……ケイがこの世界に転生してから、どうも色々なことがうまくいかない。

 始まりは、何も知らないケイの為にオーベストで《男殺し》のことを忠告してあげたのに、それを言いがかりと決めつけた上に私を村人達の前で面罵されたことからだった。

 どう考えてもあの一件はケイが悪いはずなのに、お父様から『余計な真似をするな』と窘められた。

 そして、デイヴィットの一件では、聖剣リュミエールをフォラスに奪取されたことを叱責され、新しい婚約者だったロランとその友人のアルケインはケイに唆され、変節して魔王軍に行ってしまう。

 だけど、お父様はあの男のことを何故か評価しているようで、私の婚約者に据えようとした。

 デリカシーのないうえに、恐ろしく性欲が強くて、下着の色にこだわっているような、嫌らしい男の妻になるなんて嫌だったけど、私はクロノスの為にその身を捧げようとした。

 それなのに、あの男はそんな私の決意をあざ笑うかの如く、上から目線で説教してきて、そのあげく勝手に縁談の断りを告げたのだ。



 ――私だって、あんな男なんて願い下げよ!


 あいつが魔王の娘に心酔していて、そして双方が愛し合っていることは、人間の貴族の中でも噂されるほどだった。

 そんな相手を夫に求めることが、どれだけ屈辱的なことかが解らない時点で、あの男はデリカシーがなさ過ぎなのだ。

 そして、あの地上中に広がった恥ずかしい愛の告白のせいで、今じゃ子供でもケイとアシリアが相思相愛であることを知っている。

 そのおかげで、私は『結婚する相手が居ないから、魔王の娘の婚約者に手を出した』とまで噂されたのだ。

 さらに、神域の件や海の件で『精霊のことを理解していない』と、魔王の副官と精霊が馬鹿にしてきたけど、私は天使長であるお父様の娘なんだから、精霊達がこの世界にどう作用しているかを感じることは出来る。

