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第八話 愛香という存在への言及

今回お色気注意。

書いてからBANされないか心配になってきました。

「先生、相談しておきたいことが」


 さて、愛香がトイレに立っている。

 その間に、精太には相談しておきたいことがあった。

 別に彼女がいても問題は無いが、いちいち話の腰を折りそうなのでいない内に済ましてしまおうというわけだ。


「何かな?」


 蜜海がしっかり目を合わせてくれたので、家主は住まわせているサキュバスから聞いた、彼女の誕生について話した。


「愛香、あの白いサキュバスのことなんですけど」


 話した内容は簡単。

 一ヶ月前の脱線事故でサキュバスへと変わり、同時に人格が全く違うものへ変化したというもの。

 愛香によれば別人格になっていて、人間の時の人格がどうなっているかは不明とのことである。

 聞き手は精太が話をしている間、時々頷きつつ、黙って聞いていた。


「ほう、人格が……」


 内容を聞き終えて、蜜海は唸る。

 彼女としても、その内容は興味深いものだった。

 白いだけでなく、愛香自体に多くの謎が隠れている。


「はい。それで、人格が変わるとして、元の人格はどうなるんでしょうか?」


 養護教諭が白いサキュバスの存在に興味を抱く一方で、精太の関心は別にある。

 人間の人格がどうなったか、だ。

 人間の時の、彼の憧れはどうなったのか、サキュバスのことより、愛香のことが気になっていた。


「ふむ……白いことを含め、関係があるかもしれないな。こちらでも愛香さんについて調査してみるよ。そういった筋の知り合いもいるからね」


 ただ人格に関してはサキュバスの調査以前の問題でもある。

 白いだけで不可思議な愛香故、人格も関係しているかもしれないが、あくまで推測になる。

 だからこそ、調査してみる価値はあった。

 蜜海は調査を約束し、彼女の協力を得た精太は頭をさげる。


「ありがとうございます」


 サキュバスのことを調べ上げ、説明役にもなれる人間の協力は非常にありがたい。

 精太自身も調査をしたいが、学生の身であることや、愛香のことをほとんど知らない彼では動いたとしてもわかることはほとんど無い。

 対して香りだけで白川宅にサキュバスがいると見抜き、その場まで来る行動力。

 そしてあまり追及したくはないその筋の知り合いというものを含め彼女なら早い内に詳細を提示してくれるかもしれない。

 頼りっきりになってしまうのは歯痒いところではあるが、こればかりは仕方ない。


「そういえば先生、香りで気づいたんですよね?俺がサキュバスに関係してるって」


 香りで家まで来た行動力の高さを考えた時、精太はこの疑問を浮かべた。


「何でその時に言わなかったんです?一回呼び止めたのに」


 彼の質問に、蜜海はメモ帳にペンを走らせながら答える。


「確証は無かったからね」


 メモ帳を閉じた彼女は机に置いていたノートを回収し続けた。


「君に関わるサキュバスが悪で、君がその手助けをしていたら、伝えることで逃げられてしまう可能性があった。だから、こうして直接確認しに来たというわけだ」


 リスクを考慮したのだと、年長者は語る。


「悪では無い。むしろ興味深い個体というのがわかったよ。また話を聞かせてくれ」


 そこまで言って、彼女は持参のバッグを肩にかけた。


「帰るんですか?」


 引き戸を引いて廊下に出て行く訪問者を精太は追った。


「ああ、私は少し警戒されているようだからね」


 玄関まで来た蜜海の視線は廊下奥の扉、トイレに向いている。

 だがすぐに自分の靴を履き、彼女はドアノブに手をかけた。


「こちらの目的は果たした。君たちにもわかっている限りを伝えた。長居は無用だよ」


