死亡~ナロウワークへ
俺の名は黒井 圭。
とある中小の化学工場で品質管理部門の係長として勤務している。
工場内では《鬼の圭》と呼ばれ、これでも現場の若い奴らから恐れられている、品質管理課のエースだ。
だが、俺は今の状況に不満を持ち続けていた。
――俺は品質管理がやりたくって、この会社に入ったわけじゃない。
二浪した上に理系大学院を卒業した俺は、研究職で会社に入ったはずが、会社の都合で営業にさせられてしまった。
研究が大好きだった俺は腐りに腐ったが、それでも屈することなく成果を出しながら営業から研究への異動願を出し続ける。
――その結果、左遷されるように工場の品質管理に異動した。
工場の状況は最悪で、品質を誤魔化すことが当たり前だった……
俺が検査で不合格を出しても、上のものがOKを出せば合格の世界。
だが、それでも俺は屈することなく、ルーチンを素早く終わらせて、4M(人、原料、工程、機械)の変更を察知しては、現場に行ってその状況を確認するのだった。
『QC工程図って何なの?』というような工場の中、事前に問題になりそうなものを分析して、やばいことになる前に、課長に指摘をしておく。
俺にできるのはそのくらいだが、それでも俺が来る前に比べて三割は不良率が下がっていた。
* * *
そんな俺は、今日も時間を作って現場に顔を出す。
現場の主任が俺に気づいて、嫌そうな顔をしながらも声をかけた。
「圭、俺のタンク周りは全く問題ないぞ。またいちゃもんを付けるんじゃねえだろうな?」
「最近、水分の規格が随分と外れているんですけど……もしかして何か変えました?」
主任がばつの悪そうな顔をしたのを見て、俺はすぐに工場内に入っていく。
そして、タンク脇に新設された遠心脱水機を目ざとく見つけた。
「主任、これって前に生産会議で言ってた中国製の遠心脱水機じゃないですか……なんで、もうこれが入っちゃってるんですか!」
主任は逆切れしながら俺を怒鳴りつける。
「しょうがねえだろうが! お前みたいな部外者に、あれこれ言われたかねえよ。上から目線でいつも物を言いやがって。いつまでも、営業様の気分が残ってるんじゃねえのかよ?」
俺は主任に怒鳴り返す。
「そんなもんは、異動したときにすべて捨ててきましたよ! そもそも、変えたなら連絡してくれないと、後でクレーム来た時に4Mやってなかったって、また怒られるんですからね。」
主任がさらに怒鳴り返そうとした時に、俺は見てしまった。
――あの野郎! 脚立を伸ばして作業していやがる。
新人が、脚立を伸ばしてタンクに原料を投入しようとしている。
だが、不安定な体制な上に重い原料を持っているために、脚立がたわみ始めていた。
(あのままだと、脚立が崩れて高所から落下してしまう)
俺は新人に必死で叫んだ。
「馬鹿野郎が! さっさと脚立から降りて、しっかりとした足場でやれ!」
新人は俺を一瞥した後、脚立を指さして言った。
「脚立ヨシ!」
その瞬間に脚立がぐらつき、新人が脚立ごと俺に倒れ掛かってくる。
(何が『脚立ヨシ!』じゃああぁぁぁ!)