 でも、私はお父様からずっとこう言われていた。



 ――天界に背を向けた者の事情を理解する必要は無い。


 人間の国の王女である私は、魔物に対して警戒こそすれ親しみを持つべきでないのだ。

 事情を理解してその者に情を覚えれば、人間の血を分かち持つ私は妹のように情にほだされる可能性がある。 

 それに、人間という者は地上において、()()あまりにも非力だ。

 だからこそ、お父様や私がしっかりと守ってやらなければ、簡単に淘汰されてしまうだろう。



 ――魔力を全く持たない上に、貧弱で寿命が短い人間という種族。


 お父様は、寿命が短いと言うことに目を付けて、地上に適応した進化を遂げられるように腐心してきた。

 魔力を持つ食べ物を人間に摂取させ、少しずつではあるが人間は魔力を持つことが出来るようになった。

 その中でも、素質に優れた者を貴族として遇し、交配させることによってさらに優れた者を生み出していく。

 能力がそれなりで、理知的な者については地方の領主として赴任させ、その一族の中で優れた者に王都から貴族の娘を賜る。

 そうすることで、少しずつではあるが人間はこの地上に適応していったのだ。



 ――そして、その人間に魔法を教えたのは私だ。


 お父様は、私に魔法を教えるように命じた。

 私は、簡単な周囲を照らす魔法や者を持ち上げる魔法を人間に教えたが、それはとても順調にいっていた。

 人々は私に感謝して、もっと高等な魔法を教えるように懇願した。

 だけど、炎の魔法や雷の魔法を教えた途端、大変なことが起こった。

 人間は耐性が無いために、自らの魔法で自滅してしまうのだ。

 人間達は魔法を使うことを恐れて、魔力を持つことを忌みはじめた。

 その状況を打破してくれる者が私の傍らに現れた。



 ――教皇ベネディクトだ。


 彼は前世では神に一身に仕えて魔王を討ち滅ぼしたが、神への信心が足りずに魔物と成り果てて処刑されたらしい。

 最初のうちはそんな彼を警戒していたが、教会という素晴らしい組織の設立や、私にたいする真摯な対応を見て、少しずつ彼を信頼するようになっていった。

 私は、ベネディクトに魔法についての相談をすると、彼は優しげな顔で頷いて《詠唱》と言う概念について教えてくれた。

 魔法を放つ前に《詠唱》を行うことで、神の加護を得ることが出来るらしい。

 それによって、自身が魔法の影響を受けること無く、強力な魔法を発動することが出来るというわけだ。

 お父様から引き継いだ《強力な耐性》を持っている私には、目から鱗が落ちる話だった。

 早速そのことをお父様に報告すると、お父様はとても喜んで、《防護魔法》を私に教えてくれた。

 私はそれを元に、《詠唱》という概念を人間に伝えて、炎や雷の魔法を使わせることに成功したのである。

 お父様は、ベネディクトのこれまでの功績と表向きは私の功績となっている《詠唱》の概念についてを評価して、私を彼に賜ろうとした。

 私も彼ならば、私の夫にふさわしいと思っていて、それを喜んで受け入れようとしていた。



 ――だが、彼は私を欺いていたのだ。


 突如、縁談は中止となり、彼は『天界の為に身を捧げた者だから生涯結婚はしない』と宣言した。

 何も知らされていなかった私は大いに傷つき、悲しみの涙を流した。

 だが、その悲しみは怒りへと変わった。

 後日、私はどうしてもその理由を知りたくて、お父様に必死に縋り付いた。

 お父様は『お前が知るべきことではない』と、にべもなく私を振り払おうとしたが、今まで従順に従ってきた私が引く気が無いことに気づいて、ため息をつきながらその真実を教えてくれた。



 ――彼は、肉体こそ男であったが、魂は女だったのだ。


 もちろん、このことは口外できない……

 いえ、口外できるわけがない!

 公的には、教皇が偽りの姿で人々を導いていたということ。

 そして、私的には私が同性の者を好いていたなんて……

 そんな醜聞を人間達に知られるわけにはいかなかったのだ。

 彼と私の関係は、その一件以降大分悪くなった。

 だけど、私は王女としての責務を負う定めで生まれてきたのだ。

 だから、形式的ではあるが聖女としての責務は果たす。

 私的な感情はあるけれど、彼が作ってきた教会は人間にとって不可欠なものになっており、その象徴である聖女はとても大事な立場だったからだ。

 でも、そんな中で新たな問題が発生してしまったのだ。



 ――亜人の問題だ。


 クロノスでは『魔力を持つ者が王都の中ではより大きな権力を持つ』としている。

 人間という純血を維持するのであれば、その考えはとても有益だが、もし亜人がクロノスの中に入り込んでしまえば、その考え方は毒となるのだ。

 人間という種族が亜人に淘汰されることをお父様は警戒されていた。

 だからこそ、人間は天界より地上に遣わされた尊い者だと、ベネディクトを通じて布教させていく。

 そして、魔物は人間に対する脅威として、強攻策を取るようにしていった。

 でも、私だって天使と人間の血を分かち持つ者であって、完全に人間というわけではない。

 この矛盾を解決する方法として、平和の象徴として尊重されようとしていた亜人達は、天界の意思として秘密裏に厄介者として扱われるように仕向けられた。

 逆に半魔や半神は、それぞれの王と同種の血を分かち持つ者として尊重するようにしたのだった。



 ――だが、それをあざ笑うかのように、さらなる問題が発生する。


 妹が魔王軍の亜人の幹部が駆け落ちして、子を成してしまったのだ。

 その子供はフェンリルという名だったが、明らかに強い魔力を持っていた。

 その結果、クロノスでは大きな混乱が生じた。

 異形の姿であれば、人間の国だから人と異なる者は重用できないと言った理由で排除できるが、フェンリルは、通常は人の姿でいられる。

 しかも、不祥の妹と亜人の子はいえ、王の血を継ぐ者なのだ。

 一度、あの者と顔を合わせる機会があったが、何処となく妹を思い起こさせる気がして、私は怒りのあまりに顔を歪めてしまった。

 結果的に、偶発的に起きた魔王軍の転生者によるお父様の暗殺未遂によって、フェンリルは魔王軍の幹部となることになり、この一件は自然解消した。

 だけど、一歩間違えれば国が傾くほど危険な要素を、あの者は持っていたのだった。



 * * *



 そこまで思い起こしたところで、私は深くため息をついた。


「それに、転生者の問題……か。結局、異世界の者はこの世界とって脅威となる者でしかないのかしらね。」


 紅茶がいつの間にかぬるくなっていたことに気づいて、はしたないと思いながらもそれを一息に飲み干す。

 先ほどより少しだけ気持ちが落ち着いてきた私は、侍女を呼び鈴で呼び、紅茶を入れ直させた後に転生者達のことを考えるのだった。

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