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教皇を継ぐ者

「改めて、ケイ様に問いかけたいのですが……ロゼッタ様と婚姻して、クロノスの為に生きるという選択は出来ませんか?」


 ベネディクトの申し出に、俺は想わず耳を疑った。


(これまでの経緯から考えて、俺がその話を受けるはずがないのに……)


 あまりにも彼らしくないその提案に戸惑いながらも、彼の真剣な表情が冗談でそれを言っているのでないということを如実に示している。

 俺はあえて肩の力を抜き、穏やかな口調で彼に問いかけた。


「俺がこの世界に来た理由と、魔王軍での職務について満足していることは話したつもりです。その上で、ベネディクト様は俺にクロノスに来て欲しいと言っている。聡明な貴方が、何故そのようなことを俺に求めるのでしょうか?」


 ベネディクトは若干意外そうな顔で俺に訊ねる。


「即答で、出来ないと断られると思っていましたが……理由を聞いて下さるのですか?」


 俺は深く頷くと、なるべく優しい口調で答えた。


「そりゃあ……つい先ほど『”いま”貴方が話せる範囲で相談して欲しい』と言っておきながら、にべもなく断るはずがないですよ。貴方のことだから、何か深い事情がおありなんでしょう? 確かにロゼッタ様と婚姻するなんてことは出来ないですが、貴方がそう言わなければならない理由を解決することが出来るかも知れないので、話してはもらえないでしょうか。」


 ベネディクトがまた逡巡するような表情で考え込む。

 しばらくそうした後、彼は覚悟を決めた顔で俺に告げた。


「実は……私に残された時間が、もう少ないのでは無いかと思っているんですよ。ケイ様とお会いしてから、体の違和感がさらに大きくなっているのです。恐らくは……もって数年と言うところではないかと……」


(なるほど……ベネディクト様が焦るわけだ)


 俺は納得した顔で頷くと、彼に問いかけた。


「そうだったんですか……教皇の任を他の人に受け継がせることが出来なくって、困っているということですね?」


「そういうことになります。ミカエル様は魔王軍に対する脅威に対抗するために、転生者の勇者を手元に置きたがっていましたが、私の代わりの者を置きたがらなかったのです。ですが、ミカエル様がロゼッタ様をケイ様に賜ろうと考え始めたところで、私の役目もそろそろ終わりだと確信したのです。」


 彼が言いたいことを、俺は察した。


(なるほど……教皇の後継者として、俺を迎え入れたいと考えたのか)


「でも……元堕天使が教皇になったら、それこそ天界の不興を買うことなりませんか?」


「そうでしょうか? ケイ様は人々に天界に畏敬の念を抱かせながら、平和を維持するという立ち位置を取られました。それに、亜人や精霊達に対して、譲歩させる手腕も持っております。むしろ、天界の覚えがめでたい方だと思いますがね。それに……」


 ベネディクトが苦悩した顔で何かを言い淀む。

 その雰囲気に、俺はとても嫌な予感がした。


「ケイ様がこの話を断れば、恐らくは……アリシア様が次の教皇の候補を探すことになると、私は考えています。」


 俺は色をなして、ベネディクトを問い詰める。


「何故ですか! 魔王の娘なのに戦乙女として生まれたせいで、アリシアは《男殺し》の汚名を着せられ、ずっと辛い思いをしてきたんですよ。これまで色々あったけど、ようやく彼女がそうではないことが周囲に理解されたんです……何故、彼女が今更そんなことをしなければならないのですか?」


 ベネディクトは俺を見ながら深いため息をつく。

 そして、優しげな表情で俺を見つめながら呟いた。


「ケイ様は、知らなかったからそう思われるのでしょう。アリシア様が初めての任務で導いた転生者が誰で、一体どうなったのかを……」


(確かに……俺はそれを聞かされてはいない……)


 ベネディクトの意外な返答に、俺は戸惑いながらも冷静になる。

 彼は、少し悪戯っぽい顔をして自分を指さした。


「私ですよ……私こそが、アリシア様に導かれてこの世界に転生した者です。そして……私のせいで、アリシア様があれほどまでに苦しむことになってしまったんですよ。」


 彼は再び遠い目をしながら、過去のことを話し始めた。



 * * *


 ――あの天使はとても純真で美しい表情をしていた。


 彼女に導かれて、《ドーダ》という空間に通された私は、《貴婦人(レディ)》という女性に人間の王との面談をすると告げられ、彼の元で働くことになった。

 転生後、私はあの天使に思わぬ形で再会することになる。

 魔王ルキフェルとの対談の際、娘としてアリシアを紹介してきたのだ。

 あの純真で美しい顔は、一目見れば忘れない。

 だが、魔王の娘の彼女が何故、天使として私をこの世界に導いたのか解らず、私は素知らぬ顔で初対面の相手として彼女と接したのだった。



 ――だが、教皇として生きる間に私は真相を知ってしまう。


 魔王の娘であるアリシアが、天界に忠誠を示す意味で勇者を導いたとされている。

 だが実際の所、それはアリシアが《戦乙女》としての能力を持っているかどうかの試金石としての任務であり、実際にその能力があると知ったことで、天界は彼女を警戒するようになったのだ。