そう思った後、俺は新人に押しつぶされて目の前が真っ暗になった。
* * *
こうして俺の人生は、あまりにもあっけなく終わってしまった。
(こんなことになるなら、もっと好き勝手にやっておけばよかったな)
二十七で会社に入社して、営業三年、品質管理八年……
最初は転職も考えたが、《D●DA》とか、《●クルート》からは、年齢を理由にさらにブラックな会社しか紹介されず、自分で書類を出しても、すべて書類選考ではじかれる。
仕方なく、俺は残業代も出ない会社で給料を稼ぐために、必死で上に駆けあがろうとした。
ルーチンを効率化して、誰よりも早く仕事を終わらせてできた時間を、工場の巡回や品質管理の提案などに回す一方で、残業しながら新しい仕事を覚えるようにした。
さらに、課内の安全衛生推進員を買って出て、実績を積んで工場全体の安全衛生会議に出られるようになったり、労働組合の幹部にまでなってようやく係長になれたのだ。
(仕事を早く終わらせるせいで、雑用も多く押し付けられた)
この会社の工場の品質管理なんていうのは、女性を多く押し込めた構造になっている為、力仕事は原則俺の仕事だ。
それに保育園や子供が熱を出す場合があるので、イレギュラーなことはすべて俺のほうに回ってくる。
だから必然的に、面倒な雑用や対外的な作業は俺のほうに全て回ってきたのだ。
今では、《コピーした際に入る線の解決方法》から《備品の在庫管理》、《廃液処理の折衝》まで、すべての雑用を俺がやることになってしまった。
(ああ……せめて彼女がほしかったなあ)
当然のことながら、こんな生活をしていれば彼女なんてできるわけもなく、上司や現場の人との飲み会だけが俺の心の癒しだった。
昔から、偉い人の話を聞くのだけは好きだった。
説教は面倒くさいが、その人の歴史や思いを熱く語っている姿を見るのが俺は好きだ。
研究者という夢というものを諦めてしまった俺にとって、そういった人達の武勇伝みたいな良い時代の話は、心を癒す材料になった。
だが、こうしてあっけなく死ぬのであれば、もう少し会社の外とかにも目を向けるべきだったと今では後悔している。
社内恋愛なんて夢物語で、若い子とかはその場では感謝するけれど、陰で俺のことをどう言っているのかは、その子の同僚が告げ口してくるからよくわかるのだ。
――《雑用マスター》、それが陰で言われている俺の通称のようだった。
(なんだか、とっても悲しくなってきた)
俺は何のためにこんなに必死に生きてきたのだろうと、今更ながらに悲しくなった。
涙を流したくても、死んだ後では流れないようで、頬には何の温かみを感じない。
「……さん、黒井 圭さ~ん! 聞こえていますか?」
そんな俺の嘆きを打ち破るように、どこからか声が聞こえてきた。
俺はここでようやく周囲を見回して、どことなく見覚えがある雰囲気を感じた。
(あれ? これって《●ローワーク》じゃないか。)
『人生の失業保険は貰えるのか?』という馬鹿なことを考えながら、俺は呼ばれたほうへ向かっていく。
すると、そこには窓口があって、生真面目そうな受付の女性が俺をじろりと見た。
「黒井 圭さんですね。この度は、ご愁傷さまでした。」
俺は若干戸惑いながら相槌を打つ。
「は……はあ、ここは一体何処なんでしょうか?」
女性は表情を変えずに俺と何かの書類を見て答えた。
「ここはナロウワークです。貴方のように、死んだ人の転生を斡旋するところです。うーん……特技が《営業》、《品質管理》ですか。ん? この《雑用マスター》や《不屈の闇営業》って何ですか。」
俺は苦笑しながら、会社に入ってからの人生について語った。
女性は納得したような顔でごそごそと机を漁った後、妙な書類を俺に見せてくる。
「貴方の経験を聞いたところ、この転生先あたりがおすすめかもしれないですね。」
俺はその書類を見て、目を見張った。
(なるほど求人票なのか!)
書類に目を通すとこのように書いてあった。
* * *
――急募)魔王軍の管理者~未経験者歓迎~
・魔王様直属の幹部候補になります。
・今なら強靭な肉体を転生時にプレゼント。
・王や勇者など、様々な英雄との交流があります。
・仕事に必要なスキルアップを手厚く支援します。
・危険手当あります。
・改善提案や進言を大歓迎します。
(アピールポイント)
魔王様と共に世界の平和のために働いてみませんか?
今なら、素晴らしい特典つきです。
世界各国への出張や、王族や勇者との交流もあります。
男女比率50%。社内結婚率100%、新しい世界で家庭を築きたい方にピッタリの職場です。
* * *
(怪しいが……条件は良さそうなんだよなぁ)
条件は良さそうだが、魔王軍というところに一抹の不安を感じる。
そんな俺の気持ちを読んだのか、受付の女性はすぐに電話のようなものを手に取って連絡をした。
「ええ……条件に合っていますね…………そうですか……わかりました……」
受付の女性は、俺を見て静かに告げる。
「魔王様が一度面接をしてみたいといっておりますので、そちらの小部屋に行ってください。」
(ちょ……俺、まだ受けると言ってないんだけど!)
俺が何か言おうとする前に女性が微笑んだ。
「まずは、お話だけでも聞いてみればよいじゃないですか。黒井さんが気に入らなかったら、断れば良いんですから。」
俺は突然見せた受付の女性の笑顔にドギマギしながら、深く礼をした。
そして、すぐ横にある小部屋へと向かうのだった。
新しい作品の連載を始めますが、本作もよろしくお願い致します。
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