食事と住人
〈レベル3になりました〉
〈剣術Lv2になりました〉
〈逆境Lv2になりました〉
〈SPが2ポイント加算されます〉
あれから荒野を歩き回り、散発的に遭遇するゴブリンの群れと戦っていた。
この世界での戦闘にもだいぶ慣れ、逆境の効果でステータスが上昇していた事もあって狩りは順調。時間も忘れて熱中してしまった。
メニューで時間を確認してみれば十五時を回っている。十二時ちょうどにログインした事を考えれば三時間以上もこのゲームの世界にいたという事だ。
酷い時は徹夜でゲームをしているマーネからすればたいした事はないんだろうけど、ゲームをほとんどやらない俺からすればかなりの時間をやっていたような気分になる。
「ちょうどレベルアップした事だし一旦街に戻りましょうか」
何かメニューを操作していたマーネはメニューを閉じてこちらに歩み寄ってきた。
「ん、ああ。それより、今のゴブリン少し強くなかったか?」
「気づいたのね。フィールドは基本的に奥に行く程敵が強くなっていくの。この辺りはちょうど中層に差し掛かったところだから今までよりも少しレベルが高かったのよ」
「なるほど、どうりで」
「ところで、話は変わるのだけれどお腹空いてない?」
「む?」
言われて始めて気づく。今まで意識していなかったが、そう言われてみるとたしかに空腹感を感じる。
「やっぱりね。後衛でほとんど動かない私はそれほどでもないけど、前衛で動き回っている貴方は私よりも満腹度が減っているでしょうからね?」
「満腹度?」
「便宜上そう呼んでいるだけよ。このゲームじゃ目に見える数値としては存在しないから。ただ、これが限界を迎えるとステータスは半減以下。移動にもペナルティがかかるわ。しかも、時間経過でさらにペナルティは酷くなっていくわ」
「なかなか厳しいな」
腹が減っては戦はできぬというがこの世界ではまさにその通りなんだろう。
「初心者は結構忘れがちだから気をつけるのよ。ちなみに、ペナルティを受けた状態で死に戻ると教会でぼったくり料理を出されるわ」
「世知辛い世の中だな」
「信仰じゃお腹は膨れないもの。取れるところから取らないと」
「まあ、とりあえず、空腹を感じてきたら気をつけるよ」
「ええ、空腹を感じたならすぐに食べ物を食べなさい。じゃあ、帰るわよ」
マーネの言葉に頷き、歩き出したマーネに続いて始まりの街に向かって歩き出した。
「戻ってきたな。あんまり帰ってきたっていう感覚はないけど」
「すぐに外に狩りに行ったものね。街にいた時間よりも外にいた時間の方が圧倒的に長いし」
「そういえばそうだな」
「そうね、明日は街を回ってみましょうか。βテストの頃とは少し違うかもしれないけど、だいたいは案内できると思うわ」
「ん、じゃあ頼むわ」
そういえば、当然のように明日もやる事になったな。まあ、時間はあるし、やらない理由もないか。
「で、戻ってきたのは食べ物を買うためなんだよな?」
「それもあるけど、私のMPも結構減っていたっていうのもあるわ」
たしかに言われてみればマーネのMPバーはかなり減っている。二割以下だろう。だが、そのMPは少しずつ回復していた。
「MPは基本的にはフィールドにいると回復しないわ。回復するにはMP回復っていうスキルが必要になるの」
「マーネはそのスキル持っていたよな」
「ええ。スキルレベルが低いうちは回復量もそれほどじゃないんだけれども、魔法職には必須のスキルね。ちなみに、戦闘中よりも休憩中の方が回復スピードは早いわ。それ以上に早いのが街中にいる事ね。一番早いのはログアウト中だけれど」
フィールド戦闘中<フィールド休憩中<街中<ログアウトの順番か。俺自身はMP消費はほとんどないが、覚えておいて損はほとんどないだろう。
「まあ、レベルの低いうちはそれほど時間もかからずに回復し終わるわ。一時間も休憩すればいいかしら。その間に食事にしましょうか」
「ああ」
それほど人通りの多くない西側の通りを進み、最初に降り立った広場に辿り着く。西側に比べれば未だに大勢の人で溢れているが最初に比べればだいぶ人が減っていた。
