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ランチ

 翌日、俺は準備を整え、凛の家に再びやって来た。

 今さらインターホンを鳴らすような関係でもなく、俺はそのまま玄関をあがり、話し声のするリビングに向かった。

「来たわね」

「今日はちゃんと起きてるんだな」

「なによ、それじゃあまるで私がいつもちゃんと起きてないみたいじゃない」

「学校がある時、毎朝起こしに来てるのは誰だと思っているんだ?」

「……さあ?なんの事かしら?」

 顔をそらして(とぼ)ける凛にジト目を向けるが、凛は顔をそらしたまま決して俺の方を向こうとしない。

「まったく……」

「……おはよ」

 そんな凛に呆れていると、トコトコと楓がやって来た。

「ああ、おはよう楓。その服、似合っているな」

「……凛お姉ちゃんと……お揃い……なの」

 照れて顔を赤く染め、顔を俯かせるが、その声には嬉しさが滲んでいた。

「前に来た時に買ったのよ」

「ああ、あの時か」

 そういえば、見覚えのある服だ。着ているのを見るのは初めてだが、買う時には一緒にいたな。

「でも、あれだな。同じ服でも着る人によって印象は変わるな」

「そうかしら?」

 楓は可愛いという印象だが、凛は深窓の令嬢といった綺麗さがある。同じ服を着ているのにこうも印象が変わるものだ。

「そういえば、今日は日差しが強いからちゃんと日焼け止めは塗ったか?」

「当然よ。楓の綺麗に肌にシミができたら大変だもの。世界の損失だわ」

「凛は?」

「……覚えてたわよ」

 楓の方に視線を向けてみれば困ったような表情を浮かべている。

 ああ、これは忘れてたな。

「ちゃんと塗れよ。肌強くないんだから」

「仕方ないじゃない。普段家からでないんだから」

「凛はもう少し外に出ろ」

 夏休みが始まってから凛が外出したのなど俺の家に来た時を除けば一度両親と食事に行った時くらいか。

「ほら、これでいいんでしょ」

 不満そうにしながらも、凛は改めて日焼け止めを塗った。

「他に忘れ物はないか?ハンカチは持ったか?水分はこまめに取るようにしろよ」

「はいはい、わかってるわよお母さん」

「誰がお母さんだ」

「貴方って母親っぽいわよね。まあ、うちのママは貴方程口うるさくないけれど。ママが言ってたわよ『蓮君が私の代わりになんでも言ってくれるから楽だわ』って」

「あの人は……」

 仕事が忙しいのはわかるけど、昔からなんでもかんでも俺任せなんだよな。悪い人じゃないんだけど。

「それより、そろそろ行きましょうか。誰かさんのせいで思いのほか時間がかかってしまったし」

「十中八九凛のせいだけどな。あ、最後に知らない人に声をかけられてもついて行ったり、物を貰ったりするなよ」

「貴方は私達を何歳だと思っているのよ。もう自立した大人よ」

「自立した?」

「……もう子供じゃないわ」

「はぁ、まあいいや」

 俺はテーブルの上に置いてあったお揃いの麦わら帽子を手に取り、凛と楓に被せた。

「行こうか」






「今日の予定は?」

「とりあえず、お昼ね。その後は色々と見て回る予定よ」

 駅前の繁華街にやって来れば夏休みという事もあって

 友人同士のグループやカップル、親子連れなど大勢の人で賑わっていた。

 思い思いに過ごす人達だが、今やその多くの視線は一点に集まっている。

「……ん」

 集まってくる大量の視線に楓は居心地悪そうに俺の背中に隠れる。

 ただでさえ目を引く凛に加え、今日はタイプの違う美少女である楓もいるのだ。男であればこの美少女達に目が行ってしまうのも仕方ないかもしれない。

 まあ、隣に彼女がいるのにそんな事をしてしまえば、この後機嫌を直すのが大変そうだが。

「とりあえず、どこかの店に入りましょうか」

「そうだな」

 昔、大会でそれなりに注目されていた俺や日頃からこの手の視線に慣れている凛はそうでもないが、元々目立つのが苦手な楓には辛いだろう。

 楓も部活の大会で活躍して注目されているが、そこまでメジャーでもないし。

