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第四話 未だ詳細不明な憧れの行方

 バスタイムを終え、朝よりげっそりとした精太はソファにて力なく倒れていた。

 台所では愛香が嬉々として料理に勤しんでおり、体力と精神力が尽きた彼からしてみると他者が食事を用意してくれるのはありがたい。

 一方で彼が倒れる原因を作ったのもまた愛香だ。

 そのせいか素直に喜べない複雑な感情を抱いていた。


「できたよー!淫魔特製ミルクたっぷりのクリームシチュー!」


 食卓にシチューが並ぶ。

 見た目からして美味い料理なのは間違いないのだが、サキュバスに淫魔特製などと宣われて今朝の媚薬が脳裏を過ぎった。


「その言い方やめろ…」


 覇気の無い注意を下し、精太は食卓につく。

 前には愛香が座っているが、彼女は既に自分の分をかっくらっている。


「美味い!流石私!」


 清々しい自画自賛を展開し、更に自作のシチューをおかわりしていた。


「いただきます」


 出された料理を口にする。


(悔しいけど美味ぇな……)


 素直な感想を胸中に響かせる。

 精太は一人暮らしをするにあたり、ある程度の料理スキルをマスターした。

 一般家庭に並ぶ料理なら人並みには作れる技術と知識は持っている。

 ところがこのサキュバスが作る品はこの男の作り出すものを凌駕していた。

 何故人間時の記憶が無いはずの彼女がこういった料理を作れるのかは疑問だが、一般的な知識はあるようなので、そこから引っ張り出しているのかもしれない。


「何で美味いんだコレ?」


 使用したルウは自宅にあったもののはずで、使用された食材も特におかしなものは無い。

 にもかかわらず精太が作るシチューを遥かに凌ぐ美味しさがあった。

 この違いは何なのか。

 一人暮らしの食卓を彩りたい少年は謎を解き明かそうとスプーンで掬ったクリームをしげしげと見つめている。


「知りたい?貴方への愛情が詰まってるからだよ」


 両手で頬杖をつきニコニコする愛香が反応し、答えを提示する。

 ただその回答は精太が求めるものではなかった。

 欲しいのは一般的な材料で作るシチューがどうすれば味覚の観点から此れ程美味くなるのかであり、愛情による感情的な効果を論じてはいない。


「ふーん」


 得られた内容を受け流し、冷めた空返事を行う彼の態度は僅かにサキュバスの反感を買った。


「何その反応!実際愛情はこめたから!」


 身を乗り出す人外に詰め寄られ、精太は目をそらす。


「いや、そこに疑いは無いんだけどさ」


 この少年とて、料理に愛情は必要と考えている。

 愛情が無ければ美味い料理は作れないからだ。

 作り手はどんな形であれ、愛情もしくはそれに近い感情を持って料理にあたる。

 結果美味い料理が出来上がるのだが、精太視点で見た時、サキュバスが愛情を持つという点が違和感になっていた。


「サキュバスって精気を吸うから、愛情関係なく男に付きまとうってイメージがあって」


 サキュバスの行為は生きるため。そこに愛は無い。

 少年が人生の中で刷り込まれたサキュバスへのイメージは愛香が愛情を持たないと勝手に決めつける原因となっている。

 勝手な評価を下された愛香の反論は即座に行われた。


「それって神話とか伝説の話でしょ。私は元人間」


 続いて最もな意見が放たれる。


「イメージで一緒にしないで」


 元人間のサキュバスは間違ったことは言っていない。

 精太自身、身勝手な想像なら謝罪しただろう。

 だが今回については愛情を持っていないと考えるに至る根拠がある。


「いや、愛情抜きに俺と事に及ぼうとしたろ」


 最初に会った時、風呂場での誘惑、どちらにも彼は自分への愛情は一切感じられなかった。

 この愛香は精太のことを何とも思っていないように感じる。

 そう感じるのは、彼女が一度たりとも感情の乗った顔を見せていないからだ。

 時折からかうように笑ったり、楽しそうに見えはするが、目は笑っていなかったり、何処となく事務的な空気を感じられた。

 この推理が正しく、愛情が無いならば何のために性交を求めたのか。

 精気を得るためと考えるのが一番しっくり来ていたのである。


「確かに私には愛情はなかったなぁ」


 彼の推理を裏付けるように、愛香は言い放つ。


「でも料理とセックスの愛情は違うから。料理には淫魔特製ミルクと愛情がたっぷり入ってる」


 何が違うのかは不明だが、料理には料理の愛情があるというのが愛香論のようだ。

 まだ恋愛経験も無い少年には相手自身への愛情と料理を出す相手への想いは違うのか理解が及ばない。

 これ以上続けても仕方ないので食事に集中することにした。


「その言い方やめろって」


 一応もう一度釘は刺す。

 淫魔の特製ミルクなど怖くて口にできなくなる。

 先の愛香の言葉を聞かなかったことにして、精太は夕飯を平らげた。



・・・・・



 食事を終えてから、食器を洗った家主はリビングに戻る。


「愛香」


 くつろいでいたサキュバスを見留め、彼は声をかけた。


「んー?」


 振り向いたその姿が一年前に人間だった時の彼女宅で宿題を教えて貰っていた頃と重なる。


(くそ、あの顔で麦茶か緑茶かを聞いてきた時が懐かしいな)


