狂戦士
「転職したいのだけれど」
神殿の入り口まで戻ってきた俺達はそこにいたシスターに声をかけた。
「かしこまりました。転職の間へご案内しますのでついてきてください」
一礼して歩き出したシスターに言われるままついていき、俺達は一つの部屋に案内された。
そこは部屋の中心にバスケットボール程の水晶が置かれ、床一面に魔法陣の描かれた場所だった。
「あの水晶に触れる事で転職可能な職業が表示されます。その中からお好きな職業をお選びください。気に入った職業がない場合は転職せずに部屋を出る事も可能です」
俺達は部屋の中に足を踏み入れ、三人で顔を見合わせた。
「誰から行く?」
「私から行くわ。β時代にも一度経験した事があるから」
そう言ってマーネは躊躇う事なく部屋の中を進み、水晶に触れた。
少しの間水晶に触れたまま虚空を見つめていると、突如足元の魔法陣が光を放った。
「む」
突然の光に咄嗟に手で目をかばい、光が収まるのを待つ。
そして、光が収まったのを確認し、手をどけてみると悠然とマーネがこちらに戻ってきていた。
「終わったのか?」
「ええ、無事にクラスチェンジできたわ」
一度経験しているだけあってマーネは驚いた様子もなく平然としている。
「じゃあ、次は僕が行こうかねぇ」
マーネと入れ替わりで今度はユーナが水晶に向かっていった。
「マーネはどんな職業にしたんだ?」
「特殊職の一つでエレメンタルソーサラーという職業よ。魔法スキルを四つ以上、魔法スキルレベルが合計で20レベル以上で選択可能になるわ」
「へぇ」
そんな話をしていると再び足元の魔法陣が光を放ち、俺達は素早く目を覆った。
「これ、初見だとだいたい目がやられるんじゃないか」
「そうね。転職の間からはよく『目がぁ!目がぁ!』という声が聞こえるそうよ」
「それはまた」
苦笑を浮かべていると、光が収まり、ユーナが戻ってきた。
「無事に錬金術師になれたよ」
「貴女の事だから何か変な職業にするんじゃないかと思っていたわ」
「残念ながら条件を満たしたものがなかったようでねぇ」
「むしろ安心したわ」
さて、ユーナも戻ってきたし、今度は俺が行くか。
「爆発させたら駄目だよ」
「爆発するのか?」
「しないから安心していきなさい」
「いや、ロータス君ならやってくれるはずさ」
「貴女はロータスをなんだと思っているの?」
「いやいや、主人公がこういう水晶に触れたら壊れるのは定番じゃないか」
「それ、異世界物の魔力測定の定番でしょ」
俺にはよくわからない会話を背中で聞きながら水晶まで進み、ゆっくりと触れた。
とりあえず、爆発はしなさそうだな。
転職可能職業
・剣士
・騎士
・軽剣士
・狂戦士
目の前に現れた四つの選択肢。前三つは事前にマーネが言っていたものだが、最後の一つは違う。マーネが何も言っていなかったという事は特殊職という奴だろうか?
