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第五話 訪問者は説明役を務める

 空も暗くなった時間に訪れた者の名は艶丘(つやおか) 蜜海(みつみ)

 精太が通う高校の養護教諭である。

 大半の時間を保健室で過ごし、ボサボサの黒髪とやる気のない瞳が特徴。

 よく見れば美人なのだがそれに気付くものは少ない。

 彼は一度しか保険室に入ったことが無く、ほとんど初対面。

 それでも名前を覚えていたのは過去に読み、記憶の端に残っていた入学案内のおかげだ。

 養護教諭の紹介項目に顔写真が載っていて艶丘という姓が珍しく印象に残っていた。

 精太は扉を開けて訪問者を迎える。


「……えっと、先生何でウチに?」


 玄関に足を踏み入れた彼女は生徒の質問を無視。

 学校でぶつかった時の気だるげな目とはまるで別人のようなするどい目付きで白川宅を見回している。

 周りの匂いを嗅ぎ、蜜海は確信の表情を見せた。


「やはりな。この香りは」


 険しい表情のまま精太の方を向く。

 その目付きにギョッとして生徒は後ずさった。

 離れようとした彼へ訪問者は近づき、下半身に視線を落とす。

 そして少年の股間を鷲掴みにした。


「うわぁ!」


 いきなり弱点を掴まれて後ろへ飛び跳ねた精太は扉の縁に頭をぶつけて蹲る。


「ふむ。反応していないな」


 生徒が蹲る事態に対して全く気にしていない様子の養護教諭はというと鷲掴みにした手の感触を確かめるように握っては開く動作を繰り返していた。


「何すんですか!?」


 突拍子も無いセクハラを受けた未成年がくってかかる。

 一般的な反応だが蜜海はまたしても無視し、生徒の肩をがっしり掴んだ。


「白川くん、君ここにいて何とも無いのか?」


 セクハラ教諭が浮かべる表情が真剣過ぎて事態が飲み込めない精太。

 彼は質問の意図を何とか掴もうと努力した。

 それでもわからない。

 突然の訪問からいきなりのセクハラで何とも無いかと問われる状況など理解できるはずもない。


「はい?意味不明なんですが」


 若干不愉快な気分で頭にクエスチョンマークを羅列させ、相手を見据える。

 いくら教師といえどいきなりセクハラは問題だ。

 教育委員会にも訴え出るつもりでいるとそんな考えが一瞬にして吹き飛ぶ発言がセクハラ加害者の口から飛び出した。


「サキュバスがいる」


 聞いた直後に少年の顔から血の気が引く。

 愛香は今リビングにいる。

 リビングは玄関から見えない。

 知っているはずが無い。

 なのに養護教諭は断言した。


「昼間、君から香った匂いが気になってね。ここまで来てみて、その疑いが確信に変わった」


 サキュバスの匂いを知っている。

 精太は気付いた。帰り際に彼女が自分を見つめてきたのは匂いに疑いを抱いたからではないかと。

 どうやらこの人物はサキュバスを知っていて、会いに来たのだろう。

 もしバレたらどうなるのか。

 愛香は連れ去られ何処かの研究所で酷い目に遭わされるのではないか。

 マイナスの想像が頭をもたげてきて、精太は家主として、彼女を守らねばという感情を抱いた。

 どう誤魔化そうか。

 齢16歳の少年は言い訳を模索する。

 真っ先に思いついたのは先ほどまで羽が生えた女がいて、もう逃げた。

 匂いはその残りであるというものだ。


(これだな)


 言い訳を反芻し、今まさに蜜海へ告げるべく口を開こうとした。


「あららー、サキュバスのお家にサキュバスが来ちゃった」


 しかし精太の声が出るコンマ一秒に満たない時間の前に背後でガララッとリビングの引き戸が開き、愛香が玄関まで来てしまう。


「愛香!お前出てくんなよ!」


 軽率とも取れる愛香の行動。

 完全に姿を見られ、誤魔化しの効かない状況となった。


「バレてるし。気にしないよ」


 彼女はフワフワと浮きながら蜜海の前にやってきて、降り立つ。

 焦る家主の前で養護教諭とサキュバスがにらみ合う構図が出来上がった。


(何だコレ?修羅場?)


