魔杖ディアボリ
「寂しいわ」
噴水前のベンチに腰掛けたマーネが重々しくため息を吐いた。
一日ぶりにログインしたのだが、マーネはずっとこの調子だ。とはいえ、楓が帰った後はいつもの事。もう少しすれば普段通りに戻るだろう。
「そんなに寂しいなら僕が代わりに慰めてあげるよ」
カモンと両手を広げるユーナだが、マーネは一瞥するだけで再びため息を吐いた。
「こんな暴走マッドサイエンティストに楓の代わりなんて務まる訳ないわ」
「酷い言われようだねぇ。僕も傷つく事はあるんだよ」
と、いつものニヤニヤとした笑みで言うユーナ。少なくとも今は傷ついていなさそうだ。
「そういえば、ユーナは昨日何してたんだ?」
「色々と作っていたよ」
「へぇ、どんな物を作ったんだ?」
「主に毒だねぇ」
……実にユーナらしい答えだ。
「掲示板でプレイヤーキラーが厄介な毒を使ってたというのを見たのだけれど」
あ、戻った。
「性能実験のためにいくつかPKクランに流したねぇ」
平然と語るユーナにマーネは頭を押さえた。
「貴女ねぇ」
「包丁だってその用途はただの調理器具だよ。なのにそれを人を害すために使う人間がいる。つまり、作り手にも道具にも罪はないという事だよ」
ユーナの言葉を要約すると、自分が作った物を誰かが悪意を持って使ったとしても、そこに自分の責任はないという事だ。
「毒っていう害をなす物を悪意を持って使うとわかっている相手に意図的に流すのは十分罪だと思うのだけど」
「僕の手を離れた時点で僕の与り知らぬ事だねぇ」
悪びれた様子もなくユーナは言ってのけた。
「あ、そういえばこんな物も作ったよ」
ふと思い出したとユーナはおもむろにアイテムボックスから青い液体が入ったビンを取り出した。
「まさか、それって」
それを見た瞬間、マーネは目を見開いて驚愕をあらわにした。
「マナポーションだねぇ」
「マナポーション?」
「普通のポーションとは違ってMPを回復するポーションよ」
[マナポーション]品質B
邪樹精の葉を用いた特殊なレシピで作られたMP回復薬。
効果:MP20%回復。再使用時間5分
「へぇ……ん?でも、前にMPを回復するアイテムは第三の街以降じゃないと手に入らないと言っていなかったか?」
「そのはずなのだけれど」
俺達は揃ってユーナの顔に視線を向けた。
「昨日、錬金術師のお婆さんと知り合ってねぇ。気が合ってレシピを教えてもらったんだよ」
「これが知れ渡ったら大変ね。大挙して人が押し寄せてくるわよ」
「それは面倒だねぇ」
俺にはよくわからないが、マーネがそこまで言うという事はそれだけすごい言葉なのだろう。
「オマケみたいに言っていたのに、どう考えてもこっちがメインでしょ」
「そうかい?とりあえず、作ったのは全部マーネにあげるよ」
新たに九本。計十本のマナポーションを取り出し、それをマーネに渡した。
「ありがたく受け取っておくわ」
「ああ、あと偶然だけどこんなのもできたよ」
次いで取り出したのはピンク色の液体が入ったビン。どうでもいいが、ポーションはどれも美味そうな色ではないな。
「貴女は……」
受け取ったビンを見たマーネは驚きを通り越して呆れた表情を浮かべた。
「さっきも言ったけど、これは本当に偶然できたものだよ。量産の目処は立っていないねぇ」
「……それは貴女が持っていて」
「いいのかい?」
「これが必要になるとしたら私かロータスだもの。いざという時に使えないという事がないように貴女が持っていた方がいいわ」
「なら、そうするよ」
「最悪、貴女なら使えなくても困らないし」
「酷いねぇ」
と、その時、マーネが話を切ってメニューを開いた。
「ミャーコから返信が来たわ。今から大丈夫だって」
俺達がこうして広場に止まっていたのは何も雑談に興じるためじゃない。
依頼していたマーネの杖を受け取るためにミャーコに確認を取っていたのだ。
ログインはしていたのだが、作業中だったのかメールを送ってもなかなか返信がなかったからこうして待っていたのだ。
「行きましょうか」
「返信が遅れてごめんニャ。作業中で手がはニャせニャかったのニャ」
「問題ないわ。むしろ、忙しいようなら日を改めるけれど」
「大丈夫ニャ。ちょうどひと段落したところニャ」
「なら、いいのだけれど」
「もうすぐルイーゼも来るはずニャ」
その時、タイミングよく応接室の扉が開いてルイーゼが入ってきた。
「ちょうど来たニャ」
「お待たせ〜」
いつも通りのおっとりとした様子でルイーゼはミャーコの隣に腰を下ろした。
「マーネちゃんが来るの待っていたわ〜。自信作だから早くマーネちゃんに渡したかったのよ〜」
そう言ってルイーゼはテーブルの上に一本の杖を置いた。
「ほぉ」
「これは」
「なかなかだねぇ」
その杖を見た俺達の口からそれぞれ感嘆の声が漏れる。
木製だというのにその杖は黒い光沢を持ち、どこか金属を思わせる。先端には透き通る赤い球があり、一目見ただけでそれが大きな力を秘めた一品だとわかる。
「まさか、名前付きなの?」
「そうよ〜」
「名前付きって?」
「視てみなさい」
[魔杖ディアボリ]品質A+
邪樹精の枝をメインに使用し、先端には火熊の胆石が取り付けられた杖。腕のいい職人と幸運によって高い性能を引き出された唯一無二の一品。魔石による強化がされている。
MATK+100
スキル:魔法効果上昇:小 MP消費軽減:小 火属性効果上昇:小
「100って……」
俺の持ってる剣はたしかATK+25とかだ。ATKとMATKの違いはあれ、四倍の数値は別格だろう。しかも、三つもスキルがある。はっきり言って他の装備とは格が違う。
「それに、名前が……」
ミャーコに前作ってもらった装備は『火熊の○○』となっていた。だというのに、この杖にはちゃんとした名前がついている。
これが名前付きという事なのだろう。
「極稀に名前がついた状態で完成する事があるの。それが名前付きよ。名前付きは総じて性能が高くてβ時代にもほとんど見かけなかったわ」
「私も名前付きができたのは二度目よ〜」
「作れるのは腕のいい職人だけだし、それも極稀よ。二度目も作れているのなら超一流と言っても過言ではないわね」
「あらあら〜、そんなに褒められると照れちゃうわ〜」
そう言うルイーゼだが、ふわふわとした笑顔からは照れは感じられない。
「いい装備をありがとう。大事にするわ」
魔杖を手に取り、その感触を確かめるように握り締めた。
「いえいえ〜、それが私の仕事だもの〜。自画自賛だけど、現状それ以上の杖はないと思うわ〜」
「でしょうね」
マーネとルイーゼはお互い満足そうに微笑を漏らし、性能を試したいからと俺達は早々にヘパイストスのホームを後にした。




