PK
「隠しスキルの話をしたついでに実験に付き合ってもらえるかしら」
「ああ、構わないけど」
「なら、今から貴方に向けて魔法を撃つわ。貴方はそれを斬ってみて」
「わかった」
ある程度距離を置いて向かい合い、そこからマーネは俺に向けて火球を放った。
顔目掛けて一直線に向かってくる火球。それが間合いに入った瞬間俺は剣を振り抜いた。
だが、火球を捉えた剣はそのまますり抜け、火球は変わらず俺に向かってくる。
「む」
咄嗟に顔を傾けて躱す事でなんとか当たらずに済んだが、すぐ横を通り抜けた熱気に思わず安堵の息が漏れた。
「やっぱり斬れなかったわね」
「予想できていたなら教えてほしかったんだけど」
「あら、火が斬れないなんて当然じゃない。それとも、私の知らないうちに貴方は火も斬れるようになったのかしら?」
「いや、たしかに実体のない物は斬れないけど」
ここはゲームなんだから火も斬れるのかと思ってしまった。一応マーネも配慮して避けやすいように顔を狙ったんだろうけど、黙ってたのは絶対に悪戯だ。
「なら、実体があるのなら斬れるのね」
「そりゃ、まあ」
「なら、もう一度魔法を放つわ。今度は実体のある土魔法を使うから」
言うが早いかマーネは杖を構え、俺に土球を放ってきた。
さっきは斬れなかったが、今度は実体のある土の塊だ。斬れない道理はない。
俺はもう一度剣を振り抜き、今度こそ土球を斬り裂いた。
「できたわね」
「そうだな」
「今からこれを繰り返すわ」
「わかった」
俺が頷けばすぐにマーネは詠唱を始め、その場でジャンプしながら魔法を放った。
あれがなんの意味があるのかはわからないが、俺がやる事は放たれた魔法を斬る事。今は考える必要はない。
そこからは詠唱、ジャンプ、放つ、斬るの繰り返し。違いはマーネの放つ魔法の種類だけ。土魔法は共通だが、その中で土球、土の矢、土の弾丸が順番に放たれていく。
それをマーネのMPの回復のための休憩を挟みながら続け、日が沈み出した頃それは来た。
〈特定の条件を満たしたため取得可能スキルに【魔法切断】が追加されました〉
「その様子だと新しく隠しスキルが出たようね」
思わず虚空を見つめてしまった俺に気づいたマーネが歩み寄ってきた。
「こうなるってわかっていたのか?」
「あるんじゃないかとは思っていたわ」
「そうなのか。ところで、マーネは何か隠しスキルが出たのか?撃つ前にいちいちジャンプしていたって事は何かの条件だったんだろ?」
そうじゃなければマーネがわざわざあんな真似をする訳がない。
「移動詠唱というスキルを新しく取得できるようになったわ」
「移動詠唱?」
「普通その場から動いてしまうと詠唱は途切れてしまうのだけれど、このスキルがあると移動しても詠唱が途切れないの」
「へぇ、便利だな」
おそらく、条件はその場から動きながら魔法を放つ事なんだろう。前にマーネが足がつくまではキャンセルされないと言っていたからそれを利用して移動しながら魔法を放ったのだ。
「β時代は重宝していたわ。ソロだと詠唱中に動けないのは致命傷だから」
「だろうな」
その後俺はSPを8ポイント消費して魔法切断を取得し、マーネも移動詠唱を取得した。
これで魔法への対処をマーネだけに依存せずに済む。その分マーネが攻撃に意識を裂けるようになれば戦闘もより楽になる。
「そういえば、もうステップのアーツを覚えているでしょ?」
「ん?ああ、たしか前に覚えたはずだ」
覚えたっきり使っていなかったが。
「使い勝手のいいスキルだから今後は使った方がいいわよ。貴方ならすぐに使いこなせるでしょうし」
「どんなアーツなんだ?」
「ステップはフロントステップ、サイドステップ、バックステップの三パターンあるわ。足が何かに触れた状態で発動する事ができるの。試してみて」
言われて俺はそれぞれのパターンを試してみる。
「フロントはそうでもないけど、サイドとバックは発動後に硬直があるな。特にバック」
「ええ、そうね。緊急離脱用に使ったりするけれど、上級者同士の戦いだと狙い撃たれる可能性もあるわね。でも、色々使えそうだと思わない?」
「そうだな。色々と使える場面がありそうだ」
特に発動に必要な条件が足が何かに触れた状態というのがいい。
「覚えたものは一回試してみるべきね」
「ああ、そうするよ」
「ところで、話は変わるのだけれど、もし貴方が人を襲うとしたらどんな場所で襲う?」
「また急な話だな」
「ちょっとした雑談よ」
「物騒な雑談があったものだが、そうだな……」
状況にもよるだろうが、一般的な意見としては……。
「人気のない夜とかかな」
「今みたいな、かしら?」
実験にかなりの時間を使ったせいですでに日は沈み、辺りは夜の世界へと移っている。加えてここは人の全くいない荒野の果て。助けを求めたところで誰もおらず、逃げるにしても周りに何もなさ過ぎる。
もし俺が襲う立場だとするなら飛んで火に入る夏の虫といったところか。
「そろそろかしらね」
そう言ってマーネが俺の背中に隠れるように移動した直後、突如飛来した矢を俺は咄嗟に掴み取った。
「なんだ?ゴブリンか?」
この荒野で弓を使う相手といえばゴブリンだが、この矢は黒く塗られ、夜の闇の中で見えづらくする工夫がされている。
ゴブリンはこんな小細工をするモンスターだっただろうか?
