勇者達との初対峙
村長と俺達が家から出ると、そこには青銅色の鎧と、赤いマントを羽織った金髪の青年が村人に詰め寄っていた。
(勇者か……昔やってたゲームとかじゃ魔王倒しに行くのが目的だったけど、大丈夫かな?)
俺がそんなことを考えていると、青年は村長と俺達に気づいて尊大な態度で歩いてきた。
彼は少し長めなウルフカットの髪をわざわざかき上げて、美しい金髪を日の光に輝かせる。
そして、青い目で俺達を一瞥した後に村長に告げた。
「オーベスト村の長よ。スライムの被害が出ているようだが、もう心配はないぞ。勇者ロランが来たからにはもう安心だ。黒幕ごと根絶やしにして村に平和を取り戻してやろう。」
村長は慌てて、ロランに話しかける。
「ロラン様、お待ちくださいませ……ケイ様とアリシア様と協議した結果、本件を解決する方策を打ち出すことができたのです。今しばらくお待ちいただけないでしょうか。」
だが、彼は苛立たしげに村長を突き飛した。
「黙れ! お前は悪魔に騙されているのだ。私は聞いたぞ……そこの老婆が、恐ろしい悪魔が村の者を威圧して、無理やりいうことを聞かせようとしていると。」
それを肯定するように、老婆が俺を指さして叫ぶ。
「ロラン様、この男でございます。漆黒の禍々しい羽根を誇るように見ながら、何やら気持ち悪い笑みを浮かべていたのです。」
(いや……ほら、あの翼って格好良かったんで、ついニヤッとしたことは否定しないよ……だけど気持ち悪い笑みは言い過ぎじゃないかな?)
俺はどちらかというと”気持ち悪い笑み”のほうにショックを受けながら、ロランに話しかける。
「魔王ルキフェル様から、本件につきまして対応するように派遣されましたケイと申します。何分転生したばかりの者で、村の方々に非礼を働いたことについては謝罪いたします。」
ロランは傲慢な顔で俺を睨み付け、村長を見ながら怒鳴りつける。
「お前が何者で、何をしにきたかなど俺は聞いていない! 村長を誑かして、クロノスに侵攻するための足掛かりとするつもりだろうが、そうはいかぬ。素直に成敗されて、勇者である俺の英雄譚の一つとなるがよい。」
(ああ……こいつは駄目な奴だな。人の話を聞かない上に、完全にこっちを悪者扱いしてきている)
俺は自動車用の部品を扱う大企業が工場監査で来た時のことを思い出していた。
* * *
――あいつ等エリートは皆そうだ。
≪3σ:99.7%から外れたものを作らないようにする≫の管理も出来ない工場に対して、≪シックスシグマ:100万分の3~4の不良率≫とか要求する時点で無理ゲーなのに、≪T社式≫やってないのは非効率とか、滅茶苦茶厳しいこと言ってくる。
俺に言わせれば、不良出すのも納期厳しいのも、お前ら大企業のエリートが、≪リードタイム:製品が出来上がて客先までの届く標準時間≫守らずに、急に納期変更してくるからだろうが……
『すみませ~ん、来週納期のアレなんですけど。明後日納期でお願いします。』とか、お前らが≪T社式のかんばん方式》のお手本とやらを見せてくれと叫びたくなる。
そのくせ、こっちがちょっとでも苦しそうなそぶりを見せると、『嫌ならいいんですよ? 別にほかの会社はいっぱいあるんですから』的な表現を婉曲的にしてきやがるのだ。
俺は、そのたびに心の中で叫んだ。
(お前らのような奴がいるから、残業が減らねえんだ……消えてしまぇぇぇ!)
