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ポルトゥスの奇跡

 ――アリシアがロゼッタの要請を受けて、人間と魔族の調停のために聖歌を歌う。


 ルキフェルがもたらしたその報告により、天界に激震が走った。

 彼から相談を受けた《貴婦人(レディ)》は《天使長代理(ラファエル)》に急報する。

 ラファエルはロゼッタの愚かな振る舞いに心の中で舌打ちをしながらも、ミカエルを召喚してことの詳細を説明させようとした。

 だが、ミカエルは憂いた顔をしながら『娘は卑劣な罠にかけられて、魔王軍に良いように使われたのだ』としか言わない。

 この言い訳じみた抗弁に対し、ルキフェルは怒りを顕わにしてロゼッタの所業を糾弾し始めた。



 ――今回のロゼッタの振る舞いは、あまりにも許しがたいものだ。


 ロゼッタは協定を守っていたポルトゥスに対し、圧力をかけるような形で干渉して、漁師に海に網を捨てるという暴挙を仕掛けさせた。

 さらに、教会の影として事態を穏便に運ぼうとしたケイと、その意を汲んだベネディクトの想いを踏みにじるが如く、アリシアを脅して聖歌を歌うよう強要した。

 教皇として、ロゼッタの暴挙を止めようとしたベネディクトに対して、聖女の立場だけではなく王権を使って自分の意思を通そうとした。 


 どれをとっても魔王軍には落ち度がなく、むしろ徹頭徹尾クロノスの失策の尻拭いのために奔走したのだ。

 しかも、魔王軍の利益だけではなく、しっかりと人間側にも納得が出来る形での解決方法まで見出したのに、ミカエルはそれを『卑怯な罠』と言い捨てる。

 むしろ、これほど卑怯な振る舞いがあるのだろうか?

