依頼達成
「これで設立完了だニャ!」
「結構簡単にできるんだな」
ミャーコ達がクラン設立の手続きをするのを後ろから眺めていた俺は予想外にあっさりと終わった事に思わずそんな感想を漏らした。
「設立に必要な最低三人のメンバーと設立資金があれば簡単よ」
「そうなのか。ちなみに、設立資金てどれくらいかかるんだ?」
「100万Dよ」
「は?」
「あら、現実で100万円を集めようとしたら大変だけれど、この世界で100万Dを集めるのはそう難しくないわよ。現に昨日溜まっていた素材を売り払っただけでその半分以上は賄えてしまうもの」
たしかに、数日で数十万を稼げるならそう難しくはないのか。それに、よく考えれば何も一人で100万D稼がなければならない訳じゃない。
「β時代ですでにヘパイストスは五十人以上のメンバーを抱えていたわ。本サービスになって人も増えているでしょうし、一人当たりの負担は1万Dちょっとね。生産職は戦闘職と比べて多くお金を持っているからクランホームを買う予算を別に用意する事だってできるわ」
「なるほど」
俺は納得して頷いた。
どうやら俺はまだ現実の価値観で物事を考えてしまっているようだ。
「さ、次は私達の用事を済ませましょう」
「む?」
「護衛依頼の達成報告よ。依頼はこの街までの護衛なんだからもう依頼は完了してるでしょ」
「そういえば、そうか。む?じゃあ、帰りはどうするんだ?」
マーネがこの後どうするかはわからないが、ミャーコ達は始まりの街に戻るだろう。その護衛はいらないのだろうか?
「問題ニャいニャ。一度エリアボスを倒せばそれを避けて通れるルートが使えるようにニャるニャ。ファイティングラビットの経験値も入ってレベルも上がったから帰るくらいミャーコ達だけでも余裕だニャ!」
エリアボスさえ避けていけるのならたしかに問題ないか。いくら生産職で戦闘力が低いとはいえ、一番難易度の低い東の平原くらいは抜けられるだろう。
「でも、一緒に帰ってくれるというニャらありがたいニャ」
「……現時点でこの街でやりたい事もないし、どっちみち一度戻るつもりだったから構わないわ」
「流石マーネちゃんニャのニャ!大好きニャのニャ!」
「ちょっと、抱きつかないでくれる」
抱きつくミャーコにマーネは鬱陶しそうに顔を顰めるも、無理に振り払わないあたり本気で嫌がっている訳ではないのだろう。
「ところで〜、マーネさんはクランを作らないのかしら〜?」
「お金も足りないしメンバーも足りないわ。作りたくても作れないわよ」
「って事は、金が足りてメンバーも足りたら作るかもしれないのか?」
「可能性はあるかもしれないわね」
そんな会話をしている三人を一歩離れたところから眺めていると、今までマーネに抱きついていたミャーコが近づいてきた。
「ロータスくんロータスくん」
「なんだ?」
チョイチョイと手招きするミャーコに従い、身を屈めて視線を合わせる。
「マーネちゃん、すごい細かったのニャ」
「知っているけど」
「何を食べたらああニャるのニャ?」
「もともと太らない体質なんだよ」
「ニャんだって!」
と、小声のまま叫ぶという器用な真似を見せ、恨めしげにマーネを見た。
「マーネちゃんは女の敵ニャ!今世界の半分を敵に回したのニャ!」
大袈裟だとは思うが女性の年齢と体重の話は触れたところでいい事がない。ここはスルーするとしよう。
「って、そんニャ事はどうでもいいのニャ!ミャーコは気づいたのニャ!マーネちゃんはとっても抱き心地がいいのニャ!抱いて寝たいのニャ!」
「それは本人に言ってくれ」
「断られるのは目に見えているのニャ!」
「まあ、そうだろうな」
「そこで考えたのニャ!」
そう力強く言うミャーコ。たぶんロクでもないことなんだろうな。
「マーネちゃんの抱き枕を作るのニャ!」
「抱き枕?」
「そうニャ!だからロータスくんに聞きたい事があるのニャ」
「聞きたい事?」
「マーネちゃんのスリーサイズニャ!」
「スリーサイズか……」
俺はチラリとマーネの方へ視線を向ける。ふむ……。
「上から──」
「何を話しているのかしら?」
目の前に突きつけられた杖に俺は思わず口をつぐんだ。
「ミャーコ」
「はいニャ!」
「余計な事はしない事ね。どうなっても知らないわよ?」
マーネの鋭い視線に射竦められたミャーコはブンブンと何度も首を縦に振った。
「ロータスも余計な事は言わないで」
「気をつけよう」
「そもそも、貴方私のスリーサイズなんて知っているの?」
「見ればだいたいわかるけど」
「そうだったわね……」
俺の言葉にマーネは頭を押さえてため息を吐いた。
「もういいわ。それより、さっさと報告をしましょう」
「ん、ああ」
俺とマーネは並んでクラン設立の受付とは別の受付に向かって歩き出した。
無事依頼を達成した俺達は晴れてEランクに昇格し、その後五人で始まりの街に戻ってきた。
「今日はありがとうニャのニャ!」
「別にいいわ。大した手間でもなかったもの」
「ニャハハ、そう言ってくれるとありがたいニャ。このお返しは二人の装備で返すニャ」
「ええ、楽しみにしているわ」
その後ミャーコ達といくつか言葉を交わし、他のメンバーの所に行くというミャーコ達に手を振って見送った。
「なんか一気に静かになったな」
「あの三人、というかミャーコはうるさ……やかまし……明るい人柄だから」
「まあ、マーネとはタイプが全然違うからな。それで、この後はどうするんだ?まだやめるには少し早いだろ?」
「それなのだけれど、私今日はここでログアウトするわ」
「む?何か用事があるのか?」
暇さえあればずっとゲームをしている奴なのに珍しい。買い物なら俺を連れていくはずだし、友達と出かけるなんて事はありえない。あるとしたら……。
「今日、パパとママが二人とも仕事が早く終わるらしくて一緒に食事に行く事になったのよ」
「なるほど。いいんじゃないか。おじさんをあんまり放っておくと拗ねちゃうし」
「……いい歳した大人が困ったものだわ」
「それだけ愛されてるって事だろ」
そっぽを向くマーネだが、照れているのが丸わかりだ。
「俺はどうするかな」
「折角だし、たまには一人で行動してみたら」
「一人か……」
そういえば、ずっとマーネと行動していて一人で行動した事はなかったな。
「そう、だな……。うん、たまには一人でやってみるよ」
「そう。じゃあ、私はそろそろログアウトするわね。あ、私がいないからってナンパとかするんじゃないわよ」
「そんな事する訳ないだろ」
「どうだか」
ナンパなんかした事ないし、そもそも俺じゃあナンパしたところで成功しないだろうに。
「はぁ、貴方が何を考えているのか予想できるわね。まあいいわ。じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」