* * *
アリシアが心配そうな顔で、過去の記憶を思い出して苦い顔をしている俺の背中をさすった。
「ケイ……大丈夫ですか、森でもそうでしたが何か辛いことがありましたか?」
俺は慌てて彼女に笑いかける。
「すまない……少し昔のことを思い出してしまったみたいでね。」
アリシアが何かを察して、俺に話しかけようとしたところでロランが叫びだす。
「俺を無視するとは良い度胸だな……お前らまとめて片づけてくれる!」
村長が慌てる中、俺はロランに向かって強い口調で詰問する。
「ロラン様……でしたね。王様は今回の件について、どのように考えられているのか教えていただきましょうか? 少なくとも、魔王ルキフェル様は協定を守って平和的な解決を望んでおります。ですが、人間の王はそれを破って戦いを望むとでもいうのでしょうか。」
村の人々が気まずそうな顔で俺の言葉を聞く中、さらに言葉を続ける。
「俺はアリシアから聞きました……ルキフェルがこの世界で魔族と人間の諍いをなくすためにどれだけ尽力したのかを。だからこそ、魔族に転生してよかったと思いました。ロラン様は、なぜ勇者をされていらっしゃるのですか? 無闇に戦いの渦を広げるのは勇気ではなく蛮勇でしかないと思うのですが。」
ロランが激昂して叫んだ。
「魔物の分際で俺に説教をするだと? 俺は世界を救うべく、≪ドーダ≫でスカウトされてこの世界に転生したのだ。前世同様に魔王を打ち滅ぼして、世界を闇から救うためにだ!』
俺はため息をつきながら、呆れた顔で彼を見据える。
(ああ……そういえば、前世でもいたなぁ。こうやって大会社から転職してきて、『お前ら中小の人間にはわからないかも知れないが、大会社ではこうやっている』なんていうウザいおっさん。)
ロランが俺の態度に我慢ならなくなったところで、彼の仲間らしき男女がこちらに駆け寄ってきた。
一人は知的な眼鏡をかけ、深緑のローブを着た長身のイケメンで、長いサラサラの黒髪を肩まで伸ばしている。
もう一人は、明らかに身分が高そうな女性で、見事な金髪に赤に金縁が施されたベストに薄桃色のローブを纏っていた。
碧眼でパッチリと開かれた目に、きっちりと口にひかれたルージュは、それだけで何とも言えない魅力を感じさせるが……世の男としては、どうしてもあの胸元に目が行ってしまうのでないだろうか?
(なんというか……あの立派な双丘は、隠し切れない威圧感を感じさせるな)
アリシアが、俺の視線が何処に向かっているのかを察して、自分の胸元を見ている。
(いやいや、アリシアも十分持っていると思いますよ?)
なんとも眼福な至福の時間を破るように、ロランが仲間に向かって叫ぶ。
「アルケイン、ロゼッタ、こいつらが諸悪の根源だ! スライムどもはこいつらに操られていたのだ。」
俺は苦笑しながら静かに首を振って、話が分かりそうなアルケインと呼ばれたイケメンに話しかける。
「どうも誤解があるようでして……俺達は、村長へ平和的にこの事態を解決する打開策を提示して、それに納得してもらったところなのですが。」
アルケインは、ロランを一顧した後俺に告げる。
「ロランは直情的なところがありますが、正義を重んじる人物です。人を誑かす悪魔の貴方とどちらを信じるかとなれば、ロランを信じますね。」
(こいつも賢そうかと思ったのに、考え方があまりにも偏っている……どうなっていやがるんだ、この世界は)
俺がどうこいつらを説得しようかと思い悩んでいるところで、ロゼッタと呼ばれた女がアリシアを見て無邪気に笑った。
「あら……有名な≪男殺し≫のアリシア様ではございませんか。また男性の犠牲者でも出しに来たのでしょうか? 横にいる殿方も気を付けてくださいね。」
(≪男殺し≫ですとおぉぉぉ!? あの清楚なアリシアのどこに、そんな裏の顔があるというのか……)
俺が思わずアリシアの方を振り向くと、彼女は泣きそうな顔で俺を見ている。
その顔を見て、俺は察してしまった。
――そう呼ばれているだけで、彼女の本質は違うのだろうと。
