ユーナの実力
「じゃあ、早速始めようか。マーネの事だから準備はしてあるんだろう?」
状況説明が終わり、俺達は生産会館にやって来ていた。建物自体は前に街の案内をされた時に見たが、こうして入るのは初めてだ。
生産会館の中はいくつもの部屋が並び、その中で各々の生産活動ができるらしく、俺達がいるのもその部屋の一つだ。
「何をするんだ?」
「ポーションを作るのよ。ユーナの言う通り、そのための準備はしてあるから」
そう言ってマーネは部屋の中にあるテーブルの上に大量の薬草を積み重ねていった。
「いつの間にこんなに?」
北の森に行った時なんかに見つけた薬草を採取していたが、ここまでの量はなかったはずだ。
しかも、それで全てという訳ではないらしく、さらに薬草の山を築いていく。
「ギルドに依頼を出しておいたのよ。かなり割高な値段でね。それを今日の朝に受け取ってきたの」
たしかに今日の朝は俺より先にログインしていたな。
「それにしても、依頼なんていつの間に……」
だいたい二人で行動していて、その間に依頼をしている様子はなかったんだけどな。
「ゲーム二日目の朝、待ち合わせの前にギルドに行っていたと言ったでしょ。あの時よ」
「あー……」
記憶を探ってみると確かに言っていた気もする。
「そういえば、貴方には謝らないといけないわね」
「む?」
「割高な値段で依頼を出したと言ったでしょ。最初はβ版の特典で一部繰り越せたお金を使っていたのだけれど、途中からはモンスターの素材を売ったお金を使っていたの」
「ふむ……む?」
素材を売ったお金といえば何かを忘れているような……。
「あ、もしかして」
「ええ、素材は私がまとめて売ったのだけれど、その売ったお金を貴方に渡していないわ」
素材をミャーコに売った時は護衛の話なんかもあって忘れていたな。依頼の報酬のお金は割り振られていたから雑貨屋に行った時も困らなかったし。
「まあ、必要だったならいいよ。というか、言われなかったらずっと忘れていた気がするし。ただ、次からは事前に言ってくれ」
「ええ、気をつけるわ」
と、澄まし顔で言うマーネ。うん、これもマーネの悪戯だろうし、またやるだろうな。あれで案外悪戯好きだし。
「それで、ポーションを作るって話だけど、誰が作るんだ?」
俺やマーネはそんなスキルは持っていないし。となると……。
「当然僕だよ」
ユーナに視線を向ければユーナは自信満々に豊かな胸を張った。
「見てごらん」
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名前:ユーナ
職業:生産者Lv1
STR:5
VIT:5
INT:8
MID:8
AGI:5
DEX:15
スキル:生活魔法Lv1 調薬Lv1 錬金術Lv1 採取Lv1 MP回復Lv1
称号:
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「職業生産者。これって確か」
「生産職はみんな最初は生産者から始まるわ。そこからクラスチェンジしてより細分化されていくの。でも、それだとわかりづらいから自分がメインでする生産で名乗る事が多いわ。ミャーコ達もそうだったでしょ?」
言われてみればミャーコは裁縫師。ルイーゼは木工師。サテラは料理人と名乗っていた。
「という事はユーナは」
「錬金術師といったところだねぇ」
「ポーションを作るには錬金術と調薬のスキルが必要なのよ」
「なるほど」
そこまで聞いて俺は一つ疑問が浮かんできた。
「なあ、マーネはいつからこの流れを予想していたんだ?」
「最初に雑貨屋に行った時よ。β版の頃は物を買ったとしてもそれがなくなるなんて事はなかった。でも、それは単純に今と比べて人数が少なかったからかもしれない。そう思ったから保険を打ったの」
「それが薬草を集める事?」
「ええ。最初は私が持っていたお金だけで集めて、問題ないようならそれでいいと思っていた。私が少し損するだけでね」
「でも、そうはならなかった」
「だから、薬草集めを続行したの。最初はヘパイストスに持って行こうかと思ったのだけれど、ユーナもこのゲームを始めるというからやめたの。ユーナなら錬金術師にすると思ったから」
「流石親友。僕の事をよくわかっているねぇ」
科学者としては天才的なユーナだが、運動は苦手だからな。戦闘職にするイメージはないし、たしかに生産職にするなら一番似合うのは錬金術師だろう。
「じゃあ、試しに一つ作ってみるとしようか」
話している間にユーナは準備を整えており、その前にはいくつかの道具がおかれていた。
そして、ユーナは薬草の山から一つ手に取り、すり鉢の中に無造作に入れる。それをすり粉木で原形がなくなるまですり潰していく。
「クリエイトウォーター」
ユーナがそう唱えるとどこからともなく水が現れ、それをすり鉢の中に入れた。
「今の魔法は?」
「生活魔法よ。戦闘には使えないけれど、こういう生産活動に使える魔法よ。火をつけたり、水を出したりという事しかできない代わりにMPの消費がほとんどないの」
「なるほど」
ユーナは続いてそれをビーカーに移し、アルコールランプで火にかける。
正直、ここまでだとただの科学の授業をしているような気になる。だが、ここからは違う。
それをしばらくかき混ぜ、火を消すとビーカーに手をかざした。
「錬金」
次の瞬間、ユーナの手が淡く光り、ビーカーの中に変化が起こった。
「完成だねぇ」
[ポーション]品質C
薬草を用いて作られた回復薬。効果はあまり高くない。
効果:HP15%回復。再使用時間7分
そこにあったのは薬草の入った水ではなく、れっきとしたポーション。しかも、俺の持っているものよりも性能がいい。
「流石ね。今出回っている最高品質の物がC+なのよ。ステータスもスキルレベルも低いのにいきなりこれだけの品質の物ができるなんて」
賞賛するマーネだが、ユーナの顔には満足した様子がない。
「まあ、最初ならこんなものだろうねぇ。ただ、今のでだいたい理解したよ。次はもっといいものが作れる」
そう言い切ったユーナは新しく薬草を手に取り、それを刻み出した。
「さっきと違う?」
「さっきのは一般的な作り方ね。生産職はステータスやスキルだけじゃなく、作り方に手を加える事で品質を上げるの。普通ならよりいい品質の物を作るにはたくさんの試行錯誤が必要なのだれど……」
ユーナは迷いない手つきで切り刻んだ薬草をすり鉢に入れすり潰す。さっきよりも少し荒いか?
そこにさっきとは違って量を計った水を投入し、火にかける。
「そろそろだねぇ」
そう言って火を消し、手をかざす。
「錬金」
そうしてできあがったのが──
[ポーション]品質B+
薬草を用いて作られた回復薬。効果はあまり高くない。
効果:HP20%回復。再使用時間4分
「もう少しいい物ができると思ったんだけどねぇ」
さっきよりも格段に品質がいいにも関わらず、ユーナは不満げに呟きを漏らした。
俺が持っている品質Dのポーションに比べて回復量は倍。再使用時間は半分以下だ。品質が変わるとこんなに変わってくるんだな。
「この設備に今のユーナのステータスとスキルレベルじゃこの辺りが限界ね」
「納得はいかないけど、仕方ないねぇ」
「その調子でどんどん作って」
「わかったよ」
そこからは早い。一切淀みのない流れるような手つきでポーションを次々と作り出していく。
「かつては錬金術は正式な学問の一つだったわ。その実験の過程で色々なものが発見され、近代科学に生まれ変わったの。つまり、錬金術はユーナの領分よ」
これが世界が認めた天才科学者の実力という訳だ。




