鍛治師の試練達成
「割と簡単だったのにまだ誰も刀のレシピを手に入れていないって変じゃないか?」
再びローガンの元へ向かうため北の森を進んでいた俺はふと抱いた疑問を隣を歩くマーネにぶつけた。
「変じゃないわよ。まず情報自体がほとんど出回っていないわ。それに、私達からすればともかく、クエストの内容だってそこまで簡単ではないわ」
「ふむ?」
「まず鉄の鉱石を手に入れるにはデューオに辿り着かないといけない。だいぶ増えてきたとはいえ、現時点でそこに辿り着いているのは全体から見れば極一部よ」
「それもそうか」
「レベル20以上のモンスターのドロップアイテムだって悪魔を除けば堅牢なる荒野のエリアボスとレアモンスターだけよ」
思い出されるのは以前見たアースドラゴン。それと同格以上のエリアボスとなれば確かに倒せるプレイヤーはほとんどいないか。
今の俺達なら倒せるかもしれないが。
「ロックワームだって私達は一度で出たけれど、場合によっては何ヶ所もポイントを移動しなければいけない可能性もあったわ」
「一度で出たのは単に運がよかったという事だねぇ」
運と聞いて俺はマーネの顔を見た。
俺達のクランで一番の反則はマーネの強運だよな。
「そろそろね」
「ああ、ちょうど見えてきた」
森の中の小屋に再び戻ってきた俺達は改めてドアをノックした。
「もう戻ってきたのか」
「はい、言われた物を持ってきました」
俺はそう言って三つのアイテムを取り出した。
「……たしかに」
それを確認したローガンは俺達の顔を見回し、ユーカで止めた。
「鍛治師はお前か?」
「は、はい」
「打った剣を見せてみろ」
「わ、わかりました」
厳しい視線にユーカは緊張しながら自らの打った剣をローガンに渡した。
「ふむ……」
受け取った剣をローガンはジッと見つめる。
どれほどの時間か。無言で剣を見つめるローガンが口を開くのをユーカは緊張した面持ちで待っていた。
「未熟だな」
「……はい」
口を開いたローガンが発したのはそんな言葉だった。
自分の腕が未熟なのを一番理解していたユーカは一瞬諦めの表情を浮かべ、顔をうつむけた。
「だが、いい剣だ」
「え?」
だが、続いて放たれた言葉にユーカはパッと顔をあげた。
「使い手の事を一心に考えて打ったのがわかる。この剣には魂が宿っている」
「では……」
「いいだろう。刀の作り方を教えてやる」
その言葉を聞いたユーカは安堵の息を吐き、肩から力が抜けた。
「ふむ……」
改めてユーカの剣を見たローガンは次いで俺の顔に視線を向けてきた。
「嬢ちゃんが作る剣はそこの男の物だな?」
「はい」
ジッと俺の顔を見たローガンは無言で俺達に背を向け、小屋の中に戻っていった。
そして、すぐに戻ってきたローガンの手には一振りの刀が握られていた。
「振ってみろ」
差し出された刀を思わず受け取った俺は言われるままに鞘から刀を抜き、その刀身に視線を向けた。
「いい刀だな」
そうそうお目にかかれない業物だ。こうして久しぶりに刀を持つとなんだか気分が高揚してくる。
その熱を内に抑え込み、切っ先まで神経を通す。
「ふぅ」
己の体の一部と化した刀の感触を確かめるように二度三度と振るっていく。
「もういい」
ローガンの制止の声に刀を振る手を止め、鞘に収めて刀をローガンに返した。
「大したものだな」
今まで仏頂面だったローガンの顔にわずかに笑みが浮かび、視線をユーカに向けた。
「この男は並外れた剣士だ。見合うだけの物を作ろうとすれば生半可な努力では叶わないぞ」
「心得ています」
「そうか……。一つ提案がある。このままここでワシに鍛治を教わる気はないか?」
「え?」
突然放たれた想定外の言葉にユーカから疑問の声が漏れる。
「お前達の事が気に入った。だから手を貸したくなった。ワシの下で修行すれば短期間でもある程度形になるはずだ」
「……なら、よろしくお願いします」
「いいのか?」
「むしろ、願ってもない事です。闘技大会までに必ず仕上げてみせます」
〈クエスト『森の鍛治師の試練』が特殊達成されました〉
〈鍛治師ローガンへの弟子入りが可能になりました〉
「特殊達成?」
「クエストを通常とは違う真の方法でクリアした時の事よ。条件が不明だから私も実際に見るのは初めてだわ」
「今回の場合は鍛治師と剣士が揃って気に入られるとかかもしれないねぇ」
「通常は刀のレシピをもらって終わりでしょうね」
どうやら俺達は知らぬ間に条件を満たしてしまったらしい。
まあ、ユーカもやる気だし、これは闘技大会までにはいい刀ができそうだな。その日が今から楽しみだ。




