エリアボス:VSワイルドオーガ
ワイルドオーガLv15 エリアボス
種族:妖精
「あれがワイルドオーガか」
赤い皮膚に覆われた身長は三メートル程。凶悪な顔には鋭い歯が並び、全身が分厚い筋肉で覆われている。腕は丸太のように太く、一度掴まれれば逃げ出す事はできないだろう。
あの見た目で種族が妖精というのは違和感があるが、思い出してみればゴブリンの種族も妖精だったけな。
「気をつけるのはスタン効果のある咆哮と岩投げね」
「咆哮はともかくとして岩投げ?」
「その辺に岩が転がっているでしょ。あれを投げてくるのよ」
たしかに辺りには俺の身長くらいありそうな岩がいくつも転がっている。
「咆哮は私が止めるわ。貴方は自分に向かってくる岩だけに気をつけなさい。それから、今の装備なら一撃だけ直撃も耐えられるわ」
「ああ、わかった」
俺が前に進み出ると、俺に気づいたワイルドオーガがこちらを向いて咆哮をあげた。
「ガアァァァァァ!!」
ふむ、スタン効果があると言っていたが、この距離なら大丈夫なようだな。
俺はワイルドオーガに躊躇なく駆け出し、距離を詰めていく。
「ガァァ!!」
俺を迎え撃つべく振り下ろされた豪腕が唸りをあげて迫り、そのまま俺の体を捉えた。
これが現実なら全身の骨が砕けていたであろう一撃は俺の体をゴムボールのように弾き飛ばし、マーネ達のいる場所まで押し戻した。
「なるほど、強烈だな」
空中で体勢を整えて着地し、HPを確認すれば今の一撃だけで二割近くまで減っている。
「どう?」
「ああ、今ので速さと間合いはわかった」
俺はもう一度駆け出し、ワイルドオーガに肉薄する。
「ガァァ!!」
再び振り下ろされた豪腕だが、それはもう見た。
足を止める事なく一歩横にずれて躱し、そのまま胴を薙ぐ。
その一撃はスキル『無技の剣』による効果で通常攻撃ながらスラッシュと同等のダメージを与えられる。とはいえ……。
「分厚い筋肉に覆われている分ダメージの通りはイマイチか」
おっと、忘れないうちに。
(挑発!)
杖を変えた事でマーネの火力は上がっている。しっかりヘイトを集めておかないとワイルドオーガの注意がマーネに向いてしまいかねない。
現に俺が挑発を使い終わったタイミングで直撃した火槍は逆境発動状態の俺の三倍近いダメージを与えている。
挑発を使っていても攻撃の手を緩めればすぐにマーネのヘイトが俺を上回ってしまうだろう。
「ガァ!!」
目の前をうろちょろする俺を追い払おうと放たれた蹴りを躱し、さらに斬りつける。
ワイルドオーガが着ているのは腰に巻いている布だけだ。そのおかげでよく見える。
ワイルドオーガの全身を視界に収め、そのわずかな筋肉の動きから動きを読む。こんなところまでリアルに作られているんだな。
横薙ぎに振るわれた腕に合わせてワイルドオーガの周りを移動し、斬りつけながら背後に回る。
「ふむ」
体格差があるせいで狙えるのがどうしても胸よりも下になってしまう。さらなるダメージを狙うならもっと上を狙いたいところだが。さて……。
「ガァァ!!」
振り返りざまに振り下ろされた拳を跳び上がって躱し、そのままその拳に着地。素早くその腕を駆け上がり。
(ヘビースラッシュ!)
