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第六話 サキュバスという存在への推測(前)

 サキュバスとは何か。

 この問いが出たのはこの愛香が突然目覚めたことに起因する。

 彼女は気がつけばサキュバスとしてそこにあった。

 そのため一体自分がどんな存在なのかを把握していない。

 自分の身体についてわかるのは大実 愛香がサキュバスとなったという事実のみなのだ。

 蜜海は質問を聞くと前かがみになり、口を開く。


「まず理解してほしいのが、調べた限りサキュバスについて世界では公式に認知がなされていない。だから、あくまで私という一個人が調べて判明した内容しか話せない。これを念頭に置いておいてくれ」


 説明前の注意だろう。

 知らないことは答えられない。

 説明不足があっても了承しろということだ。

 だが、知らないことを知るだけでもありがたい。

 愛香が頷くと、蜜海も頷き、ノートを取り出して生徒側に提示した。

 開かれたページには非常に可愛らしいタッチで描かれた女の子と非常にリアルに描かれた小太りの中年男が確認出来る。

 女の子の方は角や羽がついていて、矢印でサキュバスと明示されていた。

 そのノートの提示者はペンを出してトンとサキュバスの方を指す。

 どうやら絵も交えつつ説明を始めるらしい。


「では説明しよう」


 口火が切られ、愛香の質問に対する回答説明が開始された。


「サキュバスというのは、肉体に角、羽、尻尾が生え、飛行が可能になった存在のことだ」


 蜜海はペン先を出さないままペンで差したサキュバスの絵の上をくるくると囲むように円を描いている。


「何故サキュバスと呼ばれるのか、それは見た目もそうだが、患った者が自分がサキュバスになったことを理解する点にある」


 ペンで羽の位置を示し、次に名前をくるくる囲む。

 先にも述べたが見た目はその通りで、理解する点も納得だった。

 次に蜜海はノートを自分側に引き戻すと、ペン先を出し、女の子のイラストの隣に文字を書き足す。


「また共通の能力として怪力、チャーム、認識誘導がある」


 再び彼女から提示されたノートには、怪力、チャーム、認識誘導の文字が追加されていた。


「チャーム?」

「認識誘導?」


 ほぼ同時に愛香と精太が反応する。

 一番最初の単語を口にしないのは、両者がサキュバスに怪力があることを身を以て知っているからに他ならない。


「怪力を聞かないということは納得していると見ても?」

「ああ、はい。コイツ力強いんで」

「うん、私は基本パワーが目が覚めた時にはこれだったし、あんまり気にしないかな」


 説明役の一応の確認にも理解を示し、怪力の説明は省かれることとなる。


「ではチャームについて説明しよう」


 確認を終えた蜜海はペンの先を戻し、怪力の項目を無視してチャームの上で円を描いた。


「サキュバスは身体から特有の甘い香りを放つ。これは男性を発情させるんだ」


 発言の中にある甘い香りの効果を聞いて、精太が頷いた。

 確かに愛香から漂う香りを嗅いだ途端に身体が熱くなり、理性が揺らいだ経験があるのだ。

 実体験から男性の体に影響する効果だろうとある程度予想していたが、まさにその通りの能力であったようだ。


「先に私が君の性器を確認しただろう?あれはサキュバスの近くにいれば必然、その香りの影響で発情しているはずなのに君が平然としていたからだ」


 蜜海が何かを握っているような仕草で手を上下に動かしてセクハラの理由を述べる。


「激しく盛っていても不思議ではなかったからね」


 どうやら確認のために自分の勤める高校の生徒の性器を鷲掴みにしたらしい。

 やられた側としてもう少し別の方法があっただろうと反論したい複雑な思いがある。

 精太は引きつった表情を隠せず、セクハラ教諭に微妙な視線を向けてしまった。


「あら、精太セクハラされたの?私が慰めてあげよっか?」


 更に頭痛を引き起こすような提案が隣から飛んできて、同居人からはいやらしい視線が向けられた。


「いらん黙ってろ」


