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ネレイス達の住処

 アリシアに連れられて、俺はネレイス達の住処へとたどり着いた。

 ギリシャ風の神殿のような造りの純白の建物が立ち並び、敷石の横には鮮やかな珊瑚が群生している。

 周囲には海蛍のような輝きを見せる光の精霊がゆったりと漂い、神秘的ながらも優しげに辺りを照らしている。

 ネレイス達は、珊瑚の上に腰掛けながら俺達に笑顔で手を振ってくれた。

 ふと海上を見上げると、光の精霊達が作り出す天の川のような光景が見えて、美しさのあまりに思わずため息をつく。



 ――だが、そんな感慨深さはすぐに打ち破られる。


 頭上からボロボロの網が降ってきて、光の精霊達が慌ててそれを避けていく。

 ネレイス達は不安げな顔で頭上を見上げた後、すぐに建物の中に入っていった。

 俺が武器を具現化して網を切り払おうとすると、優し背中を叩かれる。


「ネレイス達の住処でそんな無粋なものを使う必要はないよ。少し私達に任せてくれないか?」


 思わず振り返ると、オベロンが微笑しながら右手を掲げた。

 彼の手が淡く光ると、周囲の網が吸い込まれるように頭上に集まっていく。

 ティターニアが微笑しながら集まった網に魔法をかけると、一瞬にして光の粒子となった。

 光はオベロンの手に集まっていき、彼はそれを愛おしげに押し戴くと静かに懐に入れた。


「ボロボロになった網とて元々は草なのだ。海に沈み続けるのではなく、土に還して新しい命が芽吹く礎にしてやらねば可哀想だろう。」


 俺は思わずオベロンに問いかけた。


「えっ……これって肥料になるんですか!?」


「土により育まれし物が土に還り、次の新しい命を育むのは道理というものだろう? 私はそれを早めたに過ぎないのだよ。」


「ちなみに、この魔法ってティターニアにしか使えないのですか?」


「陸の草木であれば、ドリアードがこの魔法を使うことが出来るよ。もし、こうした網を処理したいというのであれば、彼女らに任せれば良いだろう。」


「でも、海一杯に散らばった網を毎回集めるのは大変ですよね。」


「私も色々な仕事があるのでね……流石に網のことばかりにかまっては居られないのだよ。それについては、ケイに考えて貰っても良いかな?」


「網の処理をして貰えるだけで、十分助かりますよ。少し俺も考えてみることにします。」


 オベロンが満足げに頷く中、網がなくなったことに喜んだネレイス達が感謝の歌を歌い始める。

 光の精霊達もその歌声に呼応して眩く輝き、神殿風の建物が神々しく輝く。

 どこからか、フルートのような良く通る声が俺達に届いた。

 ネレイス達は、住処の奥へと誘うように声の道を造り上げる。

 その声に導かれながら、俺達は奥にある大きな神殿にたどり着いた。

 ティターニアは笑みを浮かべて、両手から暖かな光を発して神殿に放つ。


「可愛いアントピリテ……いつまで拗ねてるのかしら? お姉さんが貴方の話を聞きに来ましたよ。」


 その瞬間、神殿の奥からもの凄い勢いの水流が放出された。

 そして、それと共にひときわ美しいネレイスがティターニアに突っ込んでいく。


「ティタ姉様……お会いしとうございました! 人間達が……人間達が……うわあぁぁぁぁぁ!」


 彼女は号泣しながらティターニアに抱きついて、人間達がいかに自分たちに無礼な振る舞いをしたかを訴えるのだった。



 * * *



 元々、ネレイス達はこの海域で穏やかに暮らしていた。

 美しい容姿と素晴らしい歌声を持つネレイス達は漁師達の心の癒やしとなっている。

 さらに、漁師達は彼女達が海を穏やかで芳潤にしていることを何処となく感じて、敬いながら丁重に扱ってきた。


 だが、最近になって、魚を捕れば儲かると言うことで新たに漁師となった者達がこの海域に殺到してからその生活は激変してしまう。

 彼らは魚を根こそぎ持って行こうとするだけでなく、荒っぽいやり方でボロボロになった網を海に投げ捨てていくのだ。

 当然のことながら、ネレイス達は素行の悪い漁師達に抗議をする。

 だが、彼らはネレイス達をあざ笑いながらこう挑発するのだという。


「破れた網を持って帰っても何の利益にもなりゃしねえんだよ! 俺達のすることが気に入らなかったら、船を沈めれば良いじゃねえか。だが、そんなことをしたらどうなるか解っているよな? 魔王軍の魔物が俺達に襲いかかってきたとクロノスに報告するぜ。」