太い首へ今使える最大の攻撃を叩き込んだ。
「グアァ!?」
予想外の攻撃に一瞬怯んだワイルドオーガだったが、すぐさま逆の腕を伸ばしてくる。
だが、それよりも早く飛来した風槍がワイルドオーガの顔に直撃し、それによって撒き散らされた風によって煽られ、ワイルドオーガから距離を取った。
その間にアーツ後の硬直は解けたが、ここは相手の間合い。さっきまでは密着していたせいでワイルドオーガは思うように戦えなかったが、この距離なら違う。
ワイルドオーガは頭上で両手を組み、ハンマーのようにして振り下ろしてくる。
あれを受けるのはよくないな。
素早く地を蹴って駆け出し、自らワイルドオーガに向かっていく。そのままスライディングで股下を潜り抜けた直後。
背後で激しい音と揺れが轟き、その一撃によって地面が砕け散った。
「大した威力だ。だが、隙だらけだ」
そのままがら空きの背中に何度も剣を振るい、ダメージを積み重ねていく。
その時、ワイルドオーガが大きく息を吸い込み始めた。
咆哮か?スタン効果があると言っていたが……。まあ、問題ないな。
ワイルドオーガが咆哮をあげようと口を開いた瞬間、その口内に火の槍が飛び込んだ。
「ーー!!!」
それによって咆哮は止まり、代わりに声にならない叫びをあげた。
流石はマーネだ。
◇◆◇◆◇◆
「ロータス君は相変わらずだねぇ。あの距離で戦っていながらかすりもしない」
右手に串焼き、左手にジュースを持って完全に観戦モードに入っているユーナが話しかけてきた。
「力は強くても攻撃は単純で大振り。ロータスに当たる訳ないわ」
「そうだねぇ。僕も安心して見ていられるよ」
「貴女はくつろぎ過ぎよ」
「映画よりも迫力があって面白いねぇ」
現状戦う術がないから仕方ないのだけれど、ここまで何もする気がないと一言言いたくなるわね。
でも、逆に考えれば大人しく観戦してるだけマシかしら。
「ロータス君が翻弄しだしたよ。こうして見ていてもよくわからないねぇ」
離れた位置から見ていてなお、ロータスの動きを捉え切れない。
一瞬にしてワイルドオーガとの距離を詰め、気づいた時には離れている。
人は無意識のうちにも相手の動きを予測する。だけど、ロータスわずかな予備動作すらもなくす事によって相手に動きを読ませない。
なまじ知能の高い人型モンスターだからこそ有効な技だ。
加えて筋肉の動きからすらも相手の動きを読める程の目を持つロータスなら相手の動きに合わせて常に死角に入る事だってできる。
そういえば、この前のプレイヤーキラー相手にもやっていたわね。
「おや?あれ、こっちに投げようとしていないかい?」
そんな事を考えていると、転がっているは岩を掴んだワイルドオーガがそれをこちらに向かって振りかぶっている。
「ロータス君がなんとかしてくれるかねぇ?」
「自分に向かってくる岩だけ気をつけろって言ってあるからしないでしょうね」
それに、あれくらい私一人でどうとでもなる。
ロータスの攻撃も物ともせず、ワイルドオーガは振りかぶった岩を投げてくる。
「そこね。ウィンドバースト」
杖の先から放たれたのはウィンドボールよりも二回り程大きな風の球。風魔法Lv4で覚える魔法だ。
角度を合わせて放ったウィンドバーストは飛来する岩に当たり、強烈な暴風を撒き散らした。
「止まっていないねぇ」
「問題ないわ」
そそくさと私の後ろにユーナが隠れた直後、飛来した岩が私のすぐ横を通り過ぎていった。
「なるほど、上手く逸らすものだねぇ」
あれだけ質量のある物体があの勢いで飛んできたら今使える魔法で撃ち落とすのはまず不可能。でも、軌道を逸らすだけなら可能よ。
「やっぱり、君達コンビは最強だねぇ」
「当然よ」
◇◆◇◆◇◆
「ふむ」
チラリと岩の飛んでいった方を確認してみるが、マーネは何事もなかったように立っている。まあ、マーネならあれくらいどうとでもするだろう。
ユーナは……まあ、大丈夫だろう。大人しくやられる程可愛げのある奴じゃないし。
(挑発!)