 本当にただ説明のみで帰るようだ。

 話を聞く限りでは、愛香が悪か否かで対応が変わったのだろうが、当の白いサキュバスがあの調子なので、無干渉に留まったのかもしれない。

 情報を聞いただけで調査までしてもらう流れになり、精太は罪悪感を覚えた。


「すみません、何も出せず頼りきりで」


 彼にこう言われた蜜海は口に手を当てて笑っていた。


「君は優しいな。気にするな。私が気になるから調べるんだよ。また学校で会おう」


 ドアを開けて外に出るサキュバス。

 そこで家主は気づいた。


「あの、認識誘導はしないんですか?」


 蜜海は角などの特徴を出しっぱなしにしていたのだ。

 これでは周りにも見えて大変なことになる。

 指摘込みで反射的に問いかけた彼への返答は意外なものだった。


「ああ、もうしてるよ」

「え?でも」

「この能力は自分の特徴を知らない人間に認識しないよう仕向けるだけだ。一度知られてしまった相手には効果が無くなるらしい」


 つまり正体を知った精太には認識誘導を使っても、ずっと認識されたままになるわけである。


「チャームされた男は認識する能力も低下しているから正体をバラしても問題無いが、今の君のように正確に認識されてしまうと二度と通用しなくなる。君にとって私は愛香さんの調査をする有益な存在だ。そんな私のマイナスになるようなことを、君はしないだろう。仮にしても、チャームして死ぬまで搾り取れば死人に口無しだからね」


 更に蜜海は長いセリフの中で能力のマイナス点や協力関係を崩した際に生徒をどんな目に遭わせるかを暗に示した。


「怖いこと平気で言いますね」


 別れ際に恐ろしいことを言われ、少年の血の気が引く。

 その笑みと簡単に事に及べると言わんばかりの深い瞳が彼女の言葉が本気であることを物語る。


「ははは、じゃあね」


 少し後ずさりした彼を見て、すぐに表情を優しい笑顔に戻すと、養護教諭は背中を向け、放課後に会った時と同じ姿勢で去っていった。


「はい」


 若干気圧され、しばらくの後、精太はあの時とは違う羽の生えた背中に向けて答え、自宅に舞い戻る。

 リビングに行くと、用を済ませた愛香がソファに腰掛けてテレビを見ていた。


「帰ったんだ、あの女」


 コーラのボトルを呷り、彼女は精太の方を向く。


「ああ、お前が悪かどうかを確認しに来たんだと」

「え?性悪」


 追加で精太の言葉を聞くと多くを教えてくれた人間に対して悪口を放った。

 どういうわけか、愛香は蜜海にあまり良い感情を持っていないようだ。


「愛香。何でお前先生を睨んだんだよ?」


 となれば聞きたくなる。


「へ?……ああ」


 最初、家主が何を言っているのかわからない様子だった同居人は少しして理解したらしい。


「同じサキュバスが精太を奪いに来たのかって思ったの。貴方の初めては私のだからね!」


 愛香は立ち上がり、精太に手を伸ばす。

 躱そうとしたが、避けきれず手首を取られそのまま腕に組みつかれた。


「誰にも渡さないよ」


 肉食獣のような目つきに不意をつかれ、その目を見ると思考がボヤける。


(これ、まさか催眠か?)


 僅かにこのサキュバスのものになりたいと、判断が鈍った。

 制御出来ていないが、だからこそ自覚無しに能力が発動する場合があるのかもしれない。


「お前のもんでもねーけどな」


 すぐに目をそらしすかさず拒絶の意を示すも、精太はサキュバスを引き剥がそうとはしない。

 怪力を持つ彼女には力では敵わず、無理やり離れて先の乳房全開事件と同じような事態になっても困る。

 因みに今の愛香はインビジブルを使っているのか角や羽が見えない。


(そういや愛香の能力は、認識誘導と違ってサキュバスって認識してても隠せるんだな)