 即答であしらい、迫ろうとした愛香の頭をつかんで押し戻す。

 ふぎゅ!なんてキャラに似合わない可愛らしい声を出してはいたが、油断してはいけない。

 精太は強い意志でサキュバスを拒絶。


「甘い香りか……道理で身体が反応するわけだ……」


 そのままの態勢でボヤいた。


「経験済みかな?」


 蜜海の確認に精太は何度も首を縦振りする。


「めっちゃくちゃ悩まされましたよ。能力だったのか」


 サキュバスとしての能力が本当に危険なものでゾッとした。


「ああ、だが愛香さん、君の香りはかなり弱いな。普通なら意識して抑えないと君の放つ香りより何倍も強く、一瞬にして男の理性を吹き飛ばす効果を発揮するんだが」

「マジかよ!」


 愛香を見て語る説明役の言葉に家主が更なる戦慄を覚えた。

 まさに性交を行うためにあるような能力である。

 これを聞いた弱い香りのサキュバスは頬に手を当てて少し考えている。

 そしてすぐに蜜海に目を向け、口を開いた。


「別に意識してないけど、精太を誘惑してる時は強まってたかも」

「ああ、確かに……」


 愛香の意見には身震いする精太にも覚えがあった。

 現在はほとんど匂わないが、愛香が誘惑を始めると甘い香りが強くなるのだ。

 本来はもっと強力で、簡単に理性が崩壊していたというのだから恐れ慄くのも無理はない。


「雰囲気で香りは増すが……現在でこのレベルだと、一瞬で理性を飛ばすほどの効果は無さそうだな」


 愛香がもっと強い香りを放てるようになったらどうしようか。

 精太が抱えていた不安は蜜海の言葉で僅かに払拭された。


「な、ショック!」

「良かったよ畜生」


 サキュバスは衝撃の余り顔を押さえて目を見開いているが、少年は衝動で襲わずに済みそうで安堵する。


「意識して抑えていないんだろう?なら普通近くにいるだけで理性がおかしくなるくらいの香りが漂う」

「意識してない……」

「なら断言しよう。君は香りが弱い。理性を吹き飛ばす力はない」


 蜜海の確認に首を振る愛香は力が無いと断言されて追加ダメージを受けたようだ。


「なんで弱いのー?白いから?」


 彼女は机にひれ伏し、唸る。


「さぁ、わからないな」


 白いサキュバス故のものなのか。

 それは説明役にもわからないらしい。


「これじゃ精太とセックス出来ないじゃん!!穴も口もおっぱいも精太に尽くしてあげるのに!!」

「お前本当何でそんなセリフ恥ずかしげもなく叫べんの!?」


 不満からなのか愛香が立ち上がって心の内を叫び、言われた側は彼女の手を引いて座らせ、自分が立ってから凄まじい勢いのツッコミを叩きつけた。

 下ネタ全開の痴話喧嘩を繰り広げる白川家住人の目の前ではクスクスと部外者が笑っており、恥を晒した少年は椅子に座りなおす。

 隣では自分の能力不足をうーうー嘆いているサキュバスがいるが、無視を選択した。


「その香りがチャームってことですか?」


 彼は養護教諭に向き直り、話を再開する。

 今はチャームの説明の最中であったのだ。

 精太の質問を受けた蜜海は出されていたお茶を飲み、自分の目を指差す。


「いや、もう一つ。サキュバスの瞳には目を合わせた者の思考力を低下させる催眠効果がある」


 香り以外に催眠の効果があるとのこと。

 しかし精太は愛香と数回に渡って目を合わせているが、催眠されたような記憶は無い。


「一度もそんなことは……」


 顎に手を当てて少年が唸る。


「催眠されていたら記憶は残らないだろうが……そもそもこちらは自然に漏れ出る香りとは違い、意識しないと使えない。四六時中使えば会話もままならないからね」


 軽めの笑いを含ませて説明役が指摘する。

 言われてみて確かにそうだと納得したため、精太は先の思考を放棄した。

 無言のまま頷き、続きを促す。

 蜜海も意図を読み、言葉を紡いだ。


「催眠された人間は認識能力が阻害され、香りによる理性の崩壊で即行為に及ぶようになる。またサキュバスのキャリアが長くなると自身の香りの強さや催眠効果をコントロールして特定の男性だけを発情させ、行為に及ぶことが出来るようになるんだ。これらがチャーム」


