レディの問いかけ
青い顔をしながらヒルデに何度も頷いていたレディだったが、部屋を見渡した後、急に真面目な顔に戻って俺に向き直った。
「ちょうど、ヒルデ様もアリシア様もいらっしゃるようなので、私はケイ様にひとつ質問をさせて頂こうと思います。」
ルキフェルが鷹揚に頷く中、レディは俺に問いかける。
「ケイ様は、地上の平和のあり方について、ルキフェル様とミカエル様のどちらが正しいと考えますか?」
(そういえば……俺は一番大事なことを確認していなかった)
俺はその問いかけに答える前に、敢えてルキフェルに訊ねた。
「その平和について、主上はルキフェルにどういう風に命じたのですか?」
ルキフェルは意外そうな顔で俺を見たが、質問の意図が分かったようで微笑しながら俺に告げた。
「命じるのではない……感じるのだ。我らに神々の姿は見えぬし、声も聞こえぬ。だが……天使達は感じるのだ、神々……いや、主上が求めし意思を。我らはその天啓のもとに、正道をなさなければならぬ。」
「もう少しだけ踏み込んでも良いでしょうか? その、人間を地上に住まわせるというのは、どう住まわせろということなのですか?」
彼は複雑な顔をして、静かに目を閉じる。
「それは解らぬ……だが、我らは『人間を地上に住まわせなければならぬ』という天啓を得た。そして、主上は何を求められているのかについてミカエルやラファエル達と話し合ったのだ……」
そこまで話したところで、彼は首を振りながらため息をついた。
「主上は人間の国を地上に作ることで、弱き存在である彼の者達を地上に住まわせたいのではないかと我らは考えた。我は天使長として先陣を切り地上へ赴いたが、理想と現実の問題に直面する。その中で、魔物達にも愛すべき心を持つことを知ったのだ。だからこそ、我は魔物達を統べる者となって、魔物と人間が共存する世界を作ろうと考えた。だが、ミカエルやラファエル達は我とそれに賛同した者達を糾弾して天界から追放した。その結果……我は魔王、それに賛同してくれた天使達は悪魔と呼ばれる存在となったのだ。」
当時のことを思い出したのか、レディが複雑な顔をしながらヒルデとルキフェルを見ている。
そんな彼女らを見て、俺の脳裏に、レディが来る前にルキフェルと話していた《品質管理》と《品質保証》の話が脳裏に浮かび、俺の中での結論が出る。
だから、俺は微笑しながらレディに向き直り、彼女に告げた。
「俺は、どちらの考え方も正しいと思います。主上は敢えて、具体的なことを言わずに抽象的な天啓を与えて下さっているのではないでしょうか。」
レディが意味が分からないという顔で俺を見る。
「どういうことでしょうか……もう少し、わかりやすく答えてもらえませんか?」
「そうですね。今は、人間が地上に馴染む過渡期なのだと俺は考えます。大きな変化は混乱を生む……その混乱を最小限に留めるために、『人間を地上に住まわせる』という天啓を下されたのではないかと考えます。」
なおも納得がいかない顔をして居るレディに、説明を続ける。
「寿命が短く、魔力も持たなかった人間を魔物が闊歩する地上に住まわせるとなると、大きな変化が必要だったはずです。その中で、多くの矛盾や困難が生じたのでしょうし、それに対応する必要もある。でも、主上がその手法を細かく指示してしまえば、天使は矛盾を押し通してでも、それに従わなければならないんですよね?」
俺の説明に、レディはようやく納得したような顔になった。
「なるほど……だからこそ、あえて抽象的に天啓を下されたと考えるのですね。」
「そういうことになります。ルキフェルもミカエル様も『人間を地上に住まわせる』といった目的に沿った行動をしています。そして、ルキフェルは現実、ミカエル様は理想の元にその目的を遂行しようとしている。現実に即した対応は必要ですが、元々の理念から外れた行いをしては元も子もない。だからこそ、理想を叫ぶ者も必要なのではないかと俺は考えます。」
レディは大いに満足した顔で頷いた後、優しげな顔で俺に告げた。
「黙っていて申し訳なかったのですが……今回、私はケイ様が教皇にふさわしいかどうかを見極める役務を頂いておりました。」
(なにいぃぃぃぃ!? それなら、もっと魔王軍寄りの回答をしておけば良かった)
明らかにやっちまった感を醸し出した顔をしながら、俺は恐る恐るルキフェルを見る。
だが、彼は自慢気に俺を見ながら、嬉しそうにレディに言った。
「ガブリエルとしてのお前の中では、もう答えが出ているのであろう? ケイはそのことについて、とても理想的な返答をしてくれたからな。」
いつの間にか、アリシアが俺の傍らに来ていて優しく右手を握ってくれる。
それに勇気づけられた俺は、彼女の手を優しく握り返してレディを真っ直ぐに見つめた。
そんな俺達を見ながら、レディは真面目な顔で静かに宣言した。
「ケイ様は教皇として不適格と判断致します。まず第一に、天界の使いである私に対して感情的な対応を取りました。ベネットであれば、そのようなことは決してしないでしょう。」
(よかった……これで、面倒な勧誘が来なくなりそうだ)
ホッと胸をなで下したような表情をする俺を見て、レディは少し呆れたような顔をした。
「教皇に就任するということは、大変名誉なことなのですが……ケイ様は魔王軍のことが本当に好きなのですね。そして第二に、私の質問に対するケイ様の答えは、かつてルキフェル様が魔物を庇護された時に宣言されたことと同じ内容でした。ですから、ミカエル様はそのような貴方を教皇に就けることに反対されると思います。」
意外な内容に、俺は驚いてルキフェルを見る。
彼は胸を張り、満面の笑みを浮かべながら俺に告げた。
「ケイの考え方が我に近いということがよく分かって、とても嬉しく感じた。」
レディは苦笑しながら、俺とアリシアに話しかける。
「ただ……ケイ様に任じた《教会の影》については、引き続き従事して頂きます。定命の者としての貴方の考え方は、地上の平和に大きく貢献できるものだと、今回の面接で私は確信しました。ルキフェル様とミカエル様が地上の平和について考える判断材料を、貴方と教皇でしっかりと協議して提示してくれることを期待しています。その為であれば、私はベネットの庇護者として彼女を眷属として迎え入れることを天界に提案致しましょう。」
アリシアがじっと俺の顔を見つめている。
ルキフェルが俺の心を後押しするように頷いたので、俺はレディに丁寧に礼をした。
「過分なお言葉を頂きまして、ありがとうございます。地上の平和のために尽力致しますので、これからもよろしくお願い致します。」
なんとか話がまとまって安堵する俺を、ルキフェルが優しげな顔で労う。
「我は今後のことについてヒルデとレディと話し合うので、ケイはアリシアと部屋に戻るがよい。そして、先ほどの《品質管理》と《品質保証》の話は、とても面白かった。レディにも聞かせてやりたいのだが……よいかな?」
「もちろんですよ。そう言ってくれると、俺もとても嬉しいです。」
俺は笑顔でルキフェルとレディに会釈をすると、席を立ってアリシアと共に自分の部屋に戻るのだった。




