エリアボス:VSファイティングラビット
「そういえば、ここのエリアボスについて説明していなかったわね」
エリアボス前の休憩中、思い出したようにマーネが話し始めた。
「ウサギって事はわかるぞ」
名前がファイティングラビットだしな。これでウサギじゃなかったら詐欺だ。
それにしても、エリアボスまでウサギとは。道中のモンスターもウサギばかりだったし、東の平原は一貫してウサギ推しなんだな。
「そうね。ファイティングラビットは子供くらいの大きさのウサギよ。戦闘スタイルはその名の通り格闘戦。高い機動力を生かしたヒットアンドアウェイを仕掛けてくるわ」
「となると、こっちの戦い方はジャイアントボア相手と同じ感じでいいか」
ウサギとなればかなり素早いと予想できる。それと鬼ごっこをするくらいなら待ち構えてカウンターを狙った方がいい。
「ええ、それで問題ないわ。ジャイアントボアやレッドベアと比べれば耐久面はかなり低いわね。火力を上げて挑めば然程時間はかからずに倒せるんじゃないかしら。あと、攻撃力もジャイアントボアやレッドベアよりも低いから今の貴方なら一撃は耐えられるわね」
「ふむ」
「あ、それから、今回私は手を出さないから貴方一人で戦って」
「ああ、わかった」
「ニャ!?」
そう言ってマーネが話を締めくくると、今まで黙って聞いていたミャーコが驚きの声をあげた。
「どうかした?」
「どうかしたかじゃニャいニャ!ニャんでロータスくん一人に任すのニャ!」
「必要ないからよ」
「必要ニャいって……。ロータスくんもロータスくんニャ。ニャんであっさりうニャずいているニャ」
「む?マーネがそう言うという事は俺一人でも問題ないという事だ。なら、それを躊躇う理由はない」
「さあ、休憩は終わりよ。ロータス」
「わかってる」
俺は頷いて残しておいた火熊の香草焼きを食べる。これでSTRが上昇した状態でエリアボスに挑める。
「それじゃあ、行きましょうか」
エリアボスの領域に足を踏み入れて少しすると、一匹のウサギが現れた。
ファイティングラビットLv10 エリアボス
種族:魔獣
「あれがファイティングラビットか」
「ええ、そうよ」
「シャドーボクシングをしているんだが