 身バレしても隠蔽可能。

 認識誘導をはるかに超える利便性だ。

 これなら他人がいても正体がバレる可能性は低いし、仮に見られても気のせいだのコスプレだの言い訳が出来る。

 そこで精太は昼間の透悟との会話を思い出した。

 愛香がこの能力を使っていれば、問題無いのではと考えたのだ。


「そうだ。実はさ、友達がウチに来たいって言ってんだよ」

「そうなの?じゃあその間角は隠しとくね」


 家主が言う前に彼の希望に沿うサキュバス。

 話が早いのは助かる。

 少年は最初からその能力を使っていれば自分が怖がることも無かったのではと身勝手な自分を考えた。


「どうせならずっと隠してれば良いんじゃね?」


 そして良い考えを思いついたように提案する。

 実際問題、隠してくれていると愛香の存在はともかく、サキュバスの存在については隠せるのだ。


「ずっと隠しておけって?自分の住む場所でくらい羽伸ばしたいし、角は見えないと刺さるかもで危ないよ?」


 ところがサキュバスの返答は拒否だった。

 更に見えないだけという事実の危険性を説いてくれる。

 愛香がインビジブルを解き、精太の顔のすぐに隣に角の先端が見えた時、彼女の意見に提案者も頷かざるを得ない。


「それに会った時ただの人間に見られたら追い出されてるかもしれないじゃん?サキュバスってことを認識させて、外に出させない。これが目的の一つだったからね」


 昨日侵入した時のことを話しているのだろうが、確かに愛香を同居させる理由には人外を外に出さないためという考えがあった。


「見事にハマったわ畜生」


 作戦にまんまとハマって脱力する精太。


「引っかかったー」


 愛香は腕に組み付いたまま、尻尾で彼の頬をツンツンつついてくる。


「やめろおま―――っとうぉ!?」


 つつかれるのが不快でやめさせようと動いた時、精太は強い力で引かれ、ソファでサキュバスに押し倒される。


「油断した?」

「お前な……」


 愛香は家主の股間辺りに自分の股間を合わせるように落とし、ニマニマしながら見下ろす。

 態勢が態勢なのでこれまでより危険性が強い。

 退けようとするも、サキュバスは彼の腕を押さえつけ、自分の足を絡ませて相手の足も固定する。

 その上で、着ていたTシャツを脱ぎ、少年の前で上半身を晒した。


「チャームは出来ないけどさ、今日の話聞いて、ちょっとやってみたいことがあるの」


 愛香はもがく人間を完全に押さえ込み、その顔の前に乳房を見せつける。


「何を!?」


 目のやり場に困った精太は目を閉じて顔を明後日の方向に向ける。

 反応がわかりやすくて人外となった少女は艶かしく笑う。


「私の弱い香りで理性は無くなるのか」


 瞬間、部屋の中にチャームの一部となるサキュバスの香りが広がった。

 さらに愛香は自分の身体を彼に押し当て、家主の首に舌を這わす。


「おい、ちょ、やめろって!」


 精太はフルパワーで逃れようとするも、彼の力ではサキュバスの拘束はビクともしない。


「目を開けたらやめてあげる」


 制止を聞かず、少年の首を表面ザラザラのねっとりした舌が撫でていく。


「わかった!目開けるから!」


 決死の思いで希望に応え、それを確認した愛香は舌を引っ込め、身体を起こす。

 精太の眼前には彼女の上半身は一切の遮り無く晒されている。

 視覚を守れば触覚を責め、その逆もまた然り。

 逃げ道を封じられていた。

 追い打ちをかけるように彼女からは甘い香りが放たれて人間の体を発情させる。

 こうなれば男子としての部分が反応するのは当たり前であった。


「ふふ、大きくしてる……」


 密着している彼女にもバレる。


「……頼むから離れろ」


 恥ずかしさで顔を隠したいのに腕を押さえられてそれも叶わない。

 静かに伝えた希望も、愛香は聞いてはくれず、ずっと自分の下半身を密着させたままだ。

 全身が熱くなり、鋼の意思で己を鎮めようとする精太。

 だが不意にサキュバスが自分に向けて放った言葉から、あることを決断した。

 体の力を抜く。

 抵抗が無くなり、愛香は少し意外な表情をした。


「あれ?抵抗しないの?受け入れる?それとも襲っちゃう?理性なくして」


 余裕綽々で見下ろす笑顔が癪に障った。

 散々誘惑し、疲れさせられたのに不公平な気がする。

 彼は不意に上体を起こし、愛香の肩を掴む。


「無くなったらどうする?」


 唇が触れるギリギリの位置まで一気に顔を近づけ、問いかけた。

 決断したのは反撃。

 愛香が誘惑してくるなら、少し強めに出て戸惑わせてやろうと考えた。

 同時にいくら怪力持ちでも男というものも怖いのだとわかってほしかった。

 誘惑ばかりしていたら、いつか痛い目を見るという教訓にもなる。

 そうなれば、誘惑の頻度も減ると予想していた。

 力を抜いたことで愛香の拘束も自然と緩んでおり、反撃作戦は成功。


「!?」


 さて、愛香はそんな反撃を受けると思っていなかったはずだ。

 肩を掴まれた彼女は目を見開いてから密着を解く。

 一矢報いた精太は襲ってきた存在が完全な隙を見せている内にソファから飛び退き、自分の心を落ち着けた。

 愛香を見やる。

 同居人のお姉さんは表情も余裕なものから焦りに転じていた。

 彼女は咄嗟に逃げようとした。

 襲われたと思ったのだろう。

 性交を迫るのに、相手から出られたら怖気付く。

 一体何がしたいのか。


「怖気付くなら誘惑とかすんなよ」


 本当はバクバク鳴る心臓を押さえつけ、平静を装った注意を飛ばした。


「ん、あ、そうだね」

(あっぶなー!もうちょっとで拳がでるとこだった!)


 愛香はカウンターを決めそうになって焦っていたのだが精太視点では反撃は思った以上に効果をもたらしたように見え、愛香からは明らかに余裕が無くなっており、反応も僅かにぎこちない。

