俺のプライバシーは契約外
俺が恥ずかしさに悶絶する姿を見て、アリシアが少し落ち着いた。
俺は彼女に優しく話しかける。
「アリシアは一つ誤解しているよ。」
彼女が不思議そうな顔をする中、俺は苦笑して告げた。
「俺の事故死は、アリシアのせいじゃない。あくまで俺の力不足によるものだ。」
アリシアが必死で否定しようとする中、俺は彼女の手を取って真っすぐに彼女を見る。
「君が俺の人生を見てきたなら分かるはずだ。どれだけ俺が安全関係の浸透に尽力してきたかを。だけど……それでも俺はしっかりと現場へ安全教育を徹底させられなかった。それは品質管理にとって敗北にしかなりえないんだ……だから、それが俺の死因なんだよ。」
アリシアがなおも申し訳なさそうにする中、俺は咳払いをした。
(うっ……緊張してきた)
意を決して俺は素直な気持ちを彼女に伝える。
「なんというか、俺がここに転生してきたのはアリシアを見たから……いや、一目見た瞬間にこの子と仕事してみたいと思って、それが決め手で……」
アリシアの目が大きく見開かれて、ちょっと残念そうに笑った。
「そうでしたか! 私とお仕事を一緒にしたいと思ってくれたのですね。」
(そうじゃないんだあぁぁぁ!?)
俺は慌てて、彼女に言い直す。
「それもそうなんだけど……俺って、今は不老不死で自己再生付きだから、君の傍らにいても安心して一緒にいられるというか……」
彼女は申し訳なさそうな顔で俺に頭を下げる。
「そうですよね。戦乙女が全力で魔法を発動して、それに耐えきれる者はそういる訳ではありません。だからと言って、もうこんな無茶はしないでください。途中で魔法を中断したけれど、あの時のケイの姿は本当にひどいものでした。私……またケイを殺してしまったのかもしれないって、本当に心配で……」
アリシアが再び泣き出してしまい、焦った俺は彼女を抱きしめながら叫んだ。
「そうじゃないんだよ……俺はアリシアを一目見た時に、人生やり直せるならこんな子を彼女にして、一緒に生きていけたら最高だって思ったんだよぉぉぉ!」
彼女へ想いを伝えようと必死で叫びすぎた俺に、今まで無理をした反動が一気に来る。
(あ……やば……アリシアからの返事を……)
体から力が抜け、目の前が暗くなる中、唇に柔らかい感触を感じた気がするのだが……
それを確認する間もなく、俺の意識は完全に飛んでしまったのだった。
* * *
微睡む意識の中で、俺はあまりにひどい告白をアリシアにしてしまったことに、後悔していた。
(一世一代の勇気を出したつもりが……俺のばかあぁぁぁぁ!?)
せっかく向こうが俺に気のあるそぶりを見せてくれて、しかも≪恋愛How To本≫では最高のチャンスとされる『傷心の女の子を励ます』といった絶好の機会に、俺は最大の失敗をしてしまったのだ。
(……というか、あれだ。出会ってまだ間もない女の子に対して、『一緒に生きていきたいと思った』とか重すぎだろ? 絶対にドン引きされているに違いないね。これからどういう顔してアリシアと顔を合わせりゃいいんだよ)
しかも、アリシアから返事を聞く前に気を失ってしまったのだ。
(言いたいことだけ叫んで気絶とか、もう最悪だ……せめて返事だけでも聞いておきたかった)
失意に心が沈んでいく中、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ケイ……大丈夫……? ケイ……」
(アリシアか!)
俺が慌てて、跳ね起きると……
フォラスの顔がドアップで目に入った。
「ひいぃぃぃ!? 俺のファーストキッスがエマージェンシー!」
俺は慌てて首をひねって爺との口づけを回避する。
だが、俺の頬になんとも生暖かくも気持ち悪い感触が残った。
(いやあぁぁぁ!? ジェントルタッチとはいえ、これは気持ち悪すぎる)
フォラスが両手で顔を覆って俺をチラチラ見ている。
俺は、思わず思った。
(いや……そういうの、だれも望んでいないから)
フォラスは、呆れたようにに首を振って俺に話しかけた。
「ケイ……”ふぁーすときっす”とやらは、お嬢様と先ほどしたではないか。」
「へ……えぇぇぇぇ!?」
(一生に一度しかない”ファーストキス”がこんな形で終わるなんて……もしかして意識を失いかけた時に感じたあれがそうなのか? いや、まてよ……それなら告白の返事は!?)
