輸送隊の護衛
「なんとか逃げ切れたな」
少し前からアースドラゴンの姿は見えなくなっていたが、それでも万が一に備えて走り続け、デューオの街が見えてきたところでようやく足を止めた。
「ええ、そうね」
隣を走っていたマーネも立ち止まり、後ろを確認して短く息を吐いた。
「あれはなんだったんだ?」
「堅牢なる荒野のレアモンスターよ。一番最初に遭遇するドラゴンでもあるわ」
そういえば、ニーベルンゲンのリーダーは竜殺しと呼ばれているって言ってたっけな。もしかして、あのアースドラゴンを倒したのだろうか?
「いやはや、おかげで助かったよロータス君。お礼に僕の胸を好きなだけ揉める権利をあげようじゃないか」
前に聞いた二つ名について考えていると、肩に担いだままだったユーナがそんな事を言ってきた。
「ロータス、そのまま戻ってその贅肉をロックドラゴンに差し出してきて」
「おっと、マーネの前で悪い事を言ってしまったねぇ。マーネの可愛らしい胸じゃ揉む事ができないというのに」
「……ロータス、やっぱりいいわ。私が直々に差し出してくるから」
「ふふ、怖いねぇ」
感情の消え去った顔で迫るマーネにユーナは俺の肩からヒョイッと飛び降り、街の方へ駆けていく。
「待ちなさい!いえ、いっそ死になさい!」
「ふふ、僕はこんな所で死ねないのさ!」
相変わらず仲いいな。
予定よりも早く戻ってくる事になったが、依頼の時間まで一旦ログアウトしているとちょうどいい時間になった。
その頃にはマーネも落ち着き、いつも通りの様子に戻っている。
「今回は遅れずに来たのね」
「もちろんだよ。僕が一度でも時間に遅れた事があったかい?」
「今日も遅刻した癖に何言ってるのよ」
「おや?そうだったかな?」
そんな話をしながら待ち合わせの門の前に行くと、そこには三台の馬車が並び、周りには十人程の人がいる。
「おや、もしかして君達が依頼を受けてくれた人かな?」
「ええ、そうよ」
やって来た俺達に気づいた輸送隊のリーダーらしき人の良さそうな男がが話しかけてきた。
「僕はレムト。この街の商業ギルドで副マスターをやっていて今回の輸送隊のリーダーを任されているよ」
「私はマーネ。こっちはロータスとユーナよ」
「よろしく頼むよ。こっちはもう準備できているけど、そっちはどうかな?」
「問題ないわ。いつでも大丈夫よ」
「なら、早速出発しようか」
レムトの一声で輸送隊はすぐに動き出し、すぐに出発した。
「護衛は二回目だけど、前回とはやっぱり違うな」
「まあ、前回はほとんどピクニックだったからね」
「今回もそれくらい楽ならいいんだけど」
「そう上手くはいかないでしょうね」
その懸念が現実のものになったのは始まりの街までの道を半分程行った時の事だった。
「む」
時折遠視を使いながら周辺を監視していた俺の目にこちらに向かってくる大量のゴブリンの姿があった。
「逆からも来てるな」
しかも、逆側からも同じくらいの数のゴブリンが押し寄せ、輸送隊を挟み込むように迫ってくる。
「マーネ、左右から大量のゴブリンが迫ってきている」
「数は?」
「正確な数はわからないけど、おそらく百以上」
まずいな。数が多過ぎる。これだけの数じゃ挑発を使っても引き寄せられるのは片方の一部だけだろう。
俺に向かって来てくれるならなんとかなるが、これを三人……というか、実質二人で輸送隊を守り抜けるだろうか?
「で、ユーナは何をやっているんだ?」
「大した事じゃないよ」
何か俺の腰の辺りでゴソゴソやっていたユーナが離れた後、腰を見てみると拳大の袋のような物がつけられていた。
「ロータス君、ちょっとこのまま向こうに行ってくれるかな」
そう言ってユーナは輸送隊の後方を指差した。
「む?」
マーネに視線で尋ねると、マーネは一瞬ユーナの方に視線を向けた後頷いた。
◇◆◇◆◇◆
「あれはなんなの?ゴブリンがロータスの方に向かっていっているけれど」
私の視線の先では輸送隊を左右から挟み込もうとしていたゴブリンが狙いを変え、ロータスに向かっていく光景があった。
「キノコモドキというモンスターがいるだろう。キノコモドキはモンスターを集める匂いを発するそうじゃないか。だから、その効果を持ったアイテムが作れないかと考えて作ったのがあれだよ」
あれっていうのはユーナがロータスの腰に括り付けていた袋の事ね。
昨日一人でいなくなった時に毒と一緒に作ったのでしょうね。
「ロータス君に風上に行くように言ったおかげで上手い事誘導できたみたいだねぇ」
「つまり、ロータスを囮にした訳ね」
私もスケルトン相手に同じような事をしたからこれに関しては責められないわね。それに、ロータスならこれくらい何も問題もないでしょうし。
「一人で殲滅できそうな勢いだねぇ」
視線の先ではロータスがゴブリンに囲まれながらも次々と一刀の元に斬り伏せていた。
背後から迫る短剣持ちを振り返りざまに首をはね、突き出された槍を掻い潜って眉間に一突き。飛来した矢を首を傾けて躱し、躱した事で矢が刺さって怯んだゴブリンを両断する。
回復が使えるゴブリンもいるけれど、一撃で倒してしまえばそれも関係ない。
瞬く間にゴブリンの数を減らしていく光景には周りにいる輸送隊の面々も驚愕の表情を浮かべている。
「私達も行くわよ」
ほとんどのゴブリンはロータスが引きつけてくれているけれど、数体のゴブリンがこっちに向かってきている。
それを魔法で倒し、ロータスを囲むゴブリンを外側から攻撃して数を減らしていく。
この調子ならすぐに片がつきそうね。
◇◆◇◆◇◆
ユーナのつけた袋の効果なのか、集まってきてくれたおかげでゴブリンを思ったよりも簡単に倒す事ができた。
最後の方に効果が切れたのかゴブリンが散らばってしまったが、その頃には数もだいぶ減っていたおかけでマーネと協力して殲滅する事ができた。
「いやー、すごいね君達は」
馬車の近くまで戻るとレムトが感心した様子で話しかけてきた。
「仲間のサポートがあったからこそだ。俺一人だったら被害を出さずに倒す事はできなかった」
「つまり、僕のおかげでという訳だねぇ」
得意げに胸を張るユーナだが、今回はユーナの作ったアイテムの力が大きかったのは確かだ。
「じゃあ、そろそろ移動を再開しようか」
「ええ、構わないわ」
その後は散発的なゴブリンの襲撃はあったが、最初程の大規模な襲撃はなく、無事に始まりの街に辿り着いた。
「おかげで助かったよ。これで依頼は達成だ。ありがとう」
「私達は受けた依頼を果たしただけよ」
「それでもだよ」
レムトは感謝の言葉を告げ、マーネに一枚の紙を渡した。
「これを冒険者ギルドに持っていけば報酬をもらえるようになっているよ」
「ええ、わかったわ」
「じゃあ、またいつか縁があったらね」
輸送隊を率いて去っていくレムト達を見送り、俺達は冒険者ギルドに向かって歩き出した。




