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ルキフェルとの話し合い1

 俺はルキフェルの私室のドアをノックする。


 コンコンコン……。


 三度扉を叩いたところで、ルキフェルが中から応じた。


「ケイか? 入ってくるが良い。」


 扉を開けて中に入ると、ルキフェルがくつろいだ様子で椅子に座っていた。

 彼は微笑して、俺に声をかけてくる。


「ケイの世界では、目上の者が勧めなければ座れぬのだったな? 我に気を遣う必要は無いので、座るが良い。」


 俺は、彼の物言いに思わず笑ってしまった。


「こうしたやりとりをすると、《ナロウワーク》でルキフェルと面接をした時を思い出しますね。」


「そうだな……あの時は、アリシアが見初めた男がどのような者かを見定めようと思っていたのだが、やはり我の目に間違いは無かったようだ。」


「ルキフェルにそう言って貰えると、本当に嬉しいですね。俺も魔王軍に入りたいと思った、あの時の気持ちに間違いは無かったと思っています。」


 彼は嬉しそうに目を細めながら、俺に話しかける。


「アリシアはケイが来てくれたおかげで、見違えるほどに成長した。そして、フォラスやフェンリルを初めとした幹部の問題も解決しつつある。お前には感謝しなければならないな。ところで、フォラスから報告を受けたのだが、ベネディクトと二人で会談をしたそうだな。」


「シレーニが《愛の手順書》なるものを作って、クロノスに流そうとしたらしく、それの折衝をしていました。」


 ルキフェルが意外そうな顔で俺を見る。


「むぅ……そうなのか? その件については、フォラスが是非やらせて欲しいと言っていたので任せていたのだが……」


(あの糞爺があぁぁぁぁぁ! 勝手にやらかして、しかもそのケツ持ちを俺にさせやがったな!?)


 流石に怒りを覚えた俺は、アリシアとの初デートをフォラスに邪魔されたことを強調しながら、《愛の手順書》の一件についてをルキフェルに報告する。

 エリシオンの視察の所まで説明したところで、突然彼が眉をひそめた。


「ケイよ……本当に、教皇がベネットという偽名を使ったのか?」


「ええ、使っていました。結局、シレーニと件の《愛の手順書》をクロノスで使うためのすりあわせを行って、視察から戻るという流れになりましたけどね。」


 ルキフェルは眉間に皺を寄せて、考え込むような顔になりながらも、俺にその先を報告するように催促する。

 俺は真面目な顔で頷きながら、報告を続ける。


「結局、《愛の手順書》は人間側の房中術として採用されることになりました。そして、話の流れで、ベネディクト様……いや、ベネットが俺に過去を明かしてくれました。」


 ルキフェルはどこか納得したような顔で深く頷くと、俺に一枚の書状を手渡した。

 どうやら、ミカエルからの書状らしく、俺とロゼッタの縁談の再考を求めると共に、それに応じるならば、俺を教皇に任ずるとも書かれている。

 俺は静かに首を振ってルキフェルに告げる。


「実は、同様の事をベネットから告げられました。当然のことながら、俺は辞退したんですけどね。」


 ルキフェルの目が静かに閉じられ、しばし沈黙が訪れる。

 しばらくした後、彼は俺に問いかけた。


「恐らく、教皇に残された時間が残り僅かということなのだろうが……ケイは、あの者が居なくなった後、クロノスがどうなると考えるか?」


「そうですね……大きな混乱が生じるでしょう。新たに教皇となる者が人間だった場合は、数十年ごとに教皇の入れ替わりが生じます。教皇が聖女のようにただの象徴であれば、それで問題は無いのでしょう。ですが、教会の機能が教皇に依存していると思われるため……最悪の場合、教会の存在自体が揺らいで、今まで上手くいっていたことが台無しになる可能性もありますね。」


「そうであろうな。だからこそ、ミカエルはその後釜として、ケイが欲しいというわけだ。お前の手腕は今までの功績からしても明白で、元人間であるだけあって人間側に立った見方ができる。これ以上の適任者はいないとな。」


(確かにそうなんだけど……)


