ユーナ
昨日プレイヤーキラーの襲撃を退けた後、無技の剣の検証をした。結論を言えばマーネの予想はまず間違いない事がわかり、無技の剣で新しくスラッシュが使えるようになった。
そして、このゲームを始めてちょうど一週間が経った今日、俺達は広場の噴水の前のベンチに並んで座っていた。
「何か待っているのか?」
「人を待っているのよ」
「人?」
「今日から友達が『NWO』を始めるの」
「へぇ、結奈も始めるんだ。というか、帰ってきてたんだな。夏休み入ってすぐにアメリカに行くって言ってたけど」
「ええ、昨日帰ってきたわ。ところで、何故友達としか言っていないのに結奈と断定したのかしら?」
む?マーネはいったい何を言っているんだ?
「その『マーネはいったい何を言っているんだ?』って顔が腹立つのだけれど」
「そう言われてもな。結奈以外に友達いないだろ?」
「…………」
「それとも、俺の知らないうちにマーネは友達ができたのか?」
「……貴方は意地悪だわ」
そっぽを向いたまま不機嫌そうに言うマーネに苦笑を漏らした。
「いやいや、二人は相変わらず仲良しだねぇ。二人の熱さの前には夏の暑さも裸足で逃げ出してしまうよ」
そんな俺達の前に一人の少女が現れた。
俺と同じ初心者装備に身を包み、眼鏡をかけた美少女。無造作に伸ばされた髪は現実とは違って金色でその顔にはニヤニヤという擬音がよく似合う笑みが浮かんでいる。
彼女の名前は千草結奈。高校の同級生でもあり、中学からのマーネ唯一の友人だ。
ふむ、夏休みに入って初めて会うからだろうか?何か違和感が……。
「遅刻よ、結奈」
「ふふふ、どうやら時差ボケをしてしまったようだねぇ」
「そんな繊細な奴じゃないでしょ」
「なら、二人に会うのが楽しみで昨日は寝付けなかったとでもしておこうかねぇ」
「はぁ、相変わらずね。変わっていないようで安心したわ」
ため息を吐くマーネだが、その顔には久しぶりに会えた友人に対する親愛の情が見えた。
「アメリカはどうだったの?」
「いつも通りつまらないものだったよ」
そう語る結奈がアメリカに行っていた理由は旅行などではなく、論文の発表をしにだ。
こう見えて結奈は世界的に知られる天才科学者なのだ。今までにも多くの論文を発表し、今回もその斬新な論文で世界中に衝撃を与えたらしい。
その気になれば今すぐ博士号を取得できるらしいんだが、本人にその気はないらしく普通に地元の俺達と同じ高校に通っている。
「ふふ、それにしてもこのゲームは本当に素晴らしいねぇ。聞いていた通り、細かいところまで実にリアルに再現されている。まるで本当に異世界に迷い込んでしまったかのようだねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、グルリと周りを見回す結奈の顔には隠しようのない好奇心が覗いていた。
「蓮君、ちょっといいかな」
「なんだ?」
「ストップ。ここでは蓮はロータス。私はマーネよ。結奈、貴女のこっちでの名前は?」
ああ、普通に結奈と名前で呼んでいたし、蓮と呼ばれても反応してしまったが、ここでは本名で呼ばないのがマナーだったな。
「ユーナだよ」
「そのままね」
「名前なんてただの記号だよ。わかればそれでいいのさ。それに、ロータスというのもそのままだしねぇ」
まあ、俺も蓮を単純に英語にしただけだしな。
「まあ、マーネの場合は……」
そこでユーナはマーネの顔を見て面白そうに口の端吊り上げた。
「……なによ」
「相変わらず君は可愛いと思ってねぇ」
「余計なお世話よ」
ふんっとそっぽを向くマーネ。これは不機嫌というよりも照れてる?名前に何か意味があるのだろうか?