 自分がするのは良いがされるのはダメ。

 それが今の愛香なのかもしれない。

 まだ出会って二日も経っていない。

 たったこれだけの時間ではお互いに知っていることなど些細なものに過ぎない。

 だが、されるのが嫌ならするなと訴えたい。

 それに、精太からすれば愛香もまた一人の女の子なのだ。


「お前本当、自分の身体大事にしろよな」


 目的が何かはわからないが、愛情も無い男と事に及ぶのはおかしい。

 簡単に自分の貞操を捨てるような行動は謹んでほしかった。

 希望を込めた彼の言葉を聞いたサキュバスはというと、何故そんなことを言うのか本気でわからないようでキョトンとした顔になっている。


「愛香の身体は大事にしたいよ。だけどこの先の愛香のためにも、精太とはセックスが必要なの」


 愛香はこれに何を当たり前のことをとの文言を付け加え、肩をすくめた。


「それだ。何で俺なのか聞きたいんだよ」


 精太はすかさず抱いている疑問をぶつける。


「艶丘先生の話じゃサキュバスは性的な欲求を満たすために無理やり襲うこともあるってことだけど」


 それはずっと彼が感じていたこと。


「けどお前は誘惑しかしない。今だってやろうと思えば出来たろ。したいなら襲えば良いのにだ。お前の行動って欲では無いように感じるんだよ」


 このサキュバスは、何かしらの理由で愛情も無く精太との関係を望んでいる。


「セックスしたいだけなら俺とじゃなくても良いだろ」


 核心を突き、自分のターンを終了する。

 家主は動かず、相手がどう出るのかを伺った。


「ダメ。精太とじゃなきゃ」


 出てきた返事に、理由は無かった。

 ただ言葉には切実な願いが込められているようにも見える。


「要するに俺と関係を持つことが目的なんだろ。理由はなんだ?」

「……」


 愛香は応えない。

 こうなれば理由はほぼ明白となる。


「黙るのは人間の愛香に関係してるからか?お前は愛香のことは言わないよな」


 結局精太の問いに愛香は答えない。

 彼女が口籠るのは、人間の愛香の話をした時。

 つまり精太との関係を持つということが人間の愛香に関係していることになる。

 ただし追究したところで応えてはくれまい。


「はぁ……」


 質問者は大きなため息をつき、話の方向を人間の愛香からサキュバスの愛香へと切り替えた。


「お前自身の話をしよう。ってか最初から俺はお前の話をしてたからな」

「え?私?」

「ああサキュバスのお前にだよ」


 精太は金髪を揺らす、今そこにいる愛香に語りかける。

 人間の自分ではなく、今自分に話が向くとは思っておらず、愛香は間抜けな声を漏らしていた。

 そんなサキュバスに少年は近づく。

 もちろん油断はせず、それでいて自然に。


「欲でセックスしたいわけじゃねーんだろ?」


 ソファに腰掛け、目線を合わせた彼は諭すように声をかけた。


「それなら、俺はお前自身にも身体を大事にしてほしい。人間の愛香だけじゃない。今はお前の身体でもあるんだ。お前だって、好きでもない相手とするのは嫌だろ」


 この言葉は紛れも無い、精太の本心であった。

 彼が心配からかけた言葉を聞いた愛香は意外そうに目を見開いてから、しかし首を傾げる。


「……いや?」


 この時愛香は自分の存在を心配しているという少年を前に心臓の鼓動を早めてしまっており、我ながらよく自然な調子で首を傾げれたものだと自分に感心した。


「私サキュバスだし、その辺はあんまり気にしないような……」


 自然に出来た行動のおかげで調子が戻り、未だ上半身裸の彼女は淡々と語ってから、近くにいた家主の前で前かがみになる。

 そこから彼を見上げ、上目遣いで悪戯な笑みを見せた。


「なーにー?襲って欲しかったの?だったら無理やり逆レ―――」

