一人きりの戦闘
マーネがログアウトしていくのを見送り、これからの予定を立てるために一旦近くのベンチに腰を下ろした。
「これからどうするか」
いつもはマーネに行動の指針を任せていたからこうして改めて何をするか自分で考えてみると悩んでしまう。
とはいえ、俺にできる事はそう多くない。戦う事だけだ。となれば問題になるのは何をするかではなく、どこに行くのか。
「スケルトン狩りかな」
それが一番修行になるんだが、まだ夜までは長い。
とりあえず、スケルトンを釣り出すための光源を買う必要があるか。
いつもはマーネの魔法に頼っていたが、今はマーネがいない。前に雑貨屋に行った時にランタンを見たからそれを買うとしよう。
「でも、その前に俺もリアルの方で夕飯を用意するか」
考えをまとめた俺は少し早めの夕飯の準備のために一旦ログアウトした。
「他に何かいるだろうか」
リアルでの食事を終え、他にいくつか用事を済ませた後、改めてログインした俺は何度か訪れている雑貨屋にやって来た。
ランタンはあったのだが、その辺りの事もマーネ任せだったから他に何が必要なのかもわからない。普通はポーションとかを買うのかもしれないが、まだ予備は残っているし、そもそも未だに使った事がない。
というか、ポーション自体売り切れで今は置いていない。
「どんなアイテムがあるかもわからないし、今回はいいか」
結局、考えてもわからないという結論に至り、今回はランタンだけを買う事にした。
「よし、行くか」
リアルで思いのほか時間がかかったせいですっかり夜になっている。これなら問題なくスケルトン狩りができるだろう。
俺は買ったばかりのランタンを腰につけ、西側の門に向かって歩き出した。
「門付近はやっぱり人が多いな」
少し前は人など全然いなかった荒野だが、今では一番人が溢れる場所になっている。あちこちでスケルトンを相手に戦っているパーティが見受けられる。
「流石にソロはいないな」
スケルトン狩りは油断するとあっという間に囲まれてしまう。俺の場合はマーネに任せておけばなんとかなるんだが、今回は俺一人だ。気をつけなければな。
……俺、マーネに頼り過ぎだな。もう少し一人でもできるようにならなければ。これはいい機会だったかもな。
俺は気持ちを新たに戦っているパーティを避けて荒野の奥へ進んだ。
「この辺りでいいか」
奥地に進む程見かけるプレイヤーが減り、この辺りまで来るとプレイヤーの姿はほとんど見かけなくなった。
目印がある訳ではないが、たぶんもう少し進むとエリアボスだろう。東の平原と北の森のエリアボスまでの距離はだいたい同じくらいだった。ここもそう変わらないはずだ。
俺は腰のランタンに手を伸ばし、灯りを灯す。
すると、すぐに地面の中から次々とスケルトンが現れ出した。
「さて」
倒すだけなら難しくない。レベルが上がった今ならそう苦労せずに倒せる。だが、それでは鍛錬にならない。俺はもっとこのゲームのシステムに慣れるべきだ。
だから自らに枷を課す。
今回俺はスケルトンを全てアーツで倒す。
隙の少ないスラストでも発動後にはどうしても硬直がある。集団を相手にするとその間に一気に囲まれてしまう。
そうならないために大事なのは位置取りだ。足を動かし、一対一の状況を常に作る。そうして囲まれないように立ち回るのだ。
「でも、まずは」
無造作にスケルトンに近づき、囲まれないように気をつけながらわざと攻撃を受ける。そして、HPが三割を切ったところで一度下がる。
これで準備は整った。
逆境によるステータス上昇で上がったAGIを生かし、俺は改めて一気にスケルトンに詰め寄った。
(スラスト!)
鋭い突きが先頭にいたスケルトンの弱点である肋骨の内側の人魂を貫き、一撃でそのHPを削り切る。
アーツ発動による硬直。その間にスケルトンが殺到してくるが、硬直が解けた瞬間に素早くその場から移動する。
これを繰り返すだけ。だが、油断はできない。スケルトンが現れるのは前だけではない。前後左右全てから次々と湧き出してくる。
「ふぅ」
瞳を閉じ、短く息を吐く。
集中力が研ぎ澄まされていくのがわかる。さあ、楽しい夜を始めよう。
〈特定の条件を満たしたため取得可能スキルに【無技の剣】が追加されました〉
「む?」
どれくらい戦っていただろうか。時間も忘れてスケルトンを倒し続けているとそんなインフォが流れてきた。
ふむ、これがどういう意味かはわからない。明日マーネに聞く必要があるか。
チラリとメニューから時間を確認すれば戦い始めてから二時間近くが経過していた。今日はここまでだな。
ランタンの灯りを消し、手早く残っていたスケルトンを全滅させていく。
〈集中Lv4になりました〉
〈アーツ:トリプルスラストを取得しました〉
基本的にインフォは戦闘が終了した段階で流れる。
やはり、さっきのは普通のインフォとは違ったのか。まあ、それも含めてマーネに相談だな。さっきマーネに頼らないようにと決めたばかりだが、仕方ない。
「む?」
さっきまでは集中していたせいで気づかなかったが、少し離れた場所で俺以外にも戦っているプレイヤーがいる事に気づいた。
それほど離れたいる訳ではないが、光源が月明かりだけでははっきりとは見えない。
そこで俺はふと、前に新しく覚えたきり使っていないアーツの事を思い出した。
いい機会だから試してみようとアーツを発動させる。
使うのは遠視。その名の通り遠くを見るアーツだ。それを発動させた瞬間、カメラのズームのように遠くのものが近づいてくる。
「見えた」
群がるスケルトンの間から覗く赤。それは赤い服に身を包んだ一人の少女だった。
少女は鞭を振るい、魔法を放って囲まれないよう舞うように立ち回っている。それはまるで月夜の下の舞踏会。
少女の可憐な容姿とも相俟って幻想的な光景であるが、悠長に眺めていられるほど状況は芳しくない。
上手く立ち回っているとはいえ、少女はおそらく魔法使い。俺のような物理職とは違い、魔法職にはMPという明確なタイムリミットが存在する。
鞭も一応あるが、スケルトンは物理攻撃に高い耐性があり、弱点の人魂を攻撃しなければロクにダメージを与えられない。
少女も鞭自体は牽制として使っているだけで攻撃は魔法がメインだ。
マーネも範囲魔法の使えない魔法使いが囲まれたら詰みだと言っていた。
それでもマーネならその状況を打開する手くらいは持っていそうだが、少女にそれがあるようには見えない。
というか、あるならもう使っているだろう。いつから戦っているか知らないが、奥の手があるならMPに余裕があるうちに使うはずだ。
それをしないという事はあの状況を打開する術がないという事だ。
とはいえ、俺はこのゲームに対して無知だという自覚がある。俺の知らない何かがあるのかもしれないが、それは今考えたところで仕方ない。
今の考えるべき事は助けに入るか入らないかだ。
助けを求められてもいないのに介入するのはあまり歓迎される事ではないとマーネが言っていた。
だから、この場合正しいのは何もせずに立ち去る事だが……。
そんな事を考えているうちに少女は窮地に陥っていた。ついにMPが切れたのか魔法を使わず鞭だけで戦っている。
表情を見る限り、何かを狙っているという様子でもない。
「見捨てるってのは趣味じゃないな」