 長いセリフを噛むことなく一気に発して、年長者のチャーム解説が終わる。

 項垂れているブーブー言っている愛香を見て、精太は思った。

 チャームという能力をこのサキュバスが確立していたらどうなっていたのだろうか。

 流石の愛香も会っていきなり事に及んだりはしないだろうが、確実に使ってきたと推測出来る。

 単にサキュバスとしての能力が弱いのか、白いサキュバス故の何かがあるのか。


(こいつが使えなくて良かった)


 何にせよ使えなかったことは家主として幸運だった。

 胸を撫で下ろす。

 若干何も考えず愛香と行為に及べたらと想像したものの愛香は憧れであり、憧れを創造でもそのように扱うなど侮辱に値する気がして思いとどまる。

 一人自己嫌悪に陥ったが、その思いは人間の愛香への深い謝罪を心の中に秘めて気を持ち直した。

 同時に彼は胸中で養護教諭に頭を下げていた。

 彼女のおかげで以後は甘い香りに気をつけることを学べたのだ。

 精太から見れば無知のままでいるより、愛香との性交回避率ははるかに上昇した。

 感謝するには十分すぎる情報を得ることが出来た。

 素直に頭を下げれない自分が嫌になったが、代わりに蜜海に対して感心したことがあり、その点を褒めることにした。


「すごいですね先生。一人でこんな調べるなんて」


 サキュバスの愛香が自分のことを全く理解していなかったのに、人間でありながらサキュバスのことをここまで調べている蜜海を素直に凄いと感じていたのだ。

 ところが、少年の言葉を受けた彼女からは看過出来ない返事が飛んできた。


「私も患者の一人だからね。この特性が非常に厄介で、自分で実験したり、同じサキュバスにコンタクトをとって調べたんだ」


 自分も患者。

 この場合、患者とは淫魔病の患者になるだろう。

 蜜海の発言はつまりそういうことと判断出来た。


「え……?先生もサキュバスなんですか?」

「ああ」


 精太の問いは直ぐに肯定された。

 今しがた彼は人間なのにサキュバスの能力を調べるなんてと考えていたが、改めなくてはならないようだ。

 自分もサキュバスだから、厄介な特性を何とかしたかった。

 そのために調べた。

 確かにそうでもなければ蜜海がサキュバスについて調べる理由が無い。

 自分がサキュバスになったため、これを調べたと考えるのが自然である。

 ただ、ならばおかしな点があった。


「うん、真っ黒な尻尾がピョコピョコしてる」


 隣ではいつの間にか背もたれにもたれかかってお茶をチビチビ飲んでいる愛香が説明役だった年上の腰あたりを指差して頷いてくれる。


「は?尻尾なんか見えないぞ」


 そう、おかしな点というのは精太視点で蜜海にはサキュバスの特徴が全く確認出来ないというものだ。

 目の前にいる彼女には、愛香のような角も尻尾も確認出来ない。

 首をかしげる彼を見た蜜海は視点を落とし、少し悩んだ様子を見せるも、次の瞬間には顔を上げて発言した。


「そうか、すまないな。これでどうだい?」


 発言と同時に少年の額を指で軽く突く。


「え?」


 それは一瞬のことだった。

 精太は視界が広がったような感覚に数回に瞬きをしてから、相手の身体に黒い角と羽、尻尾を目に捉えたのである。

 色は違うが愛香と同じ形状で、少し大きさが異なるものだ。


「ちょ、あの、何でいきなり」


 蜜海の身体に現れたサキュバス的特徴を見て少年が混乱する。

 というのも、現れた特徴に対する感覚が不思議だったのだ。

 突然現れたという表現は間違っている。

 まるで今までそこにあったにもかかわらず何故か認識しようとしていなかったかのような、認識しないようにしていて、それが普通のことのように感じていた。

 どうして角や羽などという人間に無いからこそ目立つはずのものを認識しようとしなかったのかわからない。

 混乱する彼の表情を見た蜜海はノートに記載された最後の文字、認識誘導をペンで指し、サキュバスのもう一つの能力について言及を始めた。


「これが認識誘導だよ。相手から特徴は見えているのに認識されないように仕向けるんだ。キャリアが長いほど精度が上がるものでね。社会に溶け込み、男性を物色するために必要なものさ」