 さらに困ったことに、アリシアはあまりにも純真すぎて、『()()()()()()()()()()()()()()()に、力が強く、勇気がある者を魔王軍に導けば良い』と考えていた。

 恐らく、彼女はルキフェルから『天界は地上の平和を望んでおり、そのために彼が尽力している』と教えられてきたのだろう。

 だからこそ、聖女だった私を魔王軍に迎え入れようとする暴挙を犯してしまったことに気づかない。

 確かに私は世界を魔王の脅威から救うだけの力もあり、勇気もある。

 そして、天界のために自分の身を捧げることも出来るだろう。

 だが、魔王を倒すために生涯を捧げた者に対して、『世界の平和のために、魔王に忠誠を誓え』というのは、まっとうな感覚を持っている者からすれば、あまりにもお笑いぐさな話なのだ。



 ――当然のことながら、魔王軍で私を受け入れることについて物議が生じた。


 それに乗じて、レディから私の前世の経験を聞いたミカエルが、私をクロノスになんとしても迎えたいと願い出る。

 さらに天界はアリシアの《戦乙女》の力を警戒して、ルキフェルに()()するように訴えかけた。

 結局、色々な利害が重なった結果、あの《男殺し》の噂が広まったというわけだ。



 ――私はアリシアに対して、絶対に正体を明かさないことを決めた。


 あの娘は、自分が《男殺し》という汚名を着せられることで傷ついているのではない。

 自分の特性により、他者を傷つけてしまったことを嘆いているのだ。

 これで、もし私が不本意にも男に転生させられたなんてことを知ったら、あの純真な娘がどうなってしまうのかは自明の理だ。

 それに、私自身はアリシアに対して恨む要素が無い。

 前世で魔王がいなくなった後の私は、どうあがいても生きていくことが難しかったのではないかと今でも思っている。

 実際の所、教皇としての職務は大いにやりがいがあるもので、一介の神官だった頃とは比べものにならないくらいの待遇を与えられているのだから。



 * * *


 そこまで話したところで、ベネディクトは俺を見ながら微笑んだ。


「恐らく……アリシア様の心の奥底に、『ルキフェル様のような存在こそが、この世界に必要なのだ』という気持ちがあるのでしょう。私も貴方も、どこかあの方に通じるところがあるのではないでしょうか。そして、そういった者を導ける者はアリシア様しかいない……だからこそ、先ほどのようなことを私は言ったわけですよ。」


 ヒルデからの言葉を俺は思い出す。



 ――貴方とルキフェルはよく似ている。


(なるほど……確かにそうなのかも知れないな)


 そう思った瞬間、俺は思わず吹き出した。

 不思議そうな顔をするベネディクトに、俺は笑いを堪えながら伝える。


「考えてもみれば、可笑しい話ですよね。ミカエル様が望んでいる人材が、自分が一番嫌いな奴と似ているなんて。」


 ベネディクトは呆気にとられた表情をした後、おもむろに笑い出した。


「確かにそうですね……あんなにもルキフェル様のことを嫌っていながらも、必要とされている者はあの方に通じる考えを持たねばならないとは、何という皮肉でしょうか。」


 俺は彼を真っ直ぐに見てはっきりと伝えた。


「俺、こうしてベネディクト様と腹を割って話して、解ったことがあります。やっぱり貴方はこの世界に必要だし……なにより、このまま貴方が居なくなってしまったら、アリシアがもっと傷つくって言うことに。だから、最後まで諦めずに、俺と上手くいく方法を考えてみませんか?」


 ベネディクトは憑き物が落ちたような顔で頷き、席を立って俺の手を握った。


「やはりケイ様には敵いませぬな……貴方と一緒なら、確かにこの状況を打破できる気がしてきました。私の運命を貴方に託したいと思います。」


 俺は満足げに頷くと、ルキフェルにこの件を相談するために、ペルセポネへと帰還するのだった。

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