「それにしても、狂戦士と呼ばれる心当たりはないんだけどな」
とりあえず、特殊職があるならそれを選んだ方がいいとは言っていたが、何も情報がない状態で選ぶのは軽率だろう。もう少し情報がほしいんだが。
と、思っていると目の前に狂戦士の情報が現れた。
狂戦士:傷ついても構わず戦い続ける戦の申し子。防御を捨てその命尽きるまで戦いをやめる事はない。
転職条件:HPが半分以下の状態で五百体以上のモンスターを倒す。
訂正。心当たりはあったわ。
これはゲームだから気にならなかったが、HP三割以下というのは現実なら瀕死に近い状態だ。その状態で戦い続ければ狂戦士という評価も当然かもしれない。
問題はこの職業を選ぶかどうかという事だ。
説明文を読んだ限り、防御を捨てという部分からVITの値は今より下がる事になるだろう。
狂戦士という響きから魔法関連のINTやMIDも高いとは思えない。
という事はかなりのSTR重視のステータスになると予想できる。
「ふむ……」
問題ないな。元々攻撃を一度でも受けたら負けな相手とばかり戦っていたのだ。VITには期待した事はない。
逆境発動のためのHP調整もユーナの毒があれば簡単にできる。なら、どうせ意味のないVITやINT、MIDが下がったところで構わないか。
俺は頭の中でそう結論を出し、狂戦士の職業を選択した。
次の瞬間、ここまでの二度と同じように魔法陣が光を放った。そして、その光が収まると俺は戦士から狂戦士になっていた。
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名前:ロータス
職業:戦士Lv23→狂戦士Lv23
STR:70(+13)
VIT:53(−4)
INT:28
MID:35(−4)
AGI:65(+ 9)
DEX:42(+3)
SP:53
スキル:剣術Lv7 眼Lv6 歩法術Lv6 逆境Lv6 集中Lv 7 気配察知Lv4 カウンターLv5 嫌われ者Lv4 狂化Lv1 無技の剣 魔法切断
称号:【ジャイアントキリング】【希少種ハンター】 【街の支援者】【悪魔祓い】
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〈スキル【狂化】を取得しました〉
「随分時間がかかっていたようだけれど、特殊職があったのかしら?」
「ああ、その通りだ」
「へぇ、どんな職業なんだい?」
二人の元に戻った俺は選んだ職業について話した。
「狂戦士……β時代には聞いた事のない職業ね。まあ、判明している特殊職自体ほとんどないのだけれど」
「そうなのか?狂戦士の条件はそんなに難しくないと思うんだけど」
俺の言葉にマーネはため息を吐き、ユーナはニヤニヤとした笑みを浮かべた。いや、ユーナはいつも通りか。
「基本的にHPは半分以下にならないように立ち回るものよ。パーティなら回復職が仲間のHPを減らさず、それでいてヘイトを稼ぎ過ぎない。それをどれだけ上手くこなせるかで回復職の腕が決まるといっても過言ではないわ」
「だが、それだと逆境が発動できないんじゃないか?」
「だから、逆境は不人気スキルなのよ」
あー、そういえば、最初にそんな事も言っていた気がするな。
「まあ、貴方にとってはそうじゃないのでしょうけど」
「流石はロータス君だねぇ」
ふむ、褒められて……はいないのだろうな。
「まあ、いいわ。それより、せっかくクラスチェンジしたんだから色々試してみましょうか。狂戦士の性能にも興味あるし」
「なら、どこに行くんだ?また堅牢なる荒野に戻るのか?」
「そうね……」
マーネは少し考えた後、ユーナの顔を見た。
「ユーナはまだ東の平原のエリアボスを突破していないわよね?」
「していないねぇ」
「なら、先に東の平原のエリアボスを倒した後、南の湿地のエリアボスを倒しに行きましょうか」
「ふむ?」
何故わざわざそんな事をするのか。たしかにユーナはまだ東の平原のエリアボスを倒していないが、それは今でなくともいいはずだ。そこに何か理由があるとするなら……。
「称号か?」
「ええ、その通りよ」
ここまでに俺達は四つの称号を得ている。その中で【ジャイアントキリング】と【希少種ハンター】の二つは一番最初に何かをなした事で得た称号だ。
マーネは四方四体のエリアボスを一番最初に倒す事で何かしらの称号が得られると考えているのだろう。
「西の荒野のエリアボスはまだ私達の他に誰も倒していないわ。でも、それも時間の問題。だから、今のうちに試しておこうと思ったのよ。せっかくだからユーナもね」
「おお、そこまで僕の事を考えていてくれたなんて!キスしてもいいかい!」
「駄目よ」
「それでも僕は行く!」
そう叫びながらマーネに抱きつこうとするユーナをマーネはサッと横に躱した。
「やっぱりこのまま南に行きましょうか」
うん、この二人は相変わらずだな。でも、そろそろ行かないとな。
だからそんなに睨まないでシスターさん。すぐに出てくから。




