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虚無感の理由

 固唾を呑んで、真剣に話を聞こうとするベネディクトに俺は告げた。


「俺が前世で虚無感にとらわれた顔をしていた理由……はじめは、《戦わずして研究職という夢を諦めた》ことだと思い込んでいました。ある時まで、俺は『自分の能力に自信が無くってその道を諦める、あるいは会社から能力不足だと判断されたいうのであれば、まだ納得できたのに』と思っていたんです。でも、会社の上層部の考え方を鑑みるに、俺が営業に配属された理由って、単純に営業の人数が足りなかった。それ以上でもそれ以下でもないんですよね。」


 ベンディクトは意外そうな顔をして、俺に問いかける。


「ですが……ケイ様は会社で十分な成果も出されて、そこに手応えを感じられたのではないですか? それで満足することは出来なかったのでしょうか。」


 俺は過去の自分を思いを馳せて、深くため息をついた。


「そうですね。確かに俺は自分が置かれた立場において、成果を出してきました。でも……どうしても考えてしまうんですよ……『自分がやりたい仕事で、十二分に努力して結果を出してみたかった』と。俺と同期で研究職で入った女の子が寿退社して行った時とか、その後釜に新人が入ってきて、プライベート重視で定時で帰っていくのを見ていくうちに、さらにその想いが強まっていく。それでも、仕事に対しては真摯でありたい……矛盾していますよね? だからこそ、その罪悪感を払拭するために仕事に没頭できたのかもしれないです。」


 ベネディクトも何か思うところがあったようで、複雑な顔をしている。

 俺は彼から目をそらさずに言葉を続けた。


「《労働組合》の仕事に携わってから、俺も組織と労働者ということについてよく考えるようになりました。会社全体としての利益を考えて《賞与》を上げたいと考える反面、他の社員が《何のために働いているのか》も考える必要がある。その中での一個人の希望がどれほどの価値を持つのか……そうした禅問答のようなことを続けていくうちに、俺はあることを理解してしまったんです。」



 ――結局、組織にとって重要なのは、その人間が利益を生むかどうかなのだと。


 俺は歯を食いしばりながら天井を見た後、ため息をついた。


「俺の例でいえば、研究職に就かせることで、会社に絶対的な利益を与えられるような何かを持っていれば良かった。そうでなくて、ただ研究が好きである程度の実力を持っているだけだったら、別に他の所で働かせたってかまわない。そこで利益を上げてくれれば儲けものだし、そうでなければ切り捨てれば良いのだと。それに気づいた時、どうしようもなく自分に対する失望感を覚え……あんな表情をするようになったんだと思っています。」


 ベネディクトは俺が言いたいことに気づいたようで、深く頷いた。


「なるほど……戦乙女に導かれた転生者もそれと変わらないと言いたいわけですね。この世界の利益のために召喚され、役に立たないとなれば《出来損ない》のまま死んでいく。貴方が前世で悟ったことは、確かに私達が辿りゆく運命なのかもしれません……ですが、今のケイ様はそのような虚無感にとらわれた表情はしていません。何故でしょうか?」


 俺はルキフェルのことを想いながら、感慨深げな顔でベネディクトに語り出す。


「俺……死亡した直後にルキフェルと面接した時、《雑用の経験》を素晴らしい経験だと言ってくれたことが嬉しかったんです。それに、俺なりに必死に生きた人生を『なかなか面白い生き方』といってくれたことにも心を動かされました。なんというか《組織の道具としてではなく、俺という存在をしっかりと見てくれる》、そんな期待を彼に抱いたのかもしれません。実際の所、この世界に転生してから、彼は上司として、そして友として俺に温かく接してくれ続けたんです。子供じみた願いだったのかもしれませんが……俺が望んでいたことは、そういったことだったのかもしれません。」


 そして、アリシアのことを思い浮かべる。


「俺がこの世界に転生した決め手は、とても下世話なものだったんですよ。水晶玉で見たアリシアに一目惚れして、あの子と恋人になって楽しい人生が送りたい……そんな夢を抱いたんです。でも、実際に彼女と接してみて、彼女が抱え続けてきた苦しみや、それでもなお立派に公務を務めようとするいじらしさに心奪われました。それに……転生前から俺に好意を持ってくれたなんて、今でも信じられないくらいにありがたいことなのですが、色々とあって俺はその夢を掴むべく邁進し続けているんです。」


