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夜月楓

 ピンポーン!


「来たわ!」

 インターホンの音が聞こえたと同時に玄関へ駆けていく凛に苦笑を浮かべ、俺はその後をゆっくりと追いかけた。

「いらっしゃい!待っていたわよ!」

 俺が玄関に辿り着くと、そこには一人の少女が立っていた。

 凛と比べれば幼いが、同じ血を引くだけあってその顔はかなり整い、大きな瞳と小柄な体も相まって小動物のような可愛いらしさがある。サラサラとした綺麗な黒髪は肩口で切り揃えられ、顔を動かす度に揺れている。

 歳は俺達の一つ下で中学三年のはずだが、身長はかなり低い。楓の名誉のために具体的な数値は言わないが、三年前から変わっていない。色々と。

 夜月楓。凛の従妹であり、俺の幼馴染みでもある少女だ。

「さあ、上がって」

「……お邪魔します……凛お姉ちゃん。……蓮くんも……久しぶり」

「ああ、久しぶり」

 前にあったのは正月だからおよそ八ヶ月ぶりか。

「ああもう。なんで楓はこんなに可愛いのかしら!」

 我慢の限界を迎えた凛がギュッと楓に抱きついた。

「……あう」

「楓が困ってるから離してやれ」

「いや」

「嫌われるぞ」

「む……仕方ないわね」

 と、渋々楓を解放した凛に苦笑を漏らした。

「とりあえず、私の部屋に行きましょう。私はお菓子を用意するから先に行っててくれる。蓮」

「ああ、先に連れていくよ」

「頼むわよ」

 名残惜しそうにチラチラとこちらを見ながら凛はキッチンに向かっていった。

「悪いな。久しぶりに楓に会えて喜んでるんだ」

「……ん、大丈夫……だよ。……わたしも……会えて嬉しい……から」

「それならよかったよ。凛の奴、楓に嫌われたらしばらく立ち直れないだろうから」

 冗談じゃなく一ヶ月くらいは尾を引くだろうな。

「……蓮くん……は?」

「ん?」

「……蓮くんは……わたしに会えて……嬉しい?」

「もちろん嬉しいよ」

 俺はポンと楓の頭に手を乗せた。

「……なら……よかった」

 照れたように顔を俯かせ、小さくハニカム姿は凛じゃなくても思わず抱き締めたくなる程可愛い。

 ちなみに、実際にそれをやると十中八九凛に殴られるからやらないが。

「さ、凛の部屋に行こうか」

「……うん」

 俺は床に置いてあった楓の荷物を肩にかけ、先導して歩き出した。

 まあ、何度来た事があるから今さら案内なんて必要ないんだろうけど。

「……あ」

「置いていくぞ」

「……ありがと……蓮くん」






「……凛お姉ちゃんの……部屋……綺麗」

「楓が来るから気合入れて片付けたのよ」

「俺がな」

「お菓子も楓のために作ったのよ」

「俺がな」

「さっきからうるさいわね」

 普段は見せない上機嫌な凛だが、俺が口を挟むと不機嫌そうな目を向けてきた。

「自分でやってれば俺も何も言わないんだけどな」

「……ふふ」

 その時、楓から小さな笑い声が聞こえてきた。

「ほら、笑われちゃったじゃない。楓の前では格好いいお姉さんでいたかったのに」

「たぶん、もう手遅れだぞ」

「……ごめん……なさい。……昔から……変わらず……仲良し……だから……懐かし……くて」

「一番仲良しなのは私と楓よ!」

 反射的に楓に抱きつこうとする凛に手を伸ばし、その襟を掴む。

「なにするのよ」

「飲み物持ってるところに抱きつくな」

「あ」

 まったく、いつもはクールで理知的なくせに楓の前だと考えなしで行動するんだから。

「それより、今回泊まりに来たのってこっちで部活の大会があったからなんだろ?」

「……うん」

「言ってくれれば応援に行ったのに」

「ええ、本当よ」

「……恥ずかしい……から」

 まあ、凛は楓の前だと人目も(はばか)らずに抱きついたりするからな。ただでさえ人目を引く凛がそんな奇行に走れば当然目立つ。

 目立つのが苦手な楓からしたら勘弁してほしいだろうな。

「でも、最後の大会だったんでしょ?楓が優勝するところ生で見たかったわ」

 楓が優勝する前提で話す凛だが、そこについては俺も疑っていない。中学三年間で無敗を貫いていたし、昔から向かう所敵なしだったからな。

「ああ、明日には帰ってしまうなんて。どうして神様は私にこんな試練を与えるのかしら」

「人生イージーモードの奴が何言ってるんだか」

 美貌、頭脳、強運。体力はないが、運動神経も抜群。そんな四拍子揃った完璧超人のくせに。

 家事はできないけど。

「肝心な時に役に立たないんだから私の強運も使えないわね」

「日頃の感謝が足りないんじゃないか」

「神棚でも置こうかしら」

「その手入れするのは俺だろうけどな」

 チラリと楓を見れば俺達のやりとりを楽しそうに見ている。

「楓がずっとうちにいればいいのに。そうだわ!」

 何かを思いついたように立ち上がった凛は楓の前で片膝立ちになり、その手を取った。

「結婚しましょう」

「……ふえ?」

「大丈夫。従妹は結婚できるから」

「二人の間にある障害は血じゃなく性別の壁だ」

「アメリカに行きましょう。そこなら同性婚が認められている場所もあるわ」

「言ってる事が結奈と変わらんな」

 そんな他愛のない話を続け、気づけば外はすっかり暗くなっていた。

「そろそろいい時間だし、俺は帰るよ」

「そう。あ、明日は買い物に行くから」

「ああ、わかった」

「……三人……で……行くの?」

「私は楓と二人でもいいのだけれど、蓮が」

「凛と楓の二人で出歩いてみろ。ロクに買い物なんてできないぞ」

 凛一人でも外を歩けばナンパとスカウトが集まってくるのだ。そこにタイプの違う美少女である楓も加われば男共が放っておく訳がない。放っておくようならそいつの目は節穴だ。

「じゃあ、また明日な」

「ええ、おやすみ」

「……おやすみ」

「おやすみ。あ、凛が鬱陶しかったらいつでもうちに来ていいからな」

「いいから早く帰りなさい」

「はいはい」

 俺は二人に手を振り、凛の部屋を後にした。


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