「似たようなものよ。来るわ」
再び飛来した矢を斬り払った直後、闇の中から飛び出してきた黒づくめの男が滑るような低い体勢から肉薄してくる。
「リア充に鉄槌をぉぉぉぉ!!」
「む?」
鋭く振るわれる黒塗りされた短剣を剣で受け、力任せに振り払って距離を作る。
「どういう状況だ?」
「PK。プレイヤーキラーよ。モンスターではなく、プレイヤーをメインに狙うプレイヤーの事よ」
ああ、あれがそうなのか。そういうプレイヤーが一定数いるとはマーネに聞いていたが。
「何か叫んでいたけど」
「……気にしなくていいわ」
「ふむ?」
と、そんな悠長に話している間にさらに三人のプレイヤーが現れる。
最初の男と同じ黒づくめの服に身を包んだ戦士が二人と魔法使い。戦士のうち一人は剣を持ち、もう一人は槍を持っている。
「プレイヤーキラーは反撃しても自分がプレイヤーキラーになる事はないわ」
「つまり?」
「斬りなさい」
「わかった」
魔法使いから放たれた風の槍をマーネが同じ魔法で撃ち落とす。
その間に短剣を持ったシーフと二人の戦士が向かってくる。
「鉄槌をぉぉぉぉ!!」
叫びながら再び向かってくるシーフに俺はフロントステップを使って自ら詰め寄る。
「なっ」
タイミングがずれた事で思わず動きを止めたシーフの隙を突いて首を一閃。続けて突きを心臓へと放つ。
アーツではないが、無技の剣の効果によってアーツと同等の威力を持つ突きはそれだけで大きなダメージを叩き出し、わずか二撃でシーフのHPを削り切った。
「あっけない?」
「レベル差もあるからこんなものよ」
とはいえ、油断はできないまだ敵は残っているのだ。
「イケメン死ねぇぇぇ!!」
「可愛い女の子と一緒にいるとか許すまじ!!」
槍の間合いを生かして連続で放たれる突きを剣で逸らしながら間合いを詰める隙を窺うも、もう一人の剣士がそれを阻んでくる。
意外といい連携だな。仕方ない。少し無理に攻めるか。
突き出された槍を引き戻すのに合わせて踏み込み、さらに槍の下を潜るようにフロントステップで肉薄する。
「それはさっきも見たぞ!」
「知っている」
懐に入ってしまえば槍は思うように扱えない。だから、それをサポートするために剣士が来るのはわかっていた。
振るわれた袈裟斬りを受け流し、その横を斬りつけながら抜けて背後に回る。そして、がら空きの背中に逆に袈裟斬りを叩き込んだ。
「ぐっ」
すぐに剣士は振り返ろうとするが、その向きとは逆側を通って俺は再び背後に回る。
「どこに!?」
「後ろだ!」
一瞬俺を見失った剣士だが、槍術士の言葉に咄嗟に振り返ろうとするが。
「遅い」
突きを心臓に放ち、残っていたHPを削り切る。
「仲間の仇ぃぃぃ!!」
剣士がすぐ近くにいたせいで槍を扱えなかった槍術士だが、剣士が倒れた事で再び猛攻が始まる。
「悪くはないが……」
突き出された槍を上に弾き上げ、がら空きの胴を薙ぐ。
「まだだ!!」
「いや、終わりだよ」
レベルも技量も俺の方が上。それでも諦めまいとする槍術士だが、その顔面に火の槍が直撃する。
「ガッ!」
それによって怯んだ槍術士の心臓を貫き、一気にトドメを刺した。
〈レベルが11になりました〉
〈SPが2ポイント加算されます〉
「もう一人いたのは?」
「倒したわ。隠れていても矢の軌道から位置はわかっていたもの」
マーネならそれくらいは簡単か。飛んできた矢は両方同じ方向から飛んできていたから撃った後に移動もしていないようだったし。
「というか、襲われるのがわかっていたのか?」
「そろそろだとは思っていたわ」
「ふむ」
「さ、邪魔は入ったけれど、行きましょうか。無技の剣で使えるアーツを増やしに」
この場所じゃ大量のスケルトンの相手はやりづらいからと歩き出した。




