新たなる教皇の降臨
俺達は騎士に警護されながら、埠頭へと向かう。
錫杖を携えたダンカンと俺達の周りを囲むように、槍に旗を着けた騎士達が勇壮で規則正しい足音を踏みならしながら行進していく。
埠頭へと続く道へ集まった人々が、ダンカンと俺達を見ようと歓声を上げながら殺到した。
俺とアリシアが控えめに笑顔で返すと、歓声はさらに大きくなる。
若干、尻がこそばゆくなりながらも、俺はふと不思議に思った。
(凄い歓声だな……でも、ダンカンの屋敷に向かうときは、みんなは俺達を全く気にしていなかった気がするんだけど?)
そんな俺の表情を読み取って、フォラスが囁く。
「儂が《認識阻害》の魔法を使ったからじゃよ。儂らに良からぬ感情を持つ者も、少なからずおるはずじゃ。神事の前にいらぬ妨害に遭ったとしたら、両国にとって色々と面倒なことになるじゃろう? じゃから、屋敷に着くまではそういったことを避けたいと思ったわけじゃ。まあ、ミカエルには気づかれていたようじゃがのう。」
(なるほど、フォラスなりに俺達のことを守ってくれているわけか)
俺は人々に会釈をしながらも、小声でフォラスに言った。
「いつもこうやって影で支えてくれているってことですね。ありがとうございます。」
フォラスはチラリとアリシアを見た後、そっぽを向いた。
「ふん……解れば良いのじゃ。」
埠頭に近づくにつれ、歓声は大きくなっていく。
そして、埠頭に到着するとその歓声が最高潮に達した。
すでにミカエルとロゼッタが到着していており、祭壇の前に鎮座している。
ミカエルが静かに右手を上げると、騎士達は左右に分かれて傅く。
無造作に手を上げただけだというのに、彼の所作は何とも言えない威容を感じさせる。
先ほどまでの歓声は一瞬で静まり、埠頭に集まった民達はミカエルに平伏した。
厳粛とした雰囲気が街全体に広がり、不自然なまでの静寂が訪れる。
ミカエルはダンカンと俺達を手招きして、祭壇の前へ呼び寄せた。
彼は微笑しながら、威厳のある声で俺達に言った。
「遅かったではないか……あまり王を待たせるものでないぞ。さて、新しき教皇を迎えるとしようではないか。」
(遅かったも何も、真っ直ぐ埠頭に行ったのですが……)
色々と思うところはあったが、機先を制してフォラスがミカエルに深々と頭を下げた。
「ルキフェル様の名代として参りました。ベネディクト様は、魔王軍とクロノスの平和のための架け橋となって下さりました。本日は新しき教皇様をお迎えするめでたい席にお招きくださり、ありがとうございます。今後も地上の平和のために、双方協力関係を築けることを切に希望しております。」
ミカエルはピクリと眉を動かしたが、すぐに冷静な表情でダンカンから錫杖を受け取った。
そして、それを一撫でするとロゼッタに手渡す。
彼は悠然と周囲を見渡したた後、静かだがよく通る声で人々に言った。
「天界より教皇を迎える。私はその者のことを良く知っているが、人間の心を誰よりも理解した慈悲深き者だ。彼の者はベネディクトの目を通じてこの世界を見て、教会を共に育んできた存在とも言える。人間の血と聖なる天使の血を分かち持つ我が娘と共に、この地上に住まいし人間を導いてくれるだろう。」
人々の視線がミカエルに集中する中、彼はロゼッタに祭壇に上がるように促す。
そして、祭壇の前にアリシアを招くと、優しげな声で宣言した。
「聖女の導きにより教皇は舞い降りる。それを奇跡の歌姫が祝してくれるそうだ。皆、心してその素晴らしき歌を聴くが良い。」
俺は思わずフォラスを一顧する。
彼は歯噛みしながらも、それを肯定するように静かに頷いた。
(なるほど……配慮しろってことかよ)
だが、アリシアは微笑しながら祭壇の前に進み出る。
そして、祭壇に一礼した後に歌い始めた。
澄んだ泉のような声音から紡がれる調べは、悠久の時を感じさせるようだ。
いつの間にか、ネレイス達が埠頭の周囲に集まってアリシアの声に合わせて歌い始める。
彼女達の歌声は、次第に明るく、大きくなっていき、アリシア自身の喜びを感じさせるかのように、周囲へ伝播していく。
心が打ち震えるような感覚に、周囲に居た者達は思わず天を仰ぐ。
その瞬間、錫杖が光り輝き、ロゼッタはそれを天高く掲げた。
錫杖から一筋の光が天に昇り、そしてそれに応えるように天から光が降り注ぐ。
そして、七色の羽を持つ天使と教皇の服を纏った純白の羽を持つ天使が舞い降りた。
七色の羽を持つ天使は、純白の羽を持つ天使の手を取ってミカエルの元に進み出ると、生真面目な顔をしながら深々と礼をする。
「天使長ミカエル様からの直々の召喚、光栄に存じます。《調停者》ガブリエルおよび、私の眷属ベネットが推参致しました。」