 俺は転生後の魔王軍での日々を思い起こしながら、ルキフェルに頭を下げる。


「ルキフェルは、あの面接の時に俺に提示してくれたことを、なるべく守るように尽力してくれましたよね。フェンリルやノクターンとの修練はきつかったけど、期待してくれているというのが伝わってきました。それに、難易度が高い問題が多かったけど、皆の信頼を得られる機会を与えてくれた。俺にとって、そういうのって本当に嬉しかったんですよ。」


 ルキフェルは不思議そうな顔で俺を見た。


「我はそこまで感謝されるようなことを、ケイにした覚えは無いのだが……フェンリルやノクターンはお前の才能に対して期待したのに過ぎないのであって、それに応えたのはお前自身の力では無いか? それに、《魔王軍の管理者》として仕事を与えるのは当然のことだろうに。」


「ルキフェルはそれを《当たり前》だと考えてくれる……だからこそ、俺はこんなにも幸せに魔王軍で生きることが出来ているんですよ。そもそもの話、期待されない人間に機会は与えられない。そして、泥水をすするような思いをしながら努力をして実力を得たとしても、上の人間がそれを認めてくれなければもっと酷い扱いを受ける。『今まで泥水をすすれたのだから、もっと酷い水も飲めるだろう』と……」


 ルキフェルが複雑な顔で何かを考え始める。

 そして、静かに俺に言い放った。


「確かにケイは魔王軍に来たことで幸せだったのかもしれぬ……だが、他の転生者達はあまりにも危険すぎたために《特別な半魔》となり、短い生涯を終えていった。彼の者達も前世ではお前が言っている《泥水をすすっていた者》だろうが、この世界でさらに扱いが酷くなったとは思えぬか?」


「確かにそういう一面もあるかもしれません……ベネットから聞きましたが、ミカエルでも手に負えないような問題のある者ばかりを、押しつけられるような形で魔王軍が受け入れていたんですよね。そのような相手では、受け入れる側も大きな苦痛を感じたのではないでしょうか。」


「それについては、ケイの言う通りであるな。だが、彼らは《戦乙女》がこの世界に導いた者達だ。先日のポルトゥスの一件でヒルデがアリシアに伝えたように、彼女らは天界の代理者として契約を結ぶ。堕天したとはいえ、我も天界の申し子……おいそれとそれを反故にするわけにもいかぬのだ。」


(どちらかというと、ミカエルがそれをやるべきなのでは……)


 それを言っても詮無きことなので、俺は優しげな声でルキフェルに声をかけた。


「俺はフェンリルから、『転生者によって、魔王軍の幹部である彼の父親が命を失った』と聞きました。他の者達からも、転生者は傲慢で嫌な奴ってイメージを最初は持たれていました。それなのに、ルキフェルは偏見を持たずに俺をこうして迎え入れてくれた。そして、ロランやアルケインの一件でも、俺の案を受け入れてくれている。俺にとってこれほど最高の上司は、今まで生きてきた中でいなかった。」


 ルキフェルの顔が少し和らいだところで、俺は言葉を続ける。


「俺は魔王軍に転生して、本当に幸せなんです。アリシアと付き合うことが出来たし、公私ともに大事な親友も出来た。それに、仕事をしていくうちに魔物や精霊がとても大事なものだと思うようになったんです。だからこそ、皆の為に魔王軍の管理者として地上の平和のために尽力したい……それが、今の俺の正直な気持ちなんです。」


 彼は優しげな顔で頷いた後、真面目な顔に戻って俺に問いかけた


「我にとってもケイは大事な友人であり、魔王軍にとって無くてはならない存在だと考えている。だからこそ、その気持ちをありがたく思っている。だが、教皇の件をこのまま放置するわけにはいかぬのだ……ケイはその件についてどう考えるのか?」


(なんとか、交渉の場に持ち込めたようだ……ここからが勝負だ)


 俺は真摯な顔で頷くと、ルキフェルに告げる。


「いっその事、ベネディクト様をベネットに転生させてしまうというのはどうでしょうか?」


 突拍子も無いことを言い始めた俺に、ルキフェルは呆気にとられたような顔をして固まるのだった。

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