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戦乙女

 俺は、よろめきながらアリシアの部屋に入った。



 彼女は男装風のベストとスラックスではなく、淡い緑色のワンピースを着てベッドに突っ伏しているようだった。


「アリシア……今いいかな?」



 俺はなるべく優しげにアリシアに話しかけると、彼女はビクッと体を震わせた。


 彼女が震える声で答えた。


「少しだけ……後ろを向いていてもらっても良いですか?」


 俺はすぐに後ろを向いて、彼女を待つことにした。



 だが、少し無理をしすぎたのか体がぐらつく……

 俺はそのまま崩れ落ちそうになったが、アリシアが優しく体を抱きとめてくれた。


 首筋に、温かい水滴が落ちる感じがする。


 思わず振り返ると、アリシアが大粒の涙を流しながら顔を歪めていた。


(こういう時は、素直に何かをお願いするに限るな)


「とりあえず、ソファーに座らせてもらって良いかな。」


 アリシアが静かに頷くと、俺をソファーまで連れて行ってくれた。



 一緒にソファーに座りながら、俺はアリシアの背中を優しく撫でる。


「アリシア……大丈夫だったかい? 君のことが心配で仕方がなかったよ。」



 アリシアが思わず俺の肩をつかんで叫んだ。


「どうして……どうしてケイは、いつも自分を大事にせず、相手のことを優先するのですか! 前世だって、もっとうまく生きることが出来たはずじゃないですか。」


「それを知っているなら、そう生きる以外なかったことも分かってくれるんじゃないかな? 俺の前世はそう簡単に人生のやり直しができる世界じゃない。技量だけでなく年齢だって重要な世界だ。たった一つの運命の歯車が狂っただけで、這い上がるのがものすごく厳しいってこともね。」



 俺は首を振りながらアリシアに語りかける。


「俺は夢を失った後は、『せめて自分が今までに培ったものだけでも活かしたい』と思って生きてきた。そして、人や会社から裏切られ続けた後は、『自分がそうしたくてやった』と思うようにした。結果として、努力し続けて前向きに生きた男だと周囲から見られたけれど、俺からしてみれば過去に縋り付いて生き続けたみじめな男さ。」



 アリシアが悲しそうな顔で俺を見る中、言葉を続けた。


「だが、それでも現状を打破するために努力し続けて、実力が付いたのは事実さ。だから、アリシアだってもっと自分を許してやっても良いんじゃないか? 戦乙女(ヴァルキリア)として生きた自分に対してもさ。」



 アリシアが堪え切れなくなって俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。


 そして、彼女の戦乙女としての生き様を語り始めたのだった。



 * * *



 神々は、異世界の勇者たちの魂をこの世界に連れてきて、よりよい世の中を作ろうと考えた。

 また、それぞれの勢力に転生者が偏っては問題が生じるとも考え、前世で多大な功績を残した魂の斡旋所として≪ラクルート≫、≪ドーダ≫、そして例外的な存在向けの≪ナロウワーク≫を創った。


 そして、本来であれば天界の選ばれし神の子のみが戦乙女として生まれ、異世界の勇者達をこの世界へ導くはずだった。

 だが皮肉にも、元天使長の魔王と戦乙女の母の子供が地上に生を受け、その子供が母の戦乙女としての特性を受け継いでしまった。

 こうして、初めて神の意思によらない戦乙女が地上に生まれたというわけだ。



 アリシアが戦乙女として初めて異世界へ行ったのは、約三百年前ほどのことだったらしい。


 その頃は、まだ転生者を世界に迎えるという意味について、あまりよく考えておらず、力が強く勇気があるものが死んだ時に≪ラクルート≫や≪ドーダ≫へ斡旋して、彼らが希望すれば≪魔王軍の本拠(ペルセポネ)≫に迎えるものだと思っていたそうだ。