 そうまで言うのであれば、今すぐそれ以上の解決方法を提示するのが筋というものではないか。


 ルキフェルの糾弾に、ミカエルは何も言い返せずに黙り込む。

 気まずげな沈黙が流れる中、おもむろにラファエルがその場に似つかわしくない笑みを浮かべて、ルキフェルを賞賛した。

 人と魔物が一種即発となりかねない難しい局面を、部下達をよく指揮して乗り切ったことは評価でき、天界としては今回の件については好意的に解釈する。

 そのため、今回の件に限ってはアリシアが聖歌を歌うことについて許可しようと思うが、今後そのようなことが起こらないように対案を協議したいと、ルキフェルに申し入れた。

 ルキフェルはそれに応じ、天界の代表者とミカエル、そしてルキフェルの全てが同意しない限りは、アリシアの《戦乙女》の力は使わせないという協定を結びたいと提案する。

 これについては、ラファエルもミカエルもすんなりと応じて、事なきを得ることとなった。



 ――だが、ラファエルはそれでは終わらなかった。


 ケイが《教会の影》として勝手に権力を行使して、その名を貶めかねない失態を犯した。

 だからこそ、アリシアやベネディクトがロゼッタに対してに強く出られなかった可能性があると、ルキフェルとミカエルに示唆したのだ。

 ルキフェルはここでミカエルを追い詰めすぎるとケイの立場が微妙なものになると考え、ラファエルに寛大な処置を取るように願いでる。

 結局、ミカエルもロゼッタの行動についての不備について認めてルキフェルに謝罪したことにより、この一件について落着した。

 そして、天界は今回の件について、魔王軍とクロノスに対して配慮した形での対応を取るという評決を下すのだった。



 * * *



 それから二週間が経過して、ポルトゥスの町には神事を一目見たいと願う者達が殺到していた。

 埠頭には祭壇が設けられており、その傍らには正装した俺とドレスを着たアリシア、そしてダンカンが鎮座している。

 群衆と漁師達は皆祭壇に傅き、教皇と聖女の到着を待ち望んでいた。

 日が高く登り始めたところで、埠頭へ続く通りの喧噪が急に静けさに変わっていく。

 静けさはだんだんとこちらに近づき、そしてベネディクトとロゼッタの当来と共に、埠頭全体が粛然とした雰囲気に包まれた。

 ベネディクトは俺とアリシアに会釈をすると、右手に美しい白銀の錫杖を掲げながら祭壇へと登って、天界へ祝詞を奏上する。

 厳かな雰囲気の中、祝詞を唱え終えたベネディクトは錫杖をロゼッタに手渡す。

 錫杖を押し戴いたロゼッタは俺達にいつも見せている傲慢さをまったく見せず、慈愛に満ちた笑顔でダンカンを手招きする。

 ダンカンは一礼をすると、少し緊張した面持ちでロゼッタに進みより、錫杖を恭しく拝領した。

 彼が埠頭の先端まで足を進めると、ベネディクトがアリシアの手を取って祭壇に登らせる。

 群衆が息を呑んでアリシアを見つめる中、彼女は透き通るような美しい声で聖歌を歌い始めた。



 ――天界から地上に遣われし、力なき我が子らよ。


 天界の象徴たる神域を崇めよ。

 天界への畏怖と感謝を示す時、恩寵が海の使者より与えられん。

 だが、ゆめゆめ忘れるなかれ。

 天界の畏怖と感謝を忘れ、神域と海の使者に背を向けし時、恩寵は失われることを。

 力なき天界の子らよ、心に刻むが良い。

 恩寵という慈悲に溺れることなく、正道を進まねばならぬと言うことを……


 アリシアの歌に呼応して海が光り輝き、アントピリテを初めとしたネレイス達が海上へ姿を現す。

 ネレイス達はアリシアに合わせて聖歌を歌い、幾重も重なった歌声が天に昇っていく。

 そして、歌声に呼応するかのように天より眩い光が注いだ。

 光と共に、七色に輝く翼を持つ美しい女性の天使が悠然と海上に降臨して、人々に笑いかける。

 天使のあまりの存在感に、人々はその場に平伏した。


(えっ……あの方が……でもどうしてここに!?)


 俺はその天使に見覚えがあり、驚いて固まってしまう。

 いつの間にか俺の隣にベネディクトが来ていて、俺の肩に優しくを乗せて傅くように促す。

 思わず傅いた俺に、彼は微笑しながら囁いた。


「あの方の真のお姿を知らなかったようですね。貴方の驚く顔が見れて、嬉しく思います。」


 天使はロゼッタを一顧した後、アリシアのもとへ舞い降りた。

 彼女は慈しむような表情でアリシアを見た後、人々に語りかける。 


「地上に暮らせし人間達よ……我の名はガブリエル。人間の王女と魔王の娘、そしてそなたらの平和を願う想いに応えて、我は地上に舞い降りた。」


 人々が固唾を呑んで奇跡のような光景を見守る中、ガブリエルは埠頭の先端に飛び、ダンカンから錫杖を受け取る。

 そのまま彼女はアントピリテのもとに降り立ち、一言二言何かを話した後、錫杖を手渡した。

 人々が歓声を上げる中、ガブリエルは俺の元に舞い降りる。

 そして俺の手を取りながら、周囲に向かって優しげな声で告げた。


「人間達よ……海という神域を穢すことなく、海より与えられし恩寵に感謝するのです。月に一度その感謝を海に示すことで、海の使者はその想いに応えて、そなたらに歌の祝福と海の恩寵を与えることでしょう。それから、海の女王と海の使者達は教皇の影、ケイの働きに非常に満足したそうです。教皇の友として人と魔族の仲立ちを心がける彼の想い……これこそ天界が望む姿と私は考えます。」


(えっ……俺はもう教会の影の身分は返上したんだし、そんなことを言ったら大変なことに……)


 俺の危惧を余所に群衆が俺とベネディクトを取り囲んで歓声を上げる。

 その時、俺の頭に直接ガブリエルの声が聞こえてきた。



 ――そういうことで、これからも教会の影のお仕事頑張ってくださいね!


(そんなぁ!? レディ様……俺、そのお役目は返上したんですよ!)


 俺が抗議する間もなく、レディ……もとい、ガブリエルは空高く舞い上がっていく。

 天から降り注ぐ光もそれと共に消え去り、ネレイス達がそれを惜しむかのように歌を歌い始めた。

 人々がその歌に聴き惚れる中、ベネディクトが微笑しながら話しかけてくる。


「大天使のガブリエル様からの通達となれば、私も従わざるを得ないですね。ケイ様としても良かったのではないですか? これで公然に人間と魔族の仲立ちを行うことが出来ますから。それに……」


 ベネディクトは何か呟いていたが、ネレイス達の歌に隠されてしまってよく聞こえない。

 俺は彼に何を言ったのかを確認しようとしたが、彼はかぶりを振った後に俺の手を取りながら祭壇に登り、高らかに宣言する。


「魔王の娘、アリシアの歌により大天使ガブリエル様が降臨され、教会の影であるケイの活躍によりポルトゥスと海の女王との盟約が再び結ばれた。このお二方に天界からの祝福があらんことを!」


 ベネディクトの言葉に呼応するように、バトーを筆頭とした漁師達が叫び出す。


「ケイ様万歳! アリシア様万歳!」

「教会の影万歳! ベネディクト様万歳!」

「ポルトゥスと海の精霊の契りが永遠に続かんことを!」


 祭壇の中心付近から始まったその叫びは、周囲に伝播していき、最後には町全体へと広まった。

 ネレイス達の歌もいつの間にか俺達を祝福するような調べに変わっていた。

 後にポルトゥスの奇跡と呼ばれたこの出来事と共に、アリシアは奇跡の歌姫、そして俺は教皇の影として人間達に知られることとなったのであった。

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