 ベネディクトは複雑な表情で頷いた。


「なるほど……ケイ様はこの世界に転生されたことで、自分が本当に望んでいたことを叶え、新しい夢を見つけられたのですね。羨ましい限りでございますな。」


 俺は真っ直ぐにベネディクトを見つめながら、彼に告げる。


「俺のような一市民と、貴方達のような英雄を比べるのは恐れ多いと思っています。ベネディクト様は、一度世界を救っているんです。恐らく他の転生者も同様に、紛れもなく傑物だったんだろうと思います。ただ……この世界が求める能力と彼らが培ってきた能力が異なっていた。具体的に言えば、世界を平和にするための力と、平和になった後の世界を維持する力は異なっていたんじゃないかと、俺は考えています。だからこそ、ベネディクト様がこうして教皇として人間を良く導いているのは、紛れもなく貴方自身の努力によるもので……俺はそんなベネディクト様のことを尊敬しているんです。」


 ベネディクトは俺の言葉に目を見開いて、言葉を失った。

 俺は微笑しながら、彼に声をかける。


「《馬鹿は死ななきゃ治らない》とはよく言ったもので、俺は一度死ななけりゃ自分自身に対する呪縛から逃れられなかったのかもしれません。でも、俺は前世で自分が出来る限りの努力をしたと自負しています。それは、他の転生者達だって同じだったのかもしれないと思っているんです。貴方は前世で十分世界の為に身を尽くしたじゃないですか……もう少しだけ、自分の幸せのために生きてもよいのではないしょうか。」


 ベネディクトは静かに目を閉じ、何かを考え込むようにして押し黙る。

 俺は敢えて彼に声をかけず、静かに彼が考える時間を与えた。

 数分の沈黙の後、彼は目を開き、真っ直ぐ俺を見据えながら尋ねた。


「私に対して貸しを作ったとして、その見返りに貴方は何を望むのでしょうか?」


 俺は静かに首を振りながら答えた。


「以前お話しした通り、俺にとって貴方は大事な友人なんです。その大事な友人が、理由が分からないけれど辛そうにしている姿を見れば、()()()()()()()()をしたいと思うのが人情ってもんじゃないでしょうか。強いて言うなら……またベネットとして、魔王軍の領地を視察に来て頂ければ嬉しいですね。あのときの貴方は肩の力が抜けていて、楽しそうに見えたんで。」


「出来る限り……ですか。なぜ、ケイ様は()()()()ではなく、()()()()()という表現をされるのでしょうか?」


(ああ……そうか、彼は神のために全てを捧げる者だった……)


 俺はベネディクトの業の深さを察すると、ある経験について語ることにした。


「俺が営業をしてまもない頃、ある製品が勝手に原料を変えていて大問題になったことがあるんですよ。あの頃の俺は青ざめて、商社の人に『なんでもするから、納入の打ち切りだけは勘弁してくれ』と頼み込んだんですが、その人は俺になんて言ったと思います?」


「まさか……『責任を取って、自刃しろ』とでも言ったのでしょうか?」


「いえ……流石にそこまでは言われなかったのですが、『そんな軽々しく、なんでもという言葉を使うもんじゃない!』と一喝されました。『なんでもと言うならば、無料で商品を卸せるとでも言うのか? 私や顧客が聞きたいことはそんな無責任な言葉じゃない。何が出来るかなんだ……この不具合が消し飛ぶぐらいに魅力的な提案を持ってくるのが、本当の誠意って奴じゃないのか』とね。」


「なるほど……確かにそういう風な見方も出来ますね。」


「その時以来、俺はなんでもという言葉を使わず、出来る限りと言う言葉を使うようになりました。おもしろいもので、《出来る限り》の幅をどうやったら広げられるかを、それ以降考えるようになりましてね。個人で出来ることの範囲だけでなく、部署で出来る範囲、そして他部署との連携で出来る範囲を広げたいと思うようになったんです。」


 俺は席を立ち、ベネディクトの前に進み出て彼の手を取った。


「自分一人では出来ないことも、仲間と一緒なら出来ることも沢山あると思います。ベネディクト様は俺を《教会の影》として任じてくれたと言うことは、少なくとも仲間として認めて下さったのだと思っています。俺が出来ることは、《”いま”俺に出来ること》の範囲になってしまいますが、《”いま”貴方が話せる範囲》で良いので相談してくれると……嬉しく思います。」


 ベネディクトはしばらく沈黙した後、堰を切ったように笑い出した。


「フ……フフフ……ケイ様は本当に正直な方ですね。ですが、そういった形の誠意の見せ方があるということも理解できました。そして、そこまで胸襟を開いてくださった相手に隠し事をするのは不誠実というものでしょう……私も貴方に隠していたことを打ち明けさせた頂きます。」


 俺が頷くと、彼は急に真面目な顔になって静かに告げた。


「実は……私は確かに前世で《聖なる者》だったのですが……実のところを言えば、聖女だったんですよ。」


「へぇ~聖女ねぇ……って! モガァ!?」


 あまりのことに驚いて、叫び声を上げそうになった俺の口をベネディクトが慌ててふさぐのだった。

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