ポーション事情
「それで、僕に頼みたいというのは何かな?」
ユーナの好奇心の赴くまま街を見て回り、落ち着いたところでユーナが改めて切り出した。
「説明するわ。でも、その前にロータスへの説明も兼ねて行きたいところがあるの」
「む?」
たしかに俺もなんの話も聞いていないな。マーネが何をしようとしているのかまるで検討もつかない。
「じゃあ、まずはそこに行くとしようか」
そうしてやって来たのは通称生産者通り。生産職のプレイヤーが自分の生産物を販売したり、取引掲示板が使える場所だ。
前に来た時はミャーコの作る獣耳で異様な熱気に包まれていたが……。
「なんか、雰囲気が違う?どことなく殺気立っているというか、切羽詰まっているといか……」
大勢のプレイヤーの姿はあるが、揃って虚空を見つめて一喜一憂する姿は異様な光景だった。
「前はこんな事なかったよな?」
「いえ、あの頃から予兆はあったわ。ただ、あの時はそれ以上に獣耳のインパクトが強かっただけ」
そう言われてみれば獣耳ばかりに目がいっていて他は気にしていなかったかもしれない。
「なるほどねぇ。マーネの頼みというのに察しがついたよ」
「む?」
俺はまだ全然話が見えていないんだけどな。
「ログインできない間にそれなりに情報を集めていたからねぇ。元々今の状況は知っていたんだよ」
たしかに俺はそのあたりマーネに任せきりだったからな。いい加減自分でも情報を集めないといけないか。
「今この始まりの街ではある問題が起きているの」
「問題?」
「ポーションの高騰よ。見て」
マーネは取引掲示板を開き、俺に見せてきた。
「品質Dのポーション一本2000D?」
たしか雑貨屋で買った時は同じ品質で一本200Dだったはずだ。それがここでは十倍の値段で売られている。
「今の相場はこの品質なら一本1500D。これは少し割高だけれど、マシな方ね。ちなみに……」
マーネは前に買ったきり使わないまま取っておいたポーションを一本取り出し、1000Dで売りに出した。
直後、一瞬にしてそのポーションは取引掲示板から消えた。
「一瞬で売れたな。もしかして……」
俺はある可能性に気づいて周囲にいる多くのプレイヤーを見回した。
「ええ、そうよ。ここにいるプレイヤーの大半は少しでも安くポーションを買おうと狙っているのよ」
「やっぱりか。でも、なんでこんな事に?」
「物が値上がりする理由なんて決まっているでしょ」
「……需要に供給が追いつかないから」
「正解。今、始まりの街全体でポーションが不足しているの」
そう言われて思い出す。この前、一人で雑貨屋に行った時にポーションは売り切れで一本もなかった。あの時は閉店間近だったからだと思ったが、もしかしたらそれよりもずっと前から売り切れていたのかもしれない。
「なんで急に?」
「急という事はないわ」
「起こりうるべくして起きた事だねぇ。意味もなく大量の在庫を抱える理由なんてないんだから。今まではNPC、おっと住人と呼んだ方がいいか。住人相手には十分な量がこの街にはあった」
「そういう事か」
そこに十万人というプレイヤーが一挙に押し寄せてきた。そうすれば今まで足りていた物が足りなくなるのは当然。
「プレイヤーにとってポーションとは必需品よ。だから、それがなくなるなんて考えもしなかった。ギリギリになるまでね」
「なんでだ?今まで気づかなかった俺が言うのもなんだけど、少し考えればわかりそうなものだろ?」
俺が気づかなかったのはそもそもポーションを然程必要としないからだ。というか、未だに一本も使った事がない。
「物を買えばなくなる。貴方からすればそれは当然の事なのでしょうね」
「違うのか?」
「特殊な一部のアイテムを除いてこの手のアイテムはいくら買ったところでなくならないもの。ゲーマーにとってはそういう常識が染み付いているの。それでも、一部の勘のいいプレイヤーは早い段階で気づいたみたいだけど」
「そういうプレイヤーが買い占めに走ったという訳だねぇ。それが高騰の理由だよ」
「それに、例えば一本2000Dで十本買ったとしても20000D。この額は五人パーティで稼ごうと思えばそこまで難しくもなく稼げる額なの。これだけ高くても買えるわ」
「ふむ……」
だが、問題の本質はそれじゃないだろう。これだと一部のプレイヤーだけが得をしているが、それ自体は大した問題じゃない。
楽はできるかもしれないが、稼ごうと思えば狩りに出た方が稼げるし、レベルも上がる。
何か別の問題があるはずだ……。
「住人か」
「そうよ」
初めて雑貨屋に行った時、店には住人も来ていたし、ポーションも買っていた。ポーションを買うのはプレイヤーだけではなく、住人も同じなのだ。
しかも、取引掲示板で買えるプレイヤーと違って住人はそれもできない。
「今はまだそこまで表面化していないけれど、間違いなく住人との間に軋轢が生まれているわ。これはよくない傾向よ。このままだと住人の店で買い物ができなくなったりするかもしれないわね」
「今の段階だと住人の店でしか買えない物もあるらしいからねぇ。このままだとまずいと思うよ」
例えば、前に買ったテントとかだろう。あれはただのテントではなく、あれを使えばフィールドでも安全にログアウトができるらしい。
それと同じ物をプレイヤーが作れるとは聞いた覚えはない。
「この状況はつまらないわ」
「ふむふむ、ロータス君今の言葉を意訳してみてくれるかな」
「む?えっと、住人に迷惑をかけたくないし、他のプレイヤーも楽しめなくなる。だからなんとかしたい。かな?」
「ロータス、余計な事は言わないで」
言葉にはしないだろうが、たぶん間違っていないと思うだけどな。
「それで、マーネは僕に何をさせたいんだい?わかりやすく言ってくれるかな」
「この状況をぶち壊す」
「ふふ、いいねぇ。そうじゃなくちゃ」
ユーナは楽しげな笑い声をあげた。この二人がいれば解決は近そうだな。