 他人が聞いても全く興味がなさそうだが、ふとフラッシュバックした記憶がこれであった。

 しかし目の前には髪色は金で、角を生やし、変わり果てた憧れの姿がある。

 何故こうなったのか。

 本当に人間の愛香ではないのか。

 少年は確かめたくなった。


「落ち着いたし、聞いても良いか?」


「良いけど、何?」


「人間の愛香のこと」


 人間の愛香。

 この言葉が発せられた時、サキュバスの眉が少し動くのを精太は見逃さなかった。

 詳細はわからないが、何かは知っていると確信する。


「……ああ、その話」


 すぐに真顔になる。

 表情からは何を考えているか見当もつかないが、目だけが僅かに悲しみを帯びたように感じるものだった。


「詳しく話してくれよ。人間の愛香は消えたのか?それとも、お前がそうなのか?」


 精太は変わり果てた憧れに問いかける。

 自分が知る彼女はもういないのか。

 サキュバスの愛香はこちらを混乱させまくるので、聞く機会が無かった。

 それでも漠然とした不安はずっと抱いていた。


「…………」


 返答は無言。

 どう返すかを考えているのかもしれない。

 急かすことなく待ち続けた少年。

 しばらくして、彼女の口が開かれた。


「最初に言ったけど、私は人間の人格じゃない。サキュバスの愛香」


 立ち上がって精太を向く愛香。

 その表情は変わらない。感情も見えない。

 故に嘘か真かも不明。

 彼女の発言だけが判断材料だ。


「人間の愛香のことは話せない」


 わからない。ではなく話せない。

 これはサキュバスの愛香が人間の愛香を語って良いものと考えていないということなのではないか。

 だから話せない。


「……そうか」


 消えた者への敬意か、或いはまだ存在しているから勝手に語るわけにはいかないと言及を控えているのか。

 どちらにせよ、精太はここで初めてサキュバスの気遣いを感じた。


「お前、気遣い出来るんだな」


 自然に感じたことが口から出た。

 普通に聞けば失礼な文言になるが、言われた方は好意的に受け取ったようだ。


「んー?なーにー?気遣いの出来る愛香ちゃんに惚れた?ベッド行く?」


 一瞬油断した精太に愛香は手を伸ばして纏わりついてくる。

 大きな乳房に腕が挟み込まれ、逃走の道が封鎖された。

 更に彼女はそのまま片手で下半身を隠すハーフパンツを下ろそうとする。


「惚れてねーよ服脱ごうとすんな!」


 足を使うわけにはいかない。

 精太の体で空いているのは乳房に包まれていない方の手のみ。

 サキュバスの手を掴み、下半身脱衣を阻止すると、何とか乳ホールドから抜け出した。


「やん!」


 だがそれがまずかった。

 強めに腕を引き抜いたせいだろう。

 愛香が着ているシャツのボタンが弾け、彼女の乳房が精太の眼前にぶら下がる。

 巨乳のサキュバスが身につけていたシャツは彼のお下がりだが、メンズのシャツでも胸部が引き伸ばされ、いつボタンが外れてもおかしくはなかった。

 それが圧力を受けて弾けてしまった。

 愛香は一瞬虚をつかれたように目を見開いたものの、晒された自分の乳房を見下ろし、次に停止した少年を見て舌なめずりを見せる。


「あら、目に焼き付けたいのはおっぱい?」


 わざと見せつけるように男の夢を両手で持ち上げる。

 何故かこのタイミングで理性を狂わせかねない例の甘い香りが漂ってきて、精太は咄嗟に鼻を手で覆うと、ソファのクッションを同居人に向けてぶん投げた。


「早く隠せよビッチめ!」


 暴言と共に飛んできたクッションを横跳びでヒラリと避けた愛香は、不服な様子で着地すると、家主に鋭い指摘を返す。


「弾けちゃっただけじゃない。精太だって欲情してるクセに」


 性器を指差され、前のめりになって後退した少年は何故か死にたくなった。


「そうだ。コレ返しとくね」


 追い打ちをかけるように、精太へと一冊の本が差し出される。


「返せ!」


 勝手に読まれていた成年向け雑誌をひったくり、家主はくつろぎのリビングを飛び出した。


「はぁ……心臓に悪い……」


 自室に入り、ベッドに腰掛ける。

 精太は噂から逃れるために離れた土地の高校に来て、女子との会話を避け、一人暮らしを始めた。

 これで女子との噂というものをほぼ確実に消滅させる作戦なのだ。