 角を裏拳でつつき、尻尾の先で精太の頬を撫でる。

 いきなり視界に現れた蜜海の尻尾は徐々に彼の下半身へと下がっていく。

 呆気に取られた少年はフリーズするも、直後愛香の白い尻尾が黒い尻尾を弾いた。


「私のよ」


 ニコニコしながら強烈なプレッシャーを放つ白いサキュバス。


「特に手だしはしないよ。間にあってる」


 対する黒いサキュバスはすぐに尻尾を引っ込めて首を振る。

 愛香のプレッシャーに気づいていない精太は、二人のサキュバスを交互に見ていた。

 蜜海を改めて見て、彼女こそ真にサキュバスと言える見た目をしていると感じる。

 角と羽は愛香より大きく、尻尾も長く、何より黒い。

 サキュバスとはこうであろう。

 そう思えた。


「この能力で学校にも普通の養護教諭として入っていられるわけだ」


 真のサキュバスは語る。

 なるほど認識さえされなければ人間が大勢いる職場でも問題なく行動できる。

 そこで精太はふと思う。

 何故彼女は養護教諭を選んだのか。

 認識を誘導できるといっても人が多ければ多いほどバレるリスクは高まるはずなのだ。

 彼は自分なら人の少ない地域でなるべく人と関わらない仕事を選ぶのでわざわざ大量の人間がいる高校という場所を職場に選んだのかが気になった。


「それは、わかりましたけど……何で養護教諭?」


 聞いた時、黒いサキュバスの目つきが少し変わった。

 口元がつり上がり、妖艶な笑みを見せた彼女はうっとりした様子で答えた。


「実は元から養護教諭だったんだ。けれどサキュバスになった後はまさに天職だよ。養護教諭が保健室に長くいても問題無いだろう?中で生徒や他の教師に何をしても特に気にされないからね」


 養護教諭にもやることはたくさんあるだろうが、彼女はそんなことよりも保健室内での行いが大切のようだ。

 簡単に言えば元からしていた職が欲望を満たすために使えるものだったわけである。

 ただ、セリフとしては非常に危険な内容を放っていた。


「えー、その口調だと何人も食べちゃったの?」

「さぁね」


 愛香の問いははぐらかし、自分の股間を押さえる蜜海。


「食べるってまさか……」


 思春期の少年は内容と仕草から養護教諭の卑猥な妄想を浮かべた。

 保健室で、この教諭は何度身体を重ねたのだろうか。

 一度ダイブしたからその大きな乳房が揺れる様子が鮮明に想像でき、彼女が着衣のまま、または一糸纏わぬ肢体を晒し、室内で及んだ情事の様子が浮かび上がる。

 そこで我に返り、頭をブンブン振って煩悩をかき消した。


「サキュバスになると欲望に忠実になるんだよ。特に性欲が強く出る。ある程度のところで発散しないと暴走して手当たり次第襲いかねないからね。そうでなくとも、性欲のままに襲いかかってしまうこともある。保健室というのはズル休みをする不良みたいな子も多いんだ。非常に住みやすい場所なのさ」


 ここで保健室の淫魔から何気に重要な情報が出てきて精太の耳が敏感な反応を見せる。

 欲望に忠実になる。これは出会って二日の時点で家主を困惑させまくるサキュバスの行いを見て明らかではあった。

 彼女は自分がやりたいように行動し、勝手な誘惑を繰り返しているのだから。

読みいただきありがとうございました。

説明が長くなって分割投稿しています。

なるべくシリアス寄りにはしないよう心掛けているのですが……

説明メインだと重い上にお色気が足りない!

ですが進行を簡単にするために、まだもうちょっと続くのじゃ……


今のところコメディ要素がほとんどありませんが、おそらく、たぶん、この説明についてひと段落すれば気軽なお話にシフトしていく予定です。

説明で抑圧されたお色気も多くしたいところ……

お気に召しましたらブックマーク、評価等よろしくお願いします。

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