思わず、俺はアリシアを庇うように前に出て、ロゼッタを怒鳴りつける。
「俺は少ない時間だったが、アリシアと一緒に仕事をした。だが、お前が言うような酷い女には全く見えなかったぞ? むしろ、彼女の本質を見ずに勝手に噂を信じているお前こそ悪女だろうが!」
ロゼッタが思いもよらぬ罵声を受けて涙目になる中、ロランが俺に斬りかかってきた。
「おのれ! 下賤な魔族風情がロゼッタ様を泣かせるとは……クロノスの王女になんと恐れ多いことをしてくれたのだ。そして聖女であり、俺の婚約者を辱めた罪は重い。この場で死ぬがよい!」
彼は勇者の名に恥じぬ鋭い斬撃が俺を襲ってくる。
袈裟斬りから切り返し、そして横なぎ払い……
いずれも、食らったらものすごく痛そうな攻撃だ。
俺は逃げるようにしてロランの斬撃を躱しながら、怒りをあらわにして叫んだ。
「お前が自分の婚約者を汚されたら激昂するように、”俺の天使”を馬鹿にされたら温厚な俺だって怒るに決まっているだろうが!」
感情のままに叫んでから俺は後悔した……
(しまったあぁぁぁ!? まだ知り合って間もないというのに、勝手に自分の彼女であるように叫んでしまった。これは≪恋愛How To本≫で絶対にやっちゃいけない奴じゃないか……)
一瞬アリシアのほうをみると、彼女は驚いた顔をして固まっている。
(やっぱり、そうですよねえぇぇぇ!? 今日知り合ったばかりの男に、いきなりそんなこと言われても困りますよね……)
何の戦闘経験もない俺は、ただでさえロランの鋭い斬撃を躱すのが精一杯だったのに、アリシアの顔を見て動揺してしまう。
そして、ロランが魔法のようなものを腕から放つと、俺の目の前で雷が落ちた。
(まずい……この先には村長たちがいる、これ以上逃げると彼らを巻き込んでしまう)
俺は逃げるのをやめて、右手で村長たちを指さしながらロランを説得しようとする。
「村人を巻き込むから落ち着けって! 勇者は人間を救うのが使命じゃないのかよ……守るべきものを傷つけては元も子もないじゃないか。」
ロランが無慈悲に俺に斬撃を放ち、俺の右肘から先があえなく切り飛ばされた。
(痛えぇぇぇ!? アリシアへ逃げるように伝えなくちゃな……一旦退いて、落ち着いたときにもう一度話し合う必要が……)
その時、俺の後ろからものすごい威圧感が発せられ、空気が震える。
あまりの強大な力にロランが思わず固まった。
俺も、恐る恐る振り返ると、アリシアの背に白銀の羽が生えていて、美しい紅色の瞳が燃えるような輝きを発している。
そして怒りに満ちた顔をした彼女は、ロランに向かって恐ろしい魔力を込めた手を振り下ろそうとしているのだ。
(まずい……怒りで我を忘れた顔をしていやがる。)
俺は思わずロランに体当たりをして突き飛ばす。
それと同時にアリシアの魔法が発動した。
地面から七色の美しい光が天に向かって突き抜け、一気に焼き尽くされるような熱さを感じた。
全身を溶岩で焼かれた時以上の痛みが何度も襲ってきて、俺の体は魔法に耐えきれずに焼き飛ばされていく。
痛みで頭がどうにかなりそうだったが、ここで意識を失ったらアリシアがさらに暴走してしまう。
――純真な彼女が我に返った後に味わう苦痛はどれほどのものだろうか……
それを思えば、今の味わっている苦痛なんて屁でもないような気がしてくる。
俺は、アリシアに向かって肘から先がない右腕を伸ばしながら、必死に呼びかけた。
「ぐわあぁぁぁ!? アリシア……駄目だ……正気に……頼む……か……ら……」
決死の呼びかけが通じたのか、彼女が目を見開いて固まる。
そして、俺の意識が闇に消えそうになる中、魔法が中断されて痛みが消えた。
(よかった……正気に……戻……)
目の前が真っ暗になって意識が完全に飛ぶ寸前、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
そして、柔らかな感触とともに、頬に暖かい水滴を受けた気がしたのだった。