「無理そうだったら言えよ。視線だけならたぶんどうにかできるから」

「それをやったら大変な事にはなりそうだけれど」

「だから、できればやりたくないな」

 いざという時の最終手段だ。やらないで済むならそれに越した事はない。

「……大丈夫」

「もう少しの我慢だからな」

 ポンと楓の頭に手を乗せ、小さく俺の服の裾を掴む楓を引き連れて歩き出した。

「あそこに入りましょうか」

 視線を避けるように移動し、目についたカフェを凛が指差した。

「いいんじゃないか」

「なら、決まりね」

 楓にも確認するが、小さく頷くだけで否定の意見は出てこず、俺達はそのままカフェに入った。

「い、いらっしゃいませ」

 入ってきた俺達に女性店員が一瞬驚いた表情を浮かべるも、すぐに取り繕って接客を始めた。

 ふむ、同性であってもいきなり凛や楓が現れれば驚くか。

「これ、絶対勘違いしている顔よ」

「……うん」

 コソコソと二人で話す凛と楓。

「なんの話だ?」

「なんでもないわ」

「ふむ?」

 まあ、言う気がないのなら聞いても無駄か。

「お席にご案内します」

 そんな話をしているうちに店員が先導して歩き出した。

「こちらの席になります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 一礼して去っていく店員を見送り、メニューを開く。

「何がいいかしらね?楓は何がいい?」

 メニューを眺めながら凛は隣に座る楓に話しかける。

 席の配置は凛と楓が並んで座り、その対面に俺のという形だ。楓は席に着く時に凛が連れていった。

「デザートも色々あって美味しそうね」

「……ん、たくさん……あって……迷う」

「なら、お互い別々の物を頼んで交換し合いましょう」

「……うん」

 凛は甘い物が好きだが、楓も女の子らしく甘い物は好きだ。二人は楽しそうにメニューを見て頼む物を選んでいる。

「そうしていると本当の姉妹みたいだな」

「あら、いい事言うわね。近年で一番よ」

「どうやら、俺は最近大した事を言っていなかったらしいな」

 まあ、凛は楓の事を本当の妹のように可愛がっているし、楓も凛の事を本当の姉のように慕っている。本当の姉妹と言っても過言ではないだろう。

「蓮は何にする?このチョコレートケーキなんてオススメよ」

「それは凛が食べたいだけだろ。まあ、いいけどさ」






「このモンブラン美味しいわ」

「……チーズケーキ……も……美味しい……よ」

 運ばれてきたケーキに早速口をつけ、舌鼓を打つ。そして、今度はお互いに食べさせ合っている。

 そんな二人の様子を眺めながら俺は自分のチョコレートケーキを口に運ぶ。

「うん、美味い。ん?」

 俺も自分のケーキを楽しんでいると、楓がジッと俺のケーキを見ていた。

「食べるか?」

「……あ……えっと」

「ちょっと、それって」

 ケーキを一切れフォークで刺し、楓の前に差し出した。

「……あう」

 顔を赤く染め、キョロキョロと視線を彷徨わせた後、ジッと俺の差し出したケーキを見詰める。そして、小さく口を開け──。

「だ、駄目よ!」

 パクッと横から身を乗り出した凛が差し出していたケーキを横取りしていった。

「なんだ、凛もそんなに食べたかったのか?」

「とりあえず、貴方を殴るわ」

「何故だ?」

 そう言う凛だが、横取りしたのが恥ずかしかったのか凛は顔を真っ赤にしている。

「……凛お姉ちゃん」

 ケーキを食べられたせいか楓は頰を小さく膨らませ、凛を睨んだ。

「ご、ごめんなさい楓」

「……むぅ」

「心配しなくてもちゃんと楓にもあげるから」

 俺はもう一切れ取って改めて楓に差し出した。

「……うん」

 パクリとケーキを食べ、顔を俯かせた。

「美味いか?」

「……たぶん」

 その後、何故か妙な雰囲気になったが、俺達はデザートを最後まで楽しんだ。

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