 ネレイス達はここは自分たちが暮らしていた海であって、何の権利があってそんな好き勝手をするのかと問いかけるが、彼らは馬鹿にしたような顔で言い放つ。


「海は元々誰のもんでもないんだろう? 頭が悪いお前らにも解るように伝えてやるが、俺達はクロノスの王女様から許可を得て漁をしてるんだ。勝手に住み続けて我が物顔で不当に占拠し続けた魔物とは格が違うんだよ。解ったらさっさと海の底に帰るんだな。」


 これまで、誰が海を維持してきて住みよい環境にしてきたのかを全く考えない傲慢な態度に、ネレイス達は激怒する。

 その後、海の無法者達によってうち捨てられた網はネレイス達の住処にまで降り注ぎ、それを見たアントピリテは嫌気がさして神殿に引きこもってしまったというわけだ。



 * * *



 ティターニアはアントピリテの背中を優しく撫でながら、笑顔で俺達に告げる。


「いっその事、この海域からネレイス達を引き払わせてしまいましょうか。豊潤だった海は枯れ果て、穏やかだった波は荒波となって船を沈めることになりましょう。」


(笑いながらとんでもないことを言いやがる……やっぱり《妖精王》の妻は伊達じゃないな)


 アリシアもディターニアに同調しそうになる中、オベロンが困ったような顔で俺を見た。


(まあ……このタイミングでそれをやったら、間違いなくこちらが報復に人間を襲ったと思われますよね)


 俺は少し悩みながらも、ティターニアに提案する。


「そうですね……流石にそれはやり過ぎだと思いますので、若干という程度にしてみませんか。不漁にして、波も少し荒くする程度でお願いしたいのですが……」


 ティターニアは笑みを崩さずに俺に圧をかけてくる。


「それで……その見返りにケイ様はネレイス達に何をして下さいますか?」


「人間側の話を少し聞いた後になるとは思いますが、平和的な解決をするように働きかけます。」


 俺とティターニアのやりとりを聞いていたアントピリテが、アリシアを一顧した後に俺に話しかけてきた。


「ケイ様、ノクターン姉様の婚姻式以来ね。その件につきましてはお世話になりました。」


(あれ? 婚姻式の時にノクターンの周囲にいたフォラスの弟子に似ているけど、あのときは下半身が普通だった気がするんだけどなぁ)


 俺がまじまじとアントピリテの下半身を見ていると、彼女がクスクスと笑い出す。

 その瞬間、光が彼女の下半身を包み込み、虹色のパレオを纏った美しい二本足に変化した。


「レディの足をそんなにまじまじと見ちゃ駄目よ。私達ネレイスは海中で動きやすい様に魔法で、下半身を魚に変えられるの。その時の気分によって、纏う衣服の色に変化させられるんだけど、おしゃれだと思わない?」


(おおっ!? ようやく海らしい水着のお姉ちゃんが出てきた気がするよ)


 思わず、俺は感慨深げにアントピリテの水着姿の感想を告げる。


「確かにとてもエキゾチックでセクシーな水着ですね。素晴らしい御御足を引き立たせていると思います。」


 アントピリテは途端に顔を真っ赤にしながら俺を叱りつけた。


「下半身が魚の時の話をしてるのであって、今の衣装の話じゃないでしょ! まったく……アリシア様の前で、よくそんな軽薄な発言が出来るわね。」


 慌ててアリシアの方を見ると、何かを考えながらアントピリテの姿を真剣に見ているようだ。

 アントピリテは肩をすくめながらティターニアに問いかける。


「ティタ姉様、ケイ様が本当に信頼に値する方か試しても良いでしょうか?」


 ティターニアは俺とアリシアをじっと見た後、微笑して頷く。

 二人のやりとりを見たアリシアが、何かに気づいて叫んだ。


「試すって……まさか、歌うつもりですか!? ケイ! その歌を聴かないで下さい。」


(えっ……歌になにか問題でもあるのか?)


 怪訝な顔をして居る俺に緊迫した顔のアリシアが駆け寄る中、アントピリテが美しい声で歌い出すのだった。

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