ドラゴン
〈アーツ:スマッシュを取得しました〉
「む?」
「その様子だと新しくアーツを取得できたみたいね」
「ああ、スマッシュっていうアーツだ」
この口振りだと最初からこうなると予想していたみたいだな。
「そのアーツは打撃系のアーツよ。ここでは有効だと思うわ。まあ、それでも少しはマシといった程度でしょうけど」
少しとはいえ与えるダメージが増えるのはありがたい。さっきのような戦闘が続くと時間ばかりがかかってしまう。
「ちなみに、他のプレイヤーはどうやってロックタートルと戦うんだ?」
「一人が盾で石礫を防ぐ。それ以外が囲んでハンマーで叩く。貴方は予想しているでしょうけど、石礫を放った後は防御力が下がるから特にそこを狙って攻撃を仕掛けるわ」
俺達にはできなさそうな方法だな。
「まあ、他にもっと簡単な方法もあるのだけれどね」
「そうなのか?」
「ええ。近くに他のロックタートルはいる?」
「む?少し待ってくれ」
俺は遠視を使って周囲を見回し、ロックタートルを探す。
「いた。あっちに百メートルくらい行った所に一匹いる」
アーツなしではわからないが、遠視を使う事でかろうじてゆっくりと移動するロックタートルの姿が確認できた。
「行ってみましょうか」
歩き出したマーネに続いて歩き、俺達はロックタートルに近づいていった。
「ユーナ」
「ん?ああ、そういう事かい」
俺達に気づいたロックタートルはすぐに甲羅に引きこもってしまうが、ユーナはお構いなしに目の前まで近づいた。
そして、アイテムボックスから見るからに毒々しい紫色の液体が入ったビンを取り出し、それをロックタートルに投げつけた。
ロックタートルの甲羅に当たったビンはパリンッと音を立てて割れ、中の液体を撒き散らせた。
その直後、その液体を浴びたロックタートルが震え出す。
石礫を飛ばしてくるのかと警戒するが、予想がおかしい。
甲羅に引っ込めていた頭と足が出てくると、ぐったりとした様子でそのまま地面に投げ出した。
「HPが減っていってる?」
「毒に麻痺の状態異常ね。ロックタートルは物理、魔法に高い防御力があるけれど、状態異常には弱いのよ」
「なるほど」
こうなってしまえばいくら甲羅が硬かろうと関係ない。無防備な頭に剣を振り下ろすとさっきの苦労が嘘のようにダメージが通り、瞬く間に倒せた。
「簡単だな」
「毒を用意できるのならこれが一番楽な倒し方よ。毒の調合は難易度が高いからそう簡単には用意できないけれどね。普通は」
チラリと隣に立つユーナに視線を向けるマーネ。
「普通の毒でも難しいのに毒と麻痺の複合効果を持つ薬を作るなんて相変わらずね。というか、麻痺っていう事は詐欺師の森の素材を使ったのでしょうけど、どこから手に入れたの?」
「ロータス君にもらったよ」
「ロータス……」
ユーナの言葉にマーネは俺にジト目を向けてきた。
前にミャーコにアイテムボックスの中にあった素材を売ったが、その全てを売った訳ではない。何かに使う時がくるかもしれないとマーネに言われていくつか残しておいたのだ。
ユーナがそれを欲しいと言ったから渡したのだが、たしかにこの手の効果がある素材をユーナに渡すのは安易だったかもしれない。
「まあいいわ。このアイテム自体は有益な物だし」
「当然だよ。この僕が作った物なんだからねぇ」
自信満々に豊かな胸を張るユーナ。今回はばかりはそれを否定できないな。
「いつもこうならいいのだけれど。それより、先に進みましょう」
「また気配察知に反応が」
辺りを見回してみるが、見えるのは岩の不毛の荒野ばかり。だが、ロックタートルのような例もある。よく目を凝らして見ると固まって転がっていた石が動き出し、集まって三メートル程の人の形になった。
ロックゴーレムLv14
種族:魔法生物
「ファンタジーの定番、ゴーレムね。動きは遅いけど、攻撃力と防御力が共に高いわ。しかも、種族が魔法生物のモンスターは状態異常が効かないわ」
「って、事はまた時間がかかるのか」
「一応、弱点はあるわよ。体のどこかにコアがあってそこを攻撃すれば通常よりも大きなダメージが与えられるわ」
「どこかってどこだ?」
「どこかはどこかよ」
改めてロックゴーレムを見てみるが、一見しただけではコアらしきものは見えない。
「ちなみに、コアは体の中にあるから外からは見えないわ」
「それ、どうやって見つけるんだ?」
「方法はあるわよ。見ていて」
そう言うとマーネは詠唱を始め、風の矢をロックゴーレムに放った。
動きの遅いロックゴーレムに避けられるはずもなく、風の矢はわずかに時間差をつけて次々と着弾していく。与えているダメージは大きくないが、なるほど、そういう事か。
「どう?」
「ああ、わかった」
マーネの意図を察した俺はロックゴーレムに向けて駆け出し、繰り出された拳を掻い潜って空いた脇腹に剣を振るう。
(スマッシュ!)
