市場操作
「どうしてもいくつか品質の低い物ができてしまうねぇ」
ズラリと並んだポーションを前にユーナは数本のポーションを持って不満げに漏らした。
[ポーション]品質D
薬草を用いて作られた回復薬。効果はあまり高くない。
効果:HP10%回復。再使用時間9分
「生産には確率な部分があるのよ。たくさん作ればどうしてもいくつか品質の低い物ができてしまうわ。逆に品質の高い物だったり、違う物ができたりする事もあるわ」
そう言ってマーネは並んでいるポーションから二本手に取った。
[ポーション]品質A+
薬草を用いて作られた回復薬。効果はあまり高くない。
効果:HP25%回復。再使用時間2分
[変質ポーション]品質B+
薬草の成分が変質してできたポーションの一種。効果が反転しており、使用するとダメージを受ける。見た目は普通のポーションと変わらない。
効果:HP20%減少
「こっちは売りに出せないわね」
「だろうな」
マーネは持っていた変質ポーションを他と離して置いた。
「じゃあ、とりあえず今できた分だけ持っていくわ。ユーナはこのまま残りを作っておいて」
「はいはい、任せておいてくれよ」
せっせとマーネはユーナの作った大量のポーションをアイテムボックスに詰めていくが、その横にはまだ薬草の山がいくつもある。
「行くわよ、ロータス」
「ん、ああ」
マーネに名前を呼ばれ、俺は薬草の山から視線を外してマーネを追いかけた。
「始めましょうか」
生産者通りにやってきたマーネはローブのフードで顔を隠し、取引掲示板を開いてポーションを登録する。
「価格は2000D。一応転売対策として一人五本までに購入制限をかけましょうか」
それを横から眺めていると、決定を押した瞬間に瞬く間にポーションが売れていく。
「おお、結構高いのに」
「高いと言っても性能は品質Dのポーションの倍よ。しかも、再使用時間は半分以下。時間当たりの回復量は四倍になるわ。攻略組なら迷いなく買いに走るわよ」
それにしても、これで何か変わるのだろうか。ユーナの作ったポーションはたしかに多いが、需要を満たせる程じゃない。これでは焼け石に水だとおもうんだが。
「っていう顔ね。それでいいのよ。これは需要を満たす事が目的じゃないの。言ったでしょ。私達はこの状況を壊すと」
「ふむ」
そんな話をしながらしばらく話していると、再びマーネが取引掲示板を操作し始めた。
「頃合いね」
最初にマーネが売りに出したのは持ってきたポーションの半分だけ。再び動き出したマーネは残っていたもう半分を売りに出した。
「なんでわざわざ分けて売りに出したんだ?」
「見てればわかるわ」
「ふむ?」
やはり売りに出したポーションはあっという間に売り切れるが、マーネが見ろというのはこれじゃないだろう。
「……全体的にポーションの売り行きが下がったか?」
「品質の高い物と低い物が同じ値段で売っていたら貴方はどっちを買う?」
「そりゃ、高い方だろうな」
その状況なら誰だって品質がいい方を買うはずだ。
「なら、今は低い物しか買えないけど、少し待てば高い物が出るとしたらどうする?」
「んー、待つかな?」
「今はそういう状況よ。最初に売りに出した時は他のプレイヤーもまた高品質の物が出るかわからなかった。でも、二回目があったという事はまた売り出されるかもしれないと思う」
だから他のポーションの売り行きが下がったという訳か。
「ロータスにはユーナと私の間を行き来してポーションを運んでほしいの」
「ああ、わかった」
俺にはそれくらいしかできないからな。
「それから、なるべく人には見られないようにして」
「む?」
「他のプレイヤーからすれば高品質のポーションを作れるプレイヤーは喉から手が出る程欲しいでしょうね。取引掲示板を使うにはここにいないといけないから作った本人にしろ、協力者にしろ関係者がこの場にいるとわかるわ。そこに何度も行き来しているプレイヤーがいて、そのプレイヤーが来た直後にポーションが売り出されれば当然関係を疑う人はいるでしょう?」
ああ、だからマーネは顔を隠しているのか。マーネは有名人らしいから少なからず注目されるだろうし。
「その点、貴方なら気づかれないように持って来られるでしょ?」
ふむ、まあできるだろうな。ほとんどのプレイヤーは取引掲示板の方に注意を向けているだろうし、探るような視線ならすぐにわかる。それを避けるだけなら難しくない。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ええ、お願いするわ……色々と」
「む?」
何かマーネが言ったような気がするが、大した事ではないだろうとユーナの所へと戻った。
それから俺はマーネとユーナの間を行き来し、ポーションを運ぶという使命に励んだ訳だが、なかなか大変な仕事だった。
おまけとしてユーナの飽きたという愚痴を聞き、悪戯を阻止し、ご機嫌取りに差し入れをする。
うん、おまけが圧倒的に疲れた。マーネが何か言っていたのはこの事だったか。
「これで最後だ」
「ありがと。ユーナは?」
「したい事があると言っていたぞ」
「あまりいい予感はしないけれど、まあいいわ」
「それで、どんな感じなんだ?」
俺の問いにマーネは無言で取引掲示板を見せてきた。
「だいぶ値下がりしているな」
「高品質の物が大量に出回った事で品質の低い物は売れなくなったわ。それを売ろうとするなら値段を下げるしかない」
その理屈はわかるが、少し見ない間に随分その流れが加速しているな。
「ミャーコにも頼んでおいたのよ。様子を見て安くポーションを売り出してって。攻略組なら高品質の物がどうしても欲しいでしょうけど、そこまで積極的じゃないプレイヤーはそこまでの性能を求めないわ。そこに品質が低い代わりに安価な物が出てきたら?」
「それ以外の物はますます売れなくなるだろうな」
「そうなると転売していたプレイヤーは大量の不良在庫を抱える事になる。だから少しでも利益を得るために早めに値段を下げて売りに出す。そこでさらにヘパイストスのプレイヤーが値段を下げて売れば……」
「値下げ競争になる訳か」
現在の平均価格は500D。安い物なら300Dにまで下がっている。
今日最初に見た時には平均1500Dと言っていたんだから三分の一まで下がった訳か。
「全部マーネの思い通りって訳だ」
やっぱり敵には回したくないな。味方でよかった。
「でも、この後はどうするんだ?もう薬草もないだろ?」
「私達が手を出すのはここまでよ。数日中にはもう高品質の物が売りに出されないと気づいてまた転売しようとするプレイヤーは出るでしょうね。でも、今回で抱えていた在庫はほとんどなくなるでしょうし、他のプレイヤーだって馬鹿じゃない。今回みたいに上手くはいかないわ」
「住人は?」
「ミャーコが動いているわ。最大手の生産者ギルドだから商人ギルドとも繋がりがあって最適でしょうね」
「という事は?」
「この件は終わり。近いうちにこの状況は収束するわ」
結局最初から最後までマーネの手の平の上だった訳か。加えて今回の一件でかなりの額を稼いでいるだろう。
転売プレイヤーには少し同情するな。マーネがいなければもっと稼げただろうに。その稼ぎのほとんどをマーネが持っていったようなものだ。
「さ、そろそろ行きましょうか。もうここにいる意味はないもの。それに、あまりユーナから目を離すのも心配だし」
「そうだな。ユーナだと何をするかわからないしな」
今頃何しているのか想像したくないな……。