おそらく、その多くが外に狩りに行っているのだろう。
「こっちよ」
広場の様子を見回していた俺に声をかけ、広場を南に進む。
すると、鼻腔をくすぐるいい匂いが漂ってきた。
「おお」
そこには屋台が立ち並び、多くの人が呼び込みをしていた。
「祭り?」
「これがここの日常よ。それより、何が食べたい?」
「何…って言われても」
キョロキョロと立ち並ぶ屋台を見回し、興味の引かれる物を探す。
「マーネは何がいいんだ?」
「私はβテストの頃に色々食べたから今回は貴方の好きな物でいいわよ」
「うーん、じゃあ……」
俺の目が引かれたのはシンプルな串焼きの屋台。
だが、空腹を感じる今の状況で肉の焼ける音と匂いは心惹かれるものがある。
「なら、あれにしましょうか」
俺の視線を察したマーネが串焼きの屋台に向かっていく。
「いらっしゃい!何にする?」
俺達に気づいた浅黒い肌の体格のいい男が声をかけてきた。
「串焼き以外にあるんですか?」
見た限り串焼き以外には何もないようだが。
「おっと、そういえばうちには串焼きしかなかったな!ガハハ!」
「……串焼き二本で」
「あいよ!」
豪快に笑いながらも手早く焼き上げた串焼きを二本手渡してきた。
一つ一つの肉が大きく、これ一本でかなりお腹が膨れそうだ。
「一本80Dだから二本で160Dだ」
「でゅーる?」
「この世界の通貨よ」
俺が串焼きを受け取っている横でマーネが店主にお金のような物を渡した。
「あ」
「お金の事なら気にする事ないわ。β時代の資金の一部は本サービスに引き継げたから貴方よりもずっとお金を持っているのよ。ちなみに、初期資金は1000Dよ」
「だが」
「にいちゃん、そういう時は下手に食い下がらずに別の時に返してやればいいんだよ」
「む……それも、そうか」
店主の言葉に納得し、ここは大人しく奢られる事にして両手に持っていた串焼きのうち一本をマーネに手渡した。
「ありがと。じゃあ、広場のベンチにでも行きましょうか」
「ああ」
「おう!また来てくれよ!」
気のいい店主に見送られ、俺達は再び広場に向かった。
「美味いな」
広場に戻ってきた俺達は空いていたベンチに並んで腰掛け、串焼きにかぶりついた。
何やら視線が集まっている気もするが、今は串焼きに意識が向いていて気にならない。
「これなんの肉なんだ?」
「ホーンラビットね」
「兎?」
「東の草原に出てくるモンスターよ。基本的にプレイヤーが一番最初に相手するモンスターね」
「へぇ」
マーネの言葉に頷きながら手の中の串焼きを見下ろした。
[角兎の串焼き]品質C
ホーンラビットの肉を焼いてシンプルに塩で味付けした串焼き。
効果:なし
「この串焼きは結構当たりね。品質が高めだわ」
「そうなのか?」
「NPCの作る物は特殊なNPCを除いてDからCの間なの。だから、この串焼きは一般的なNPCが作る物としては最高品質って事」
「さっきの人ってNPCなのか?」
NPCがなんなのかは前にマーネというか凛が言っていたから知っている。
人が直接操作するプレイヤーキャラに対して、人が操作しないノンプレイヤーキャラクター。このゲームは高度なAIが使われているとは聞いていたが、まるで見分けがつかないな。
そういえば、キャラメイクの時のナビも言われなければNPCだと気づかなかっただろうしな。
「このゲームのNPCは私達と変わらないわ。意思があるし、感情もある。家族だっているわ。むしろ、この世界の本来の住人は彼らの方なのよ」
「……そうかもしれないな」
さっきの店主をただのNPCと呼ぶのはなにか違う気がする。彼らはちゃんとこの世界で生きているんだ。
「この世界の住人は私達プレイヤーを来訪者と呼ぶわ。この世界にとっての異端は私達の方なのよ。だから、少なくとも私は彼らの事をNPCではなく住人と呼ぶわ」
「うん、俺もそう思うよ」
残っていた串焼きを口の中に収め、さっきの店主がいる方に視線を向けた。
また買いに行こう。