「さて、じゃあ話を戻そうか。改めてロータス君」
「なんだ?」
「ちょっと立ってもらえるかな?」
「ん?ああ、それくらい構わないが」
特に疑問を抱く事もなく言われるまま立ち上がる。その直後、ユーナが俺の腕に抱きついてきた。
「ほほう、なるほどねぇ」
「ちょっと、何してるのよ!」
「実験だよ。人の感触も温もりも実によく再現されている。どうだい?僕の胸の感触も現実と変わらないだろう?」
そう言ってユーナはその豊かな胸をさらにギュッと押し付けてくる。
「ふむ、現実の感触がわからないからなんとも言えないな」
「おおっと、そうだったねぇ。じゃあ、今度現実でも抱きついて比べてみるとしようかねぇ」
「させないわよ!いいからさっさと離れなさい!ロータス!」
「む?俺は抱きつかれている側なんだがな」
とはいえ、このままだとマーネの機嫌が悪くなってしまう。それは避けたい俺としては速やかに腕を引き抜いてユーナから一歩距離を取った。
「ふふ、嫉妬しているマーネも可愛いねぇ。今回僕が行っていた州は同性婚が認められていてねぇ。どうだい?将来はそこで二人で暮らさないかい?」
「お断りよ!」
「ふふ、残念だねぇ」
まるで残念そうには見えないニヤニヤとした笑顔のままユーナは肩を竦めた。
「なら、代わりにロータス君はどうだい?」
「遠慮しておく。それに頷いたら後ろから刺されそうな勢いで睨まれているんでな」
こんなんでも二人の仲は悪くない。むしろ、これくらいでなければマーネの作る壁は突破できないのだろう。
ユーナはユーナでその言動の数々で奇人と呼ばれて俺達以外に親しい相手もいないし。正反対なようで似た部分もあるからこそ二人は仲がいいのかもしれない。
「それにしても」
マーネをイジるのに一旦満足したのか、ユーナは俺達から視線を外し、噴水に近づいていった。
「こんなところまで再現されているんだねぇ。水の冷たさも濡れた感触も現実と変わらないねぇ。ふむ……」
「って、何をやっているのよ」
次の瞬間、何を思ったのかユーナが自ら噴水の中に飛び込んだ。
「このゲームのPVを見た時から一度飛び込みたいと思っていてねぇ」
そうして何事もなかったかのようにびしょ濡れで噴水から出てくるユーナ。
その奇行に広場にいたプレイヤー、住人問わず奇異の視線を集めていたが、今はその視線が微妙に変化していた。
水に濡れて服が体に張り付き、その豊かな胸がくっきりと浮かび上がっていたのだ。
「ちょっと、見られているわよ」
「別に見られて困るプロポーションはしていないのだけどねぇ。おおっと、これはすまない!」
と、そこでユーナはわざとらしく申し訳なさそうな視線をマーネ。特にその自分とは対極的な一部に向けた。
「君の前で体型の話をしてしまうなんて。本当に申し訳なかったねぇ」
「その喧嘩買ったわ」
「おお、怖いねぇ」
そう言ってユーナは駆け出し、俺の背中に隠れる。
「ロータス、動くんじゃないわよ。貴方ごと燃やすから」
「できれば俺は避けてやってほしいんだけど。というか、街中は戦闘行為禁止だろ」
「……命拾いしたわね」
憎々しげに吐き捨て取り出していた杖をしまった。
「いやー危ない危ない。間一髪だったねぇ」
「あんまりマーネをからかってやるなよ」
「あまりにも可愛くてついねぇ」
「ユーナ」
「ん?なんだい?」
肩越しに話していたユーナはマーネの怒りが収まったと判断して平然と俺の後ろから出ていった。
「これ着なさい。いつまで濡れた格好のままでいるつもり」
そう言ってマーネは何か白い物を取り出してユーナに投げつけた。
「おお!」
それを受け取って広げたユーナは嬉しそうに顔を輝かせた。
「やはり、僕にはこれがないとねぇ!」
ユーナは受け取ったそれ。白衣を翻して袖に腕を通した。
「似合っているかい?」
「いつも通りよ」
「なら、完璧だねぇ。僕にはこれが似合うから」
ああ、何かいつもと違うと思っていたら白衣か。ユーナは現実ではいつも白衣を着ていたからな。
「眼鏡はキャラメイクでつけれたのだけど、白衣はなくてねぇ」
「貴女が欲しがるだろうと思って頼んでおいたのよ」
たぶん作ったのはミャーコだろうな。ネタ装備も作ると言っていたし。
「流石は僕の親友だ!キスしてもいいかい?」
「したら殴るわ」
「じゃあ、代わりにロータス君に」
「今すぐ殴るわ」
「冗談だよ、冗談」
変わらずマーネをからかうユーナだが、本当に喜んでいるのがわかる。日頃から『眼鏡と白衣が僕のトレードマークだ』と言っていたからな。
「それよりユーナ、貴女に頼みたい事があるわ」
「いいよ。君の頼みならなんだって聞いてあげる。でも、その前に街を見て回りたいねぇ」
「構わないわ。貴女が満足したらでいいから」
「なら、決まりだねぇ。とりあえず、あっちに行ってみたいねぇ」
満足そうに頷いてユーナは率先して歩き出していった。