再使用できるようになった挑発でさらにヘイトを集め、さらなる攻撃を仕掛ける。
袈裟斬りを叩き込み、相手が反応するより早く背後に回る。俺を見つけられず苛立つワイルドオーガの背中を踏み台にして跳び上がり、首へ一閃。
振り返るよりも早くワイルドオーガの体に足をつけてフロントステップを発動し、素早く着地する。
足さえついていれば体勢も関係なく移動できる便利なアーツだ。サイドとバックはともかく、フロントステップは発動後の硬直もほとんどないから隙なく使えるのもいい。
ついでにすぐ横にある太い足を斬りつけ、そのまま死角へ潜り込む。
痺れを切らしたワイルドオーガはがむしゃらに暴れるが、戦いの中で冷静さを欠くなど愚策もいいところ。ただでさえ大振りの攻撃がさらに隙だらけになり、狙いも定かではではない攻撃など脅威にならない。
デタラメに振り回す腕を掻い潜り、俺は連続で斬りつけていく。
自慢の豪腕は当たらず、マーネによって咆哮も封じられたワイルドオーガにできる事は少ない。次にやるとするなら……。
「それを待っていた」
ワイルドオーガが選んだのは岩投げ。戦いの前にマーネが注意しておけと言った攻撃のうちの一つだ。たしかに、あれだけの質量の物があれだけの勢いで投げられれば脅威ではある。だが、それも一度見た。
チラリとマーネと視線を交わして頷き合い、ワイルドオーガが持った岩を頭上に振りかぶった瞬間に動き出す。
ワイルドオーガの体を踏み台にして跳び上がり、岩を持つ手に渾身の一撃を見舞う。
(ヘビースラッシュ!)
強烈な一撃に一瞬顔を顰めたワイルドオーガだったが、そのまま構わず岩を投げようとする。だが、それをさせまいと俺が攻撃した場所にピンポイントで火の槍が突き刺さった。
「ガアッ!?」
続けざまに同じ場所に走った衝撃に流石のワイルドオーガも一瞬力が緩み、その手から岩がこぼれ落ちる。
そして、そのまま岩をワイルドオーガの頭に落下し、下敷きにした。
重い岩を持ち上げ、容易く投げ飛ばす怪力を持つワイルドオーガだが、あれだけの重さがある物が頭に直撃すればただでは済まない。
それだけでワイルドオーガのHPは大きく減少した。
さらに、岩が背中に乗ってしまったせいでその下から抜け出せず、身動きが取れないという絶好のチャンスが訪れている。
俺にはそこまでの意図はなかったが、マーネならああなるように計算していてもおかしくないし、仮にそうでなくとも、マーネの強運なら偶然ああなるという事もあるかもしれない。
どちらにせよ、この好機を逃す訳にはいかないという事だ。
「グゥゥゥ!!」
身動きが取れずとも、鋭くこちらを睨みつけ、唸りをあげて威嚇するワイルドオーガだが、そんなものに構っている暇はない。
剣を振るい、HPを削っていく。
このまま終われば楽になんだが、そうはいかないだろう。
そして、そのHPが三割を切ったところで俺は一旦距離を取った。
その直後、背中の岩を跳ね飛ばし、赤いオーラを纏ってワイルドオーガが立ち上がった。
「やはり、抜け出したか」
最初に戦ったエリアボス、ジャイアントボア戦の時も木によってジャイアントボアを押さえつけて動きを封じたことがあった。
だが、あれも今のワイルドオーガと同じ強化状態になった瞬間に容易く抜け出されてしまった。
だから、今回もそうなるだろうと思ったが、予想通りだったな。
「ワイルドオーガの強化状態は膂力と頑丈さが上がるわ。さっきのはもう二度と成功しないでしょうね。問題は?」
「ない」
そして、ワイルドオーガ戦は最終局面に突入した。




