相槌
時間は流れ、闘技大会前日。鉱石採掘も一段楽つき、闘技大会までの残り時間をわずかばかりのレベル上げに当てていた。
そんな時、森の中の小屋で泊まり込みで鍛治をしていたユーカから小屋に来てほしいというメッセージを受けて俺は一人小屋に向かった。
「すみません、呼び出してしまって」
「俺の手伝いが必要ならいつでも呼んでくれて構わないさ」
「ありがとうございます」
「それで、俺はなんで呼ばれたんだ?」
「それは──」
「お前さんには嬢ちゃんと相槌をしてもらう」
「相槌?」
相槌というと鍛治で二人が交互に鎚を打ち合う事だったはずだ。
「鍛治なんてやった事ないんだが」
「構わん。相槌するだけならば鍛治スキルがなくともなんとかなる。お前さんは嬢ちゃんに合わせて鎚を振るだけだ」
ふむ、それなら俺でもできそうか。
「迷惑をかけてすみません」
「迷惑なんて事はないさ。俺のための刀を作ってくれているんだ。俺にできる事ならなんだってするさ」
「ありがとうございます。では、お願いします」
作業場に移動するとユーカは慣れた様子で炉に火をくべ、温度が上がるのを待ってユーナが用意した高品質の鉄鉱石を入れる。
「綺麗だ」
火に照らされ、髪を後頭部で一本にくくって鍛治に取り組むユーカの真剣な表情に思わず心の声が漏れる。
集中し切ったユーカにはその声も耳に入らず、無心で鎚を振るっていく。そして……。
「お願いします」
「ああ」
ついに俺の出番がやってくる。俺はもう一本の鎚を手に取り、瞳を閉じて短く息を吐く。
「行きます」
迷いなく鎚を振るユーカの動きを観察し、その動きに合わせて無心で鎚を振る。
カンッカンッと淀みなく一定のリズムで作業場に澄んだ音が鳴り響き、そしてユーカが鎚を打ちつけた瞬間、強い光を放った。
「……ありがとうございました」
それを見たユーカは安堵の息を吐き、頭を下げた。
「助けになったならよかったよ」
「ロータスさんはここまでで大丈夫です。予選までにはかならず間に合わせるので待っていてください」
俺の役目はこれで終わりか。できる事なら最後まで見ていたいが、それでユーカの邪魔をしては困る。俺はユーカとローガンに挨拶して大人しくこの場から辞去した。
そして、翌日。闘技大会当日の朝、俺達はホームでユーカが戻ってくるのを待っていた。
「ユーカはまだかねぇ」
「まだ約束の時間まではもう少しあるわ」
「ユーカに限って時間に遅れるという事はないだろ」
「そうだねぇ。あの子は時間に正確だから」
「その辺り、貴女にも見習ってほしいわね」
遅刻の常習犯であるユーナにマーネが苦言を呈すもどこ吹く風。
「僕は何かに縛られるのが苦手でねぇ。まあ、マーネがプレイの一環として僕を縛りたいと言うのならやぶさかではないのだけど」
「そんな事一言も言ってないでしょ!」
「そうなのかい?マーネは女王様と呼ばれているからてっきりそうなのかと思ったよ」
「違うわよ!」
マーネの二つ名である魔女王。そう受け取らない事もないか。
「もしかして、縛るより縛られる方が好みなのかい?よし、ちょっと縛り方を勉強してくるよ」
「貴女は一度痛い目を見た方がいいわね」
マーネは据わった目をユーナに向け、魔杖を取り出した。
「む?やっぱりそっちなのかい?僕はどちらでも構わないけどねぇ」
「いい加減そこから離れなさい!」
「朝からなんの話をしているんですか?」
二人のじゃれ合いに割って入ったユーカの声に俺達の視線はホームの入り口に向けられた。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
「すみません、時間がかかってしまって」
「構わないわ。ちゃんと間に合ったんだから。それより、できたのかしら?」
「はい」
マーネの問いに頷いたユーカは俺の前まで移動し、一振りの刀を取り出した。
「今の私にできる最高の物です。受け取ってください」
「ああ」
差し出された刀を受け取り、ゆっくりと鞘から抜き放つ。
[蓮華]品質A+
優れた鍛治師が全身全霊をかけて鍛え上げた渾身の刀。ただ一人のために作られた故に他の者では扱いきれない。
ATK+80 SPD+20
スキル:なし
品質はA+。マーネの魔杖ディアボリにも並ぶ高品質だ。スキルなどはないが、単純に性能が高い。なにより……。
「手に馴染む」
まるで本当に体の一部であるかのように手に馴染む。
「はは」
美しい刃紋。鈍く光る研ぎ澄まされた刃。これ以上ないという程の一品に思わず笑みがこぼれる。
俺は近くにいるユーカに目で離れるよう促し、その場で二度三度と刀を振るった。
「ユーカ」
「は、はい」
「ありがとう。最高の刀だ」
「それなら……よかったです」
ユーカの肩から力が抜け、小さく笑みを浮かべた。
「そんな物を貰ったら負ける訳にはいかないわね」
「それは違うぞ。こんな物を貰った以上負ける訳がない」
「それもそうね」
力強く断言した俺にマーネも笑みを浮かべた。
「そろそろ予選の時間ね」
「ああ、そうだな」
「あ、そうだ。予選に関して私から一つアドバイスがあるわ」
耳元で囁かれたアドバイスに俺は首を傾げたが、そうしろと言うならばそうするまで。特に問題もなさそうだし。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
俺は新たな相棒を携え、予選の会場へ向かった。