ミカエルはガブリエルの言葉に眉をひそめながらも、祭壇に居るロゼッタから錫杖を受け取った。
彼はベネットに錫杖を手渡しながらはっきりと告げる。
「《調停者》の眷属とはいえ、教皇となるからには人間の立場で物事を考えねばならぬ。ベネットよ、教皇として人間を導く覚悟はあるか?」
ベネットが頷くと、ミカエルは満足げな表情を浮かべてロゼッタを祭壇から下がらせた。
そして、ベネットを祭壇に昇らせる。
周囲の視線が祭壇にいる新たなる教皇に注がれた。
二十代半ばくらいに見える色白で少し小柄な彼女は、一見すると深藍色で長めのストレートヘアーが印象的な温和で知的な令嬢に見える。
だが、その佇まいはとても立派で、歴戦の勇士のような風格すら感じさせた。
そして何より、一点の曇りのないサファイアのような輝きを持つ目に、その場に居る物は目を奪われる。
どんな困難をも貫き通す強い意志と弱き者を助く慈愛、そして……
――どこか前教皇ベネディクトを思い起こさせるのだ。
人々は、ミカエルの言葉を今一度思い起こした。
『彼の者はベネディクトの目を通じてこの世界を見て、教会を共に育んできた存在とも言える。』
彼女の目はまさにその言葉を体現しており、この者以外に教皇を継ぐ適任者はいないだろうと確信させるものがあった。
だが、人々の中に一つの疑念が生まれた。
――彼女こそが真の聖女なのではないだろうか?
ミカエルの言によれば、人と天使の血を引く者こそが聖女とされる。
だが、目の前に居る者こそ、天界の意思の下に人々を導き、正しき道へと導く象徴のように思えてならないのだ。
あまりにも畏れ多い考えのため、誰もそれを口にはしなかったが、目の前に居るベネットにはそう思わせる何かがあるのだった。
周囲の空気の異変を感じ取ったミカエルが表情を険しくする中、ベネットは柔和な笑みを浮かべながら人々に語りかける。
「天界から地上に遣われし、力なき我が子らよ。我が名はベネット、《調停者》ガブリエルの眷属として天界と地上を紡ぐ者。前教皇ベネディクトより、新たなる教皇の座を託されて地上に舞い降りました。」
ベネットは翼を消し、ゆったりとした動作で祭壇を降りると、俺とロゼッタを手招きする。
俺は一瞬アリシアを顧みたが、彼女は後押しするように笑顔で頷く。
それに勇気づけられて、俺はベネットのもとへ進み出た。
一方、ロゼッタは一瞬強張った顔をしたが、すぐに表情を戻して堂々たる態度で歩み寄る。
ベネットはそんな俺とロゼッタの手を取って、和やかに笑いながら宣言をした。
「ミカエル様のご息女であり、クロノスの王女である《聖女》ロゼッタ様、そして《教会の影》ケイ様、前教皇ベネディクトはこのお二方を非常に信頼しておりました。お二方には私が教皇に就任した後も、教会の教えを説く杖として支えて頂きたいと思っております。」
俺とロゼッタが頷くと、埠頭に人々の歓声が上がる。
人々が歓喜に沸く中、ガブリエルが天へと還っていく。
それと同時に、オーロラのような七色の光のカーテンが空に浮かび上がった。
思わぬ奇跡のような光景に、人々は感極まって叫んだ。
「新教皇ベネット様万歳! ミカエル様万歳!」
「ロゼッタ様万歳! ケイ様万歳!」
「クロノスと教会万歳! 人間に永遠の繁栄を!」
フォラスが眉をひそめる中、アリシアがおもむろに歌い出した。
とても穏やかで、優しげな調べに人々が耳を傾け始める。
どこか遠く、でも近くに居る友人に語りかけるような、そんな感覚を覚えさせる歌は、人々の心を打ち、周囲がアリシアに注目する。
そんな調和を醸し出す美しい歌声に合わせて、ベネットが静かだがはっきりと告げた。
「《奇跡の歌姫》の平和を願う想い、確かに受け取りました。地上に平和があらんことを!」
人々は、ハッとした顔でベネットを見た後、皆優しげな顔で叫んだ。
「地上に平和あれ! 《奇跡の歌姫》アリシア様万歳!」
アリシアは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になった。
埠頭に広がっていく温かい雰囲気に、俺は『人と魔物が本当の意味で平和に暮らせる日がそう遠くないのではないか』という思いを抱くのだった。
本作を読んでいただきましてありがとうございました。
これにて第四章は完結となります。
子育てが始まってから、更新が遅くなってしまって申し訳ありません。
閑話を入れた後に第五章に移りたいと思いますので、引き続き本作をよろしくお願い致します。
次回はロゼッタに関する閑話になりますが、4/8(木)更新予定です。
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