 ――だが、現実は違った。


 アリシアが、勇者としての見込みがあり異世界で殉死した者をこの世界に連れ帰った時、周囲から彼女を恐れるような目で見られたそうだ。



 ――戦乙女の特質により、≪ペルセポネ≫へ迎える予定の勇者を殺した。


 彼女が勇者として見込んだものは、自分の世界に連れていくために若くして死んでしまう。

 周囲の者よりそう聞かされたされたアリシアは、とても傷ついたらしい。


 さらに、父や母からも、自分が好意を持った相手に対しても同様の力が働いてしまうと教えられ、思わず彼女はこう思ったらしい。



 ――まるで私は死神のような存在ではないかと。


 それ以来、彼女は誰かと深く関わることを恐れ、ましてや好きになることなんて怖くて出来なくなってしまった。


 だが、魔王の娘という立場上、戦乙女としての任務以外にも、地上の者達と深く関わらなければならない。

 周囲の男たちが自分を怖がり、噂を信じた者が陰で嘲る中、彼女は必死に自分の務めを果たした。



 それから三百年が経ち、長き平和による軋轢が生じ始めたのを危惧したルキフェルが、アリシアに平和な世界を視察して、そのやり方を参考にしてみるように命令したそうだ。


 今考えれば、日々心がすり減っていく彼女のことを案じたのかもしれない。



 何はともあれ、アリシアは戦争というものを放棄した国だがそれでも豊かに生きているとされる日本で、こっそりと視察を開始した。


 そこで、酔っ払いながら印象的な言葉を言っている人間の男を見つけたそうだ。


 彼はこんなことを言っていたらしい。


「真面目に仕事をして……皆のために頑張っているのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『何しにきやがった!』って、俺だって好きで不具合指摘したくねえよ! だけど俺がやらないとみんな不幸になるんじゃないか……」



 ――自分みたいに死神と思われても頑張っている人間がいる。


 アリシアはその人間の男に興味を持った。

 何が彼の心を支えているのか、そしてどうすれば死神と思われても前に進めるのだろうかと。


 それ以降は、その男の生き方を観察することにした。

 今まで見てきた勇者達に比べれば、彼がやっていることなんて言うのは本当に小さいことだ。

 下手をすれば辺境の村長よりも影響力が低いかもしれない。

 でも、その生き様はなんだか目を離せない。


 何度怒鳴られても、何度教えたことと違うことをされても、そしてそれを彼のせいにされても決して心は折れなかった。


 逆にどうすれば上手くいくのかを考えて、前に進んで行ってしまう。

 そして、現状に甘んずることなく、少しでも自分の牙を磨こうと努力し続けているのだ。

 だが、彼には不可解な点があった。



 ――時々、虚無感にとらわれた表情をするのだ。



 彼はよく”失った夢”というが、何が満たされないのかは分からない。

 ただ、彼が皆のための宴の主催者になったとき、仲間の女性が連れてきた子供を優しくあやしているのを見たとき、彼は伴侶が欲しいのではないのかと思った。


 事実、その男は伴侶を探そうとしていたようだが、可哀想な位に自尊心が低いのだ。

 女性への気遣いについて、仕事中は完璧に近いのに、仕事外ではあまりにも気を使いすぎて失敗している。


 アリシアは、自分に恋愛経験がないことを差し引いてもこの男は不器用すぎると考えたが、そういうところが好ましいと思った。


 一度そういったことを意識し始めると、どんどん彼のことが気になり始めていく。


 だが、自分と彼とはそもそも生きている世界が違うのだと思い始めていた時に、あの事故が起きて彼が死んでしまった。



――その時、やはり自分は戦乙女なのだと、心が凍り付くような衝撃を受けた。


 勝手な思いだったかもしれないけれど、自分が好意を寄せてしまったせいで死なせてしまったこの男の魂を、≪ペルセポネ≫へ導こうとする。

 だが、前世で英雄並みの功績を立てていない彼は、当然のことながら≪ラクルート≫や≪ドーダ≫には見向きもされなかった。


 そこで、自分の父親(ルキフェル)に泣きついて、≪ナロウワーク≫経由で魔王軍に採用するといった形のイレギュラーな方法をとったのだった。



 * * *



 後は、転生した後の話に至るというわけだ。



 だが、俺はとんでもないことに気づいてしまった。


(アリシアが俺に興味があって、さらに好意を持っていたとな!? 馬鹿なっ……これは夢ではないだろうな?)


 そしてもう一つ、これだけは確認しなければならないことが……

 俺はアリシアに恐る恐る尋ねる。


「もしかして、俺のプライベートなところとかまで全部見ちゃったりとか……してないよね?」


 アリシアはキョトンとした顔をして答えた。


「もちろん見ていません! 基本的に、家の中までは見ないようにしていましたが……≪レンタルビデオ≫と書かれた店で()()()()()()()()()()を熱心に探して、家に帰ったあと獣のように『ハア……ハア……』という声を出されていたのは、伴侶を探す為の修行だったのでしょうか?」


「セウトォォォォ!?」


俺は恥ずかしさに悶絶しながら、アリシアの純真さに感謝すると共に……


自分の前世での生き方について非常に反省をするのだった。

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