 ただ同時にこれは裏を返せば女子への免疫を低下させているということでもあった。

 友絵が話に割り込んでくるおかげで学校の女子との会話は問題無くこなせるが、愛香による誘惑やハプニングは精太にとって厳しいものがある。

 加えてあの香りが体を強制的に熱くするのだ。

 油断したら恋仲になる前に自分が彼女を襲っても不思議ではない。

 そして愛香は拒否せず受け入れるだろう。

 ただでさえ彼女がいることで抑圧されているのだ。

 このままでは危険な気がする。


「……落ち着いたら降りるか」


 精太はしばらくしてから手にしていた本を本棚の裏に隠し、リビングへと戻った。



・・・・・



 彼の背中を見送ったサキュバスはリビングの隅に畳んである洗濯物の中からTシャツを引っ張り出し、上半身を隠す。


「私はストレッチでもしようかな」


 愛香は身体が固い。

 人間の彼女は活発に動いたりせず、ほとんど屋内にいるような人物だったので、身体が固まっており、サキュバスの愛香にとっては多少の動きにくさがあった。

 たまにこうしてストレッチを行い、身体を柔らかく保とうとしているのである。


「いっちにー、さーんしー」


 床に座り、足を広げて前屈から入る。

 一通りのメニューをこなしていると、ふと鼻につく匂いが僅かに鼻腔を撫でた。


「何か匂うな。さてはやったか」


 察した愛香は首を振り、ストレッチに戻る。

 思春期男子は大変である。

 彼を抑圧した原因たるサキュバスは気にすることなく身体を伸ばしていた。



・・・・・



 扉を開けてリビングに入った精太は床にいる愛香を見下ろして、しばらく止まり、頭を抱えて口を開く。


「……あのさ、お前なんでそんなエロい動きになるの?」


 ストレッチをするだけでも胸は揺れ、開かれた足が非常に魅惑的であった。

 男子から見ればただのストレッチなのに色気が強く発せられていたのだ。

 つい口に出たのは仕方ないかもしれない。

 一方愛香視点では精太の顔は僅かに晴れやかになっている。


「やーねー性欲だだ漏らしの男の子は。普通の動きだよエッチ〜」


 彼女は挑発的な笑みを見せて言った。

 ストレッチをしてるだけでエロいなどと言われてはたまったものではない。

 だがからかうには好都合であった。

 身体を隠すようにしながらも出るところは見せつけるようにして熱い眼差しを送ってみたが、抑圧されていたはずの少年にはあまりダメージは無いようだ。

 いよいよサキュバスには彼の行動が読めてきたが指摘はしない。

 男のプライベートを傷つけるほど彼女は鬼ではないのだ。

 対する精太は、今でこそ耐えられるが、この淫乱な女がいたらまたいつ耐えかねるかがわからない。

 だからこそニヤニヤするその顔が癪に触った。


「……」


 誰のせいだと抗議をぶつけるつもりで、家主が口から放つ一撃を考えていた時だ。

 彼の耳に、インターホンの音が響いたのは。

 空も暗くなった時間の訪問。

 愛香は気にしていないようだが、精太は警戒した。

 彼はまだ自分の住所を誰にも伝えていない。

 両親や身内以外で知るのは、手続きを行った役所の人間くらいで、完全な部外者は愛香のみ。

 宅配便も頼んでいないし、両親からも宅配便を送った連絡は来ていない。

 役所の人間はこんな時間に来ない。

 ならば誰か?

 上記以外で訪ねてくるとしたら宗教勧誘かもしれない。

 何にせよ確認はする。

 精太は玄関に向かい、のぞき穴から訪問者の正体を見た。


「……は?」


 次の瞬間には見えた姿に驚愕した。

 何故いるのかわからず狼狽えた。

 下校時に起きたハプニングの動揺や愛香の心配で頭に名前が浮かばなかったが、今なら落ち着いて思い出せる。


「艶丘……先生?」


 下校時に胸ダイブをしてしまった養護教諭がそこにいた。

お読みいただきありがとうございました。

ラッキースケベとは起こしづらいものです。

というか今回お話が全く進んでいませんね……。


次回はストーリーを動かしますのでご容赦を。

また数日後に出る予定ですが、続きが早く見たいという方は是非ブックマークや評価等よろしくおねがいします。筆者のやる気が上がり、投稿頻度が増すかもしれません。

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