伝承
「ユーナは今日も遅刻か」
デューオの街の広場で俺とマーネはベンチに座ってユーナを待っていた。
「まったく、あの子は……」
ユーナの遅刻にも慣れたもの。むしろ、最近はよく時間通りに来ていたと感心するくらいだ。
今さら文句もでないと俺達はぼんやりと広場で遊ぶ子供達を眺めて時間を潰した。
結局ユーナが現れたのはそれから三十分程が経ち、日が暮れ始めた頃だった。
「いやはや、待たせてしまったねぇ」
「今日はなんで遅れたのか聞きましょうか」
「そうだねぇ。じゃあ、困っている妊婦を見つけて病院に連れていったという事にしようかねぇ」
「ユーナ、今日どこかに出かけたの?」
「いいや、さっき起きたばかりだからねぇ」
うん、寝坊だな。
飄々としたユーナにマーネはため息を吐き、立ち上がった。
「今日はどうするんだい?」
「まだ決めていないわ」
「堅牢なる荒野に行くなら僕は遠慮しておくよ。あそこは退屈でねぇ」
「そうね。昨日散々回ったし、別の場所に行こうかしら」
方針をマーネに任せている俺は二人の話を聞くだけに留め、何気なく遊んでいた子供達の方に視線を向けた。
日も暮れ始めてきたせいか、遊んでいる子供の人数は減り、親が迎えに来ている子供もいる。
だが、遊び盛りの子供。大人しく帰る子ばかりではなく、まだ遊びたいと駄々をこねている子供もいる。
「いやー!まだ遊ぶ!」
「もう暗くなるんだから帰るわよ!」
「やだー!」
「もう!暗くなったら悪魔が来て連れて行かれちゃうわよ!」
「うぅ……」
悪魔か。そういえば、悪魔はまだ見た事ないな。
「…………」
「む?」
ふと横を見ると、さっきまでユーナと話していたマーネが真剣な表情で親子のやり取りを見詰めていた。
「どうかしたか?」
「今の会話、β時代じゃ聞かなかったと思って」
住人の何気ない会話。普通ならそんなの一々覚えていないが、マーネが言うのならそれは間違いなく事実なのだろう。
「β版ではそこまで細かいところはつくっていなかっただけじゃないのかい?」
「かもしれないわ」
ユーナの言葉に頷くマーネだが、その顔を見れば納得していないのはすぐにわかる。
「気になるなら調べてみたらいいんじゃないか?」
「……そうね」
すでに誰もいなくなった広場を一瞥し、頷いた。
「調べ物ならインターネットだねぇ」
「この世界にある訳ないでしょ」
「図書館とか?」
「王都……東側の第三の街行かないとないわ」
「なら、原始的な手段。聞き込みといこうか」
「それしかないかしらね」
「なら、急いだ方がいいか。完全に日が暮れたら店も閉まって聞き込みがしづらくなる」
近くを通りかかった住人を見つけ、声をかけようとするが、マーネから待ったがかかった。
「もし、これがイベントだとしたら無闇に聞いても無駄だと思うわ。特定の相手に聞かないと」
「特定の相手か」
この街にはそれなりの数の住人が住んでいる。そこから特定の相手を探すというのはなかなか難易度が高い。
「さっきの親子の口ぶりからするとお伽話の類いだと思うんだけどねぇ。悪い事をしたらオバケが来るとかそういう類いの」
「そうね。それは間違いないと思うわ」
「だとしたら、聞くならお年寄りかねぇ。この街で一番の年長者って誰だい?」
「……たしか、雑貨屋の店主のお婆さんがこの街では一番の年長者だったはずよ」
ユーナの問いにマーネは少し考え、すぐに答えを返した。
「なら、そこに行ってみようか。日が暮れる前にね」
「いらっしゃい」
雑貨屋に訪れると、カウンターの奥にお婆さんが座っていた。
あの人がこの街で最年長だという人か。
「こんにちは。いえ、こんばんはかしら。聞きたい事があるのだけれど、いいかしら?」