俺がショックと希望で混乱する中、フォラスが真面目な顔で俺の両肩をつかんだ。
「ケイよ……なぜリミッターを外した? 下手をすれば、お主は廃人になっていたかもしれないのじゃぞ。」
「リミッターを外した覚えはないですよ? あの時、俺はアリシアを止めなければと思って、意識を失うまいと必死だったことは認めますけど……」
フォラスは何かを深く考えた後に、俺に優しく告げる。
「ケイがお嬢様のことを好いておるのはよくわかっておる。たしかにお主は不老不死で、自己再生がついておる……じゃがな、精神はまだ人間に近い。つまり、あまり無理をしすぎると心が壊れる可能性があることを肝に銘じてほしいのだ。」
「”まだ人間に近い”ということは、いずれは変わってしまうものなんでしょうか?」
「それはケイ……お主次第じゃ。半永久的に生きるという存在が、長く生きる間にどの様に変わっていくかまでは分からない。魔王様やお妃様のように堕天することもあれば、お嬢様のように純真さを失わずにいる場合もある。まあ、儂が思うにお主の本質自体は変わらないと思うがの。」
「フォラスにそう言ってもらえると嬉しいですよ。そういえば、契約後の村の状況はどうですか?」
フォラスは笑みを浮かべると、手に杖を出現させて二度地面を叩いた。
すると、床に村の姿が映って村人たちが笑顔でマジックリーキの葉をスライムたちの厩舎に持っていく姿が見えた。
(よかった……首尾よくいったようだな)
さらに、森の中を映し出され、その内容に俺は満足げな笑身を浮かべた。
「満月花もしっかり生育できているし、良さそうな感じですね。」
「そうじゃな、儂の弟子たちも珍しい植物を研究できると喜んでおる。」
「それはよかったです。どんな方が森に派遣されたのですか?」
フォラスは悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見た。
「こういう奴らじゃ。可愛かろう?」
場面が変わり、140㎝ぐらいの大きさの可愛らしい女の子達が映っている。
皆、野性味のある跳ねあがった緑色の髪を肩まで伸ばし、オレンジ色のワンピースをひらひら舞わせて、踊るように森を愛でていた。
(か……可愛いな……頭とか撫でたくなる見た目だな)
目を細めて彼女たちを見る俺に、フォラスは笑みを浮かべて告げる。
「森の妖精≪ドリアード≫ちゃんじゃ。いくら可愛いからって、手を出しちゃいかんぞ?」
「それは……色々と物議を醸しだしそうなので、絶対にやめておきます。」
さらにフォラスは別の映像を映し出す。
そこには黒いローブを着た赤毛の美女がスライムをあやしている。
切れ長の薄紫色の瞳と、青みがかった唇は見事なコントラストを示していて、妖艶な美しさを醸し出していた。
ウエーブがかかった髪を無造作に縛っているが、それが逆に彼女の魅力を引き立たていた。
(アリシアとはまた違ったタイプの美人だな)
俺が感心したような顔をしていると、フォラスは微笑する。
「ポピィという名の魔女でな……儂の愛弟子の一人じゃ。王都に近い村であれば、人間との折衝ができるものがいなければまずいからのう。彼女には人間の世界の常識についても教えておるのでな、魔物よりはずっとまともな対応ができるじゃろうて。」
「なるほど……しっかりとした担当者まで決めて下さったのですね。ありがとうございます。」
フォラスは優しげな顔で俺に頭を下げた。
「感謝するのは儂の方だぞ。ケイは約束をしっかり守ってスライムも森も救った。そして魔王様の領地もじゃ。あの欲深い人間どもの心を欲で浄化したのじゃよ。」
(なんか……褒められているのか、貶されているのか分からない言い方だな)
そして、彼はとんでもないことを言い始めた。
「お嬢様は純真な方じゃ……浮気はするでないぞ?」
(はあぁぁぁぁ!? こっちはまだ付き合ってもらえるかすら分からないのに、何言ってるんじゃこの爺は)
さらに、ニヤリと笑って俺に言い放った。
「ケイは会って間もない相手に対して、求婚してしまうような獣だからのう。」
「なっ……俺はそんな大それたことは……」
「言ったじゃろう? 『人生やり直せるならこんな子を彼女にして、一緒に生きていけたら最高だって思ったんだよぉぉぉ!』という、魂を込めた絶叫を。」
俺は真っ青な顔をして叫んだ。
「何で知っていやがるんだ、このジジイィィィィ!」
フォラスは何食わぬ顔で俺に告げる。
「ケイよ……もう少し慎重に動くことを覚えねばならぬ。あの部屋の様子はルキフェル様とヒルデ様、そして儂が水晶玉を通じてバッチリ見ておったぞ……ついでに言うと、今回の任務の件も全部見ていたので安心するがよい。」
あまりの恥ずかしさに、俺は絶叫して床を転げまわる。
「イヤアァァァ! 俺のプライバシィィィィ!?」
空しく部屋の中に絶叫が響き渡る中、俺は気づいたのだ。
契約の中に俺のプライバシーは、全く含まれていなかったことを。




