堅牢なる荒野
「時間までどうするんだ?」
ギルド職員に依頼を受けると伝えると、感謝された後で詳しい説明をされた。
護衛対象はポーションを運ぶ三台の馬車と商業ギルドの職員十人。時間はゲーム内時間で9時に門の前に集合となっている。時間まではまだたいぶある。
「この街の先のフィールドにでも行ってみましょうか」
「そうだな」
これといって準備をしなければならない事もないし、それなら時間まで次のフィールドを見るというのはいいかもしれない。
「なら、決まりね」
俺達は時間までの予定を決め、移動を開始した。
「そういえば、ポーションを俺達がアイテムボックスに入れて運ぶのじゃ駄目なのか?」
「それは無理よ。他人の持ち物はアイテムボックスに入れられないの」
マーネはポーションを一本取り出し、俺に渡してきた。
「たしかに入れられないな」
そのポーションをアイテムボックスに入れようとしてみるが、マーネの言った通り入れられない。
「今の状況だとただ渡しただけ。私が貴方にあげるって思う事で初めてそのポーションは貴方の物になるの」
「あ、入った」
「アイテムボックスに入れられないだけじゃなくて使う事もできないわ」
「なら、誰かに奪われるという事もないのか?」
使えもしないなら奪う理由なんてないしな。
「いえ、死に戻った時はアイテムボックスの中からランダムでいくつかその場に落としてしまうの。それは所有者がいない物だから使えるしアイテムボックスにも入れられるわ。だから、それを狙って襲ってくるプレイヤーキラーもいるわ」
プレイヤーキラーといえば、前に襲われたような奴か。……ふむ。
「貴方が思い浮かべているのは特殊な例よ。あれは別の目的で動いているから」
まあ、たしかにアイテム狙いで襲ってきた感じではなかったな。
「そもそも、僕なら例えアイテムボックスに入れられるとしても頼まないけどねぇ」
「む?」
「僕達はこの世界の住人からすれば突然現れた得体の
知れない存在だよ。実力を信頼はしても、人としては信用されていないだろうねぇ」
「確かにそうかもしれないな」
そんな相手に大切なポーションを預けようとは思わないか。
「だから、私達の役目はあくまで護衛なのよ」
「なるほどな」
そんな話をしているうちに次のフィールドへ続く門に辿り着いた。
「この先のフィールドの名前は堅牢なる荒野。今までに行った他のフィールドよりも強いわ」
「だろうな」
「まあ、貴方なら問題ないでしょうけどね。じゃあ、行きましょうか」
そうして俺達は新たなフィールドへと足を踏み入れた。
堅牢なる荒野は西の荒野と比べてそこまで違いがあるようには見えない。北の森と詐欺師の森では植生なんかが違ったが、ここはそういう違いも一見しただけではわからない。
西の荒野よりも岩が少し多いくらいだろうか。
「む?」
そんな変わり映えしない景色を眺めていると、気配察知に反応があった。
だが、辺りを見回してみてもモンスターらしき姿は見えない。
「貴方が探しているのはあれかしら?」
モンスターを見つけられない俺に見かねたマーネの指差す方に視線を向けてみるが、そこには岩が一つあるだけ。
「いや、動いている?」
よく見てみると、岩から亀の頭と足のようなものが出ていてパッと見ではわからないくらいゆっくりと移動していた。
ロックタートルLv12
種族:魔獣
「亀?」
「ロックタートルね。気配察知が効く分だけマシだけれど、一見するとただの岩にしか見えないモンスターよ。見た目通り動きが遅い代わりにとても硬いわ」
新しく買った剣の試し斬りをしたかったんだけどな。それにはあのモンスターは向いていなさそうだ。そもそも、あれは斬れるのか?
「斬撃系、刺突系の攻撃は効果が薄いわね。打撃系はいくらかマシね」
「魔法は?」
「ロックタートルは土属性のモンスター。一番有効なのは風属性なのだけれど、風属性の特徴として威力が低いの。魔法耐性もそれなり高いからあまり期待はできないわね」
ある意味厄介なモンスターだな。俺には打撃の攻撃などないし。
「ダメージは低くても少しは与えられるから攻撃し続ければいつかは倒せるわよ」
つまり、倒すまで攻撃しろという事か。
手を出す気がなさそうなマーネの様子に何か理由があるのだろうと考え、俺は大人しく剣を抜いてロックタートルに近づいていく。
それに気づいたロックタートルは首を伸ばし、俺を方を見る。そして、すぐに岩のような甲羅の中に頭と足を引っ込めた。
こうして見るとただの岩にしか見えないが、これでもれっきとしたモンスターだ。ピクリとも動かないロックタートルの目の前まで近づき、躊躇いなく剣を振り下ろした。
「硬いな」
だが、その硬さは本物の岩と変わらない。振り下ろした剣は容易く弾かれ、手に走った衝撃に思わず剣を取り落としてしまいそうになった。
HPを確認してみるが、減っているのはほんのわずか。十や二十攻撃したところで倒せないだろう。
とはいえ、やるしかないのだから文句を言っていても仕方ない。
普段は隙が大きくて使いづらいヘビースラッシュやダブルスラッシュ。それに、覚えたきり一度も使っていなかったトリプルスラストといったアーツを積極的に使っていく。
「おかしい」
だが、そのHPが三割を切ったくらいで違和感を覚えた。
たしかに硬くて面倒なモンスターだが、戦う相手としては簡単過ぎる。動きもせず、反撃もしてこないモンスターなどただの的でしかない。
最も難易度の高い西側のモンスターがこのまま大人しくやられる訳がない。
そう考えていたからこそ今まで微動だにしなかったロックタートルの体が震え出した事に危機感を覚え、一旦距離を取った。
その直後、甲羅の岩が弾け飛び、散弾のように四方八方に飛び散った。
事前に距離を取っておいた分だけ余裕があった俺は冷静に飛来する石礫を見極め、剣で叩き落としていく。
それをなんとか凌ぎ切った俺は今なら防御力が落ちているのではないかとロックタートルに視線を向けるが、そこには甲羅があっという間に元通りになっていく光景があった。
「楽はさせてくれないな」
結局その後、何度か放たれる石礫を防ぎながら攻撃を積み重ね、十五分以上かけてなんとか倒す事に成功したのだった。




