ダンカンとの会談
バトー達と別れ、俺とアリシアは町長の館に赴いた。
館は町の中心近くにあり、外観は教会のような雰囲気で、壁は白磁のように純白で、屋根は目の覚めるようなエメラルドグリーンだ。
入り口の門にはネレイスが教会のシンボルである錫杖を掲げている姿が刻印されており、漁師達が言っていた伝承を想起させた。
門の前に衛兵が立っていたので、俺は彼に声をかけた。
「魔王軍のケイとアリシアと申します。ダンカン様と会いたいのですが、取り次いで頂けますか?」
衛兵は生真面目そうな顔をしながら礼儀正しくお辞儀をすると、すぐに館の中へ入っていく。
しばらく待っていると、ダンカンが急ぎ足で俺達を出迎えた。
改めて彼をしっかり見てみると、四十半ばくらいで少し白髪が交じり始めてはいるが壮健な顔立ちをしており、少し長めの口ひげが印象的だ。
海の男を思わせる立派な体躯をしているけれど、立ち振る舞いは紳士そのもので育ちの良さを感じさせる。
そして、何より胸元に光る御印のペンダントは、彼が敬虔な教会の信者であることを示していた。
彼は意志の強そうな碧眼を細めながら、俺に話しかける。
「ケイ様、よくおいで下さいました。漁師達から何か話を聞くことは出来ましたか?」
「そうですね。彼らにも複雑な事情があるということが分かりました。その上で、ダンカン様と本件について意見を取り交わしたいと思っております。」
ダンカンは満足げな顔で頷くと、俺とアリシアを館の中へと招き入れる。
建物の中は教会風に仕立て上げられており、エントランスの右側には礼拝堂も設けられていた。
彼は、俺達を応接室に通すと、衛兵を下がらせようとする。
流石に衛兵も、魔王軍の者と町長だけを残して下がることを躊躇するが、『お前は《教会の影》に選ばれた方を疑うのか?』と言われて、渋々と部屋を退出していった。
ダンカンは注意深く盗み聞きしている者がいないかを確認した後、静かな声で話し始めた。
「失礼致しました。最近は王都の人間が私の行動を注視しているもので、彼らも気を張っているのです。」
「いえ、お気になさらないで下さい。自分の主のことを考えた上でのことでしょうし、それが本来の彼らの職務でしょうから。」
「お心遣い痛み入ります。それでは改めて、ポルトゥスの町長を務めさせて頂いているダンカンと申します。漁師達の事情を聞いて下さりまして、ありがとうございました。さて、私と意見を取り交わしたいということでしたが、具体的にどのような内容でしょうか?」
俺は捨てられた網を元値の一割の値段を払って引き取る案について説明した。
ダンカンは興味深げな表情で俺の話を聞いた後に問いかける。
「面白い案ですな……ですが、それではあまりにこちらが有利な条件となりますね。もしかして、私に何かさせたいことでもあるのではないですか?」
「ダンカン様はお話が分かる方で嬉しいです。実は、網の件につきまして、漁師達から興味深い話を聞きまして……」
ダンカンの表情が少し険しくなり、あからさまに俺を警戒し始めた。
俺は真面目な顔で彼に語りかける。
「バトーさん達は、海の伝承の意味をしっかりと考えて《海の精霊》に敬意を払って下さいました。それはすなわち、町長である貴方が海の理をしっかりと彼らに教えてくれていたからだと、俺は考えています。網の件で王都の商人が一切合切の買い占めをしたのは、そういったことで貴方を疎んだという一面もあるのではないでしょうか?」
ダンカンは静かに首を振った後、嘆息するように天井を見つめた。
しばらく何かを考えるように遠い目をした後、彼は俺に尋ねた。
「ケイ様が聖域の件で我らのために働いてくれた際に、お気づきかと思われますが……教会の教義は天界と精霊の働きを巧妙にすり替えて、結びつけております。そして、私は司教という立場にありながら、代々海の精霊との交誼を大事にしてきた一族の長でもあるわけです。」
「なるほど……クロノスの見解としてはネレイスは魔族というわけだから、司教に就いている者がそれに傾倒しすぎると異端者となってしまう恐れがあるわけですね。」
「教皇様は慈悲深く聡明な方です。精霊との交誼を結ぶくらいで、私を異端者として処罰なさることはありません。貴方様を《教会の影》として、ポルトゥスに遣わしてくれたことがそれを示して居ると思いませんか?」
(教会ではなく、王都からの圧力だと言いたいわけだな……)
俺は納得した顔で頷くと、ダンカンに告げる。
「確かにそうですね。俺もベネディクト様のそういった所を好ましいと思って交誼を結ばせて頂いています。ところで、神域の件をご存じなら、今回の網の件も同様の形で解決したらどうでしょうか?」
「ですが……海に神殿を建立したとしても、そこに人間が行くことも出来ないと思います。ケイ様は、どのようにして天界を奉じる形にするおつもりでしょうか。」
ダンカンの指摘に俺は少し考えた後、彼に一つ確認することにした。
「入り口の門にネレイスが錫杖を持った姿が刻印されていたのですが、あれはどういった意味合いがあるのですか?」
「昔、私の先祖がネレイスへの交誼の証として、白銀の錫杖を与えたのですよ。ですが、私の代になってこの有様です。これでは先祖に申し訳が立ちません。」
真っ直ぐに俺を見ながら、申し訳なさそうな顔をするダンカンを見て、俺はアリシアを一顧する。
彼女はダンカンをじっと見た後、微笑しながら頷いた。
「ネレイス達に聞きましたが、バトーさん達は彼女達を敬いながら丁重に扱っていたそうですね。《ネレイスの女王》のことについても貴方の説明に矛盾はありません、ダンカン様は信じるに値する方だと私は思います。」
彼の表情が少し和らいだところで、俺は話を切り出した。
「実は、ネレイスの歌を興行化しようかと考えているんですが……その仲立ちを貴方にお願いしたいと考えています。彼女達の歌は、海を神聖化させるのに値千金の価値があると思いませんか?」
俺の話を聞いたダンカンが興奮した顔で食いついてきた。
「ネレイスが人間のために歌うというのですか!? なんと素晴らしい……海の至宝と名高いあの歌であれば、確かに神域と同様の効果は得られるでしょうね。是非、一枚噛ませて頂きます。」
「ありがとうございます。それでは、魔王軍と教会側の方へしっかりとすりあわせをして、なんとかこの案を通せるようにしたいと思います。」
彼が手を差し出してきたので、俺はその手を優しく取る。
その後、少し細かいすりあわせなどを行った後、俺とアリシアは館を後にした。
アリシアは嬉しそうな顔で俺に笑いかける。
「人間の中にも、精霊を重んじてくれる方がいるということを改めて感じることが出来ました。とても嬉しいことですね。」
「そうだね。この件もあと少しで終わると思うから、頑張ろうね。」
俺はゲートを開くと、彼女の手を取ってペルセポネへ戻るのだった。