覚えたばかりのアーツを使用した一撃。手に残る感触は硬い岩を叩いたものだが、その感触に反してロックゴーレムは大袈裟に身を仰け反らせる。
HPもその一撃で目に見えて減少し、一割程減っている。
ロックタートル一体を倒すのに十五分間近くかかったのを考えると、それよりもレベルの高いロックゴーレム相手に一撃で一割削れるのは十分なダメージと言えるだろう。
アーツを使ったとはいえ、本来ならここまでのダメージはでないはずだ。一撃でこれだけ与えられたのは弱点であるコアを攻撃したからだ。
最初にマーネの使った魔法はダメージを与えるのが目的ではない。与えたダメージの違いからコアの位置を割り出すためのもの。
十本以上あったとはいえ、一度でコアに当てたのは流石マーネだと思うが。
おかげで俺はコアの場所を把握し、そこに攻撃を叩き込んだのだ。
今のでマーネもコアの位置を把握し、的確に風の槍をコアの位置に叩き込む。
こうなってしまえば動きの遅いロックゴーレムなどただの的でしかない。
俺達は次々とコアに攻撃を叩き込んでいった。
〈レベルが13になりました〉
〈SPが2ポイント加算されます〉
「もうレベルアップか」
「ワイルドオーガの経験値の繰り越しがあったのでしょうね。それに、ここのモンスターは通常モンスターでも格上だし」
「それもそうか」
それにしても、ここにいるモンスターはああいうモンスターばかりなんだな。気配察知に引っかかるからいいが、それがないと見つけるだけでも面倒だ。
「僕的にはここのモンスターはあまり面白くないねぇ。面白そうな素材も手に入りそうにないし」
ここのモンスターは物理特化っぽいし、錬金術の素材になりそうなモンスターはたしかにいなさそうだしな。
それからしばらく堅牢なる荒野での狩りを続けたが、出てくるモンスターは硬いモンスターばかりでどれも時間がかかり、効率はあまりよくなかった。
「何か面白い事はないかねぇ。例えば、あの岩山が動き出すとか」
ここまで退屈そうにしていたユーナが歩きながら前方に見える高さ二十メートル程の岩山を指差した。
「流石にないだろ」
「あら、そうとは限らないわよ。もしかしたら、本当に動き出すかもしれないわね」
「できれば勘弁してほしいな」
流石にあんな大きさのモンスターとは戦いたくない。
「こういうのをフラグというのかねぇ」
岩山を見上げていたユーナがポツリと呟いた直後、岩山が震え出し、さらに高くなった。
いや、正確に言うなら伏せていたそれが立ち上がったのだ。
力強く大地を踏みしめる強靭な四肢。その頭から長い尻尾の先まで岩に覆われ、どこか恐竜を思わせる顔が遥か高みから俺達を見下ろしている。
さっきマーネはゴーレムに対してファンタジーの定番と言ったが、これこそがファンタジーのド定番。その手の知識が疎い俺でも知っている存在。
ドラゴン。
アースドラゴンLv20
種族:竜
「GYAAAAAAAAA!!!!!」
大気を震わせる咆哮に思わず仰け反らされてしまう。
ジャイアントボアもデカイと思ったが、この巨体の前にはジャイアントボアでも丸呑みにされてしまいそうだ。
「ふふ、この目でドラゴンを見る事があろうとはねぇぇ」
「どうするんだ?」
「逃げるわ。広範囲を焼き尽くすブレスと自己回復を持つドラゴンは現状倒せる相手じゃないわ」
言うが早いかマーネは踵を返し、アースドラゴンに背を向けて駆け出す。
「待っておくれよ」
俺もそれに続くが、後ろから聞こえてきたユーナの声に足を止めた。
「僕のステータスじゃ走っても逃げ切れそうにないねぇ」
「……いっそ、ユーナを囮に逃げるというのはどうかしら?」
「そんな事言わないでほしいねぇ。親友じゃないか」
「仕方ないわね。ロータス」
マーネの言葉に頷いて俺はユーナの元まで戻り、肩に担ぎ上げた。
「おや、こういう場合はお姫様抱っこじゃないのかい」
「余裕があるようね。ロータス、下ろして自分で走らせなさい」
マーネの横に並ぶとすぐに軽口を叩くユーナにマーネは鋭い視線を向ける。
「冗談だよ。それに、ロータス君はこっちの方が嬉しいだろう?」
「む?」
「お姫様抱っこじゃ胸の感触を堪能できないからねぇ。これなら胸の感触もわかるだろう?」
そう言ってユーナは俺に胸を押しつけてくる。
「ロータス、下ろさなくていいわ。今すぐ放り投げなさい」
底冷えするマーネの声に苦笑を浮かべ、どう宥めようか考えていると、すぐにそんな状況ではなくなる。
「GYAAAAA!!!」
アースドラゴンの咆哮にチラリと背後を窺うと、アースドラゴンが口内に炎を溜めている姿があった。
「マズイわね」
マーネもそれを確認し、眉を顰めて呟く。
「少しくらいの妨害にはなるかしらね。ダーク」
マーネがアースドラゴンに杖を向けた直後、アースドラゴンの視界を塞ぐように黒い靄のようなものが現れた。
「GYA?」
突然視界を塞がれた事に一瞬困惑した様子のアースドラゴンだったが、それでもお構いなく口から炎を吐き出した。
レッドベアがブレスを吐こうとした時はマーネが魔法で口を塞いで封じたが、あの巨体相手ではそれもできそうにない。
「ロータス!」
マーネに呼ばれ、俺は咄嗟にユーナとは逆側の肩に担ぐ。
マーネはその体勢で杖を俺のすぐに後ろに向け、魔法を放つ。
「ウィンドバースト」
すぐ後ろで撒き散らされた暴風によって俺の体は吹き飛ばされ、迫り来る炎から距離を取った。
それによってなんとかブレスの範囲から逃れた俺達は空中で体勢を整えて着地し、そのまま振り返る事なく駆け出した。