「やめろ!人がせっかく心配したってのに!」


 心配を余所にいつもの調子でからかわれ、不愉快さを露わにした精太。

 彼はソファにあった愛香が着用していたTシャツを投げつけて抗議する。


「むー!」


 などと投げられたことへの反抗声を上げた愛香に精太は辛辣に吐き捨てる。


「むーじゃねぇよとっとと寝ろ!」


 バンと効果音が付くほどに乱暴で清々しい引き戸開閉をやってのけ、彼は怒った様子で出て行った。



・・・・・



 愛香は家主が去ったリビングに立ち尽くす。

 彼女は彼が出て行った扉をボーッと見つめていた。


「……バカだなぁ。私の心配なんてする意味ないのに」


 口をついて出るのは自虐に近い文句。

 テーブルの側をゆっくり歩き、彼にぶつけられた言葉を思い返す。


「話せる時が来たら、か」


 自分の家主は愛香を決して問い詰めたりはしてこない。

 あくまで愛香自身に合わせてくれているのだ。


「優しいね、君は」


 ピタリと止まり、テーブルの上にあったコップを手に取る。

 それは精太が飲んでいたもの。


「でも真意がどうかはわからない」


 サキュバスはコップを左手に持ち、椅子に座る。

 右手で頬杖をついて、自分の分としてテーブルに置いたコップに持っていたものを軽く打ち付けた。


「君はまた、あの子を傷つけるかもしれない」


 倒れたコップがテーブル上で転がる様子を見下ろし、愛香の心に仮定の未来が立ち上がる。

 もし家主が本気だったら、今頃自分はソファの上で彼へ手をあげていたかもしれない。


(本当、フリとはいえ反撃してくるとは。思わず引いてカウンター決めそうになった)


 先ほど繰り出されそうになった右拳を握ったり開いたりを繰り返す。

 今の自分の腕力で殴っていたら確実に彼を病院送りにしていただろう。


(しっかし、まさか私の心配をしてくれるとは。嘘でも嬉しいね)


 人間の自分のために動いていた愛香は自分のことをどうでも良いと考えていた。

 重要なのは人間の愛香であり、自分ではないのだ。

 精太も人間の方を気にしていた故、唐突にサキュバスの方を気にかけてきたことには驚く他無かった。


(愛香、あの子は良い子だね。不覚にも少しときめいた。信用はしてないけど)


 不覚にも。

 愛香自身が相当予想外に感じていた。少年に言われた言葉が印象に残っていたのだ。

 まさか彼が本気で自分に注意してくるなど夢にも思っていなかった。

 この件で自覚したのは一つ。

 生まれたばかりで、目的のために行動していたサキュバスが持つ男性への免疫は、意外に低い。

 気にかけられただけでときめくほどに。


「……あはは、あっつー。もっかいお風呂はーいろっ」


 手で自分を仰ぎながら、愛香は立ち上がる。


(無い無い。私はただの繋ぎなんだから)


 頭を振って胸の奥に芽生えた何かを摘み取った。

 自覚前にきっかけを潰し、彼女はコップを起こす。


(もし彼が信用に足る男なら、愛香を任せたいなぁ)


 脱衣所に向かう途中、心の中で人間の自分を想うのだった。

お読みいただきありがとうございました。

今回で説明会は終了です。

筆者のポンコツ構成力のせいで随分長く重苦しい話になってしまいました。

ただ、しがらみは一旦消えた!次回からは明るいお話に向かっていけるかな。

構成は決まっておりますので近々新ヒロインやキャラも出ます。

是非次回も読みに来てやってください。

ではまた。


よろしければ評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

やる気が出て更新頻度も上がる……!かもしれません(言い切れよそこは!)。

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