「なんだい?何が聞きたいんだい?」
「悪魔、について聞きたいのだけれど」
「悪魔……はて?なんじゃったかのぉ?」
首を傾げるお婆さんにこれはハズレかと思ったが、マーネは一旦カウンターを離れるとおもむろにいくつかの商品を手に取って再びカウンターに置いた。
「これを買うわ」
「ひっひ、まいど」
「突然どうしたんだ?」
「あの言い方は知らないのではなく、忘れているという感じだったわ。こういう場合、一定額以上の買い物をする事で教えてくれたりするの」
買い物を終えた後、改めて悪魔について聞くと、お婆さんはゆっくりと語り始めた。
「悪魔についてだったね。今この世に悪魔はいないよ」
「その言い方だと、昔はいたみたいに聞こえるわ」
「その通り。あたしが産まれるよりもずっと昔に世界中で72体の悪魔が暴れておったそうだ」
「その悪魔はどうなったんだ?」
「一人の男によって封じられた」
だから、今は悪魔がいないのか。
「それで?」
「はて?なんじゃったかのぉ?」
「「…………」」
俺とマーネは顔を見合わせ、もう一度商品をカウンターに持っていった。
それを何度か繰り返し、購入額が都合十万を越えたところでようやく全ての話を聞く事ができた。
纏めると、かつて72体の悪魔が暴れていた。それを一人の男が世界各地に封印した。その封印の地が堅牢なる荒野にもある。悪魔は総じて強大な力を持つ。夜になると悪魔の力が強まり、封印が弱まる事で封印の地への道が開かれる。堅牢なる荒野のどこにあるかはわからない。
だいたいこんな話を途切れ途切れ聞けた。
「なかなか商売上手なお婆さんだねぇ。情報が時に大きなお金を産む事をよく理解している」
雑貨屋を出た途端、ユーナが面白そうに声を漏らした。
「それより、これからどうするの?話は聞けたけど、情報が少な過ぎるわ」
「肝心な悪魔の居場所は堅牢なる荒野のどこかという事しかわからなかったからな」
「君達なら何とかなるんじゃないかい?情報を持っている相手を一発で引き当てたみたいに」
たしかに、マーネの強運を持ってすれば見つかるかもしれないが、確実とは言えない。
「堅牢なる荒野を隅々まで調べるとしたら丸一日かけても足りないわ。そう上手くは行かないんじゃないかしら」
現に自分の強運を理解しているマーネも否定的だ。
「マーネだけで足りなくてもロータス君のトラブル体質を合わせればなんとかなるさ」
「む?」
「とりあえず、移動しようじゃないか」
率先して歩き出したユーナに俺とマーネは顔を見合わせて追いかけた。
「お婆さんの話だと封印された場所に行けるのは夜のあいだだけ。一日で探せるのは最大でも十時間ね。隅々まで探すととすると三日はかかるわね。そもそも、一見してそれだとわかるかもわからないわ」
「大丈夫大丈夫」
マーネが懸念をあげるもユーナはまるで気にした様子もなく歩いていく。
「さ、とりあえず堅牢なる荒野に来たよ」
ユーナが足を止めたのはデューオの街を出て堅牢なる荒野に足を踏み入れた時。
「じゃあ、せーので封印の地があると思う方を指差してくれるかな」
「そう言われても」
「まあ、どうせあてもないしいいんじゃないか」
理論派のマーネとしてはユーナの適当さに納得がいっていないようだが、俺がそう言えば渋々と受け入れた。
「はい、じゃあ、せーの!」
ビシッと俺とマーネは揃って同じ方向を指差した。
「決まり、だねぇ」
考えても仕方ないと適当に指差したが、偶然にも揃ってしまった。さっき言ったが、どうせあてもない。なら、ユーナの言う通りにするのも悪くないか。
そうして俺達は封印の地の探索をスタートした。