 両者の雰囲気が殺伐として、精太はつい萎縮してしまう。

 しばらく無言で視線を交わし合った後、先に口を開いたのは蜜海の方だった。


「……正直人生で一二を争う衝撃だな。サキュバスがいるのはわかっていたが」


 彼女は眉間を抑え、一度視線を下げ、次に据わった瞳を愛香に向けた。


「白い……とは」


 白い。

 客観的に見て、確かに妙ではある。

 想像されるサキュバスというのは、黒い。

 ゲームなどで敵の種類を増やすために色変えされたパターンなら別色もあるだろう。

 だが白が使われるのはイメージ出来ない。

 サキュバスは悪側にある場合が多い。

 白は味方側の天使や神に適応される色だ。

 サキュバスに白というのはミスマッチに感じるのは事実。

 なお精太は一度勝手なイメージで愛香の不服を買ったことがあり、イメージから語るなどはしない。

 それでも想像してみればやはり白いサキュバスは少し変に感じてはいた。


「そちらさんは黒いんだ。初めまして」

「ああ、初めまして」


 愛香は警戒した様子も無く、挨拶を交わしている。

 未だニコニコしたまま睨み合う二人。

 このままでは埒があかないので、精太は勇気を出して会話に入ることにした。


「あの、先生。何でサキュバスのこと知って……」


 普通に気になったので、問いかけてみる。

 サキュバスを知っていなければ訪ねてはこないはずなので、彼女は確実にサキュバスを認知している。

 こんなファンタジックな存在を自分以外に知っている人間がいるというのは、ある意味心強い。

 何かしら人間の愛香を取り戻す術が見つかるかもしれない。

 そんな期待もあった。

 先ほどまで精太を無視し続けていた蜜海は、ようやく彼に反応を返し、答えを述べた。


「私はサキュバスについて調べていてね。正確には淫魔病患者についてというべきか」


 情報を知りたかった彼の耳に、新情報はすぐさま入る。


「淫魔病?」


 思わず聞き返した生徒へ、養護教諭は付け加えた。


「ああ。淫魔病だよ。人間がサキュバスになる病さ」


 愛香が笑顔で蜜海を睨む。


「へー、興味あるなー」


 再び精太以外の二人の視線がバチバチとぶつかり合った。

 ただ、どちらかと言えば敵対心に近い怖さは愛香から出ているようだ。


「玄関で睨み合うのはやめてください」


 とりあえず立ち話は辛い。

 淫魔病についても詳しく知りたい精太は両者、特に愛香を諌め、蜜海をリビングに上げた。



・・・・・



 リビングに養護教諭の笑いが響く。


「はっはっは、いや、すまなかった」


 蜜海によれば、白いサキュバスが玄関に仁王立ちしてニコニコとガンを飛ばしてくるため、どうしたら良いかわからず、ニコニコ顔を返していただけらしい。

 とはいうが、雰囲気は完全に戦闘開始五秒前みたいな状態だった。

 改めて女性は怖いと精太は戦慄する。


「お茶持ってきたよー」


 先の怖い笑みは何処へやら。

 愛香が冷えた緑茶を持って来て、テーブルの上に置いたコップに注いでいく。

 淫魔病。

 養護教諭から発せられた未知の病。

 詳しい話を聞くためにテーブルの前で向かい会った精太と蜜海の前にお茶を淹れたコップを差し出して、愛香は家主の隣に座る。


「緑茶だけど、良かった?」


 彼女には訪問者が精太の学校の養護教諭であることを既に伝えている。

 故に何者であるかをしっかり把握しているはずである。

 しかしそんな明らかな年上相手にも彼女はフレンドリーだった。

 人間の時は誰に対しても丁寧だったが、サキュバスになると誰に対してもフランクになるらしい。


「構わないよ」


 蜜海も出されたお茶を一口飲んでから足を組んだ。

 訪問者が家主の前で足組みなどやって良いことではない。

 サキュバスとはあまり相手に礼儀を考えない存在なのかと少年は理解する。

 そもそも不法侵入や未成年への性的誘惑が行われている時点で気づくべきであった。

 とはいえ相手は教師。

 生徒ゆえ強く出れない存在でもある。

 精太も気にしてはいないので蜜海の態度は頭から投げ捨て、会話を開始した。


「あの、淫魔病って何なんです?」

「そんな病気聞いたことないしねー」


 先が精太。後が愛香になる。

 家主のセリフが言い終わらないうちにサキュバスが発言を被せてジト目を向ける。

 何故か愛香は蜜海に対して少々棘を見せていた。


「知らなくても無理はないさ。私が勝手に付けた名だ」


 養護教諭はそんな年下の視線を涼しい顔で受け流し、肩をすくめる。


「見た目や能力が伝説上の淫魔に近いことや、発症者が自らの存在をサキュバスに変化したのだと理解することから勝手に名付けた」


 言われてみて、十代の二人が納得を示す。

 能力というのはよくわからないが、見た目が淫魔に近いというのはその通りで、愛香自身は自分がサキュバスであることを直感で理解した点から頷ける発現であった。

 サキュバスになる病。

 納得した男女にはしっくりきたのだ。

 そしてこの人物が自分たちの知らない多くを知っていると考え、精太は姿勢が正され、愛香はジト目から真面目な表情へと変わっていた。

 完全に質疑応答態勢となり、まず愛香から質問が投げられる。


「サキュバスって何?」


 遠慮はするつもりがないのだろう。

 彼女はいきなり切り込んだ。

お読みいただきありがとうございました。

厄介な解説が少し続きます。


次回は本日2020/06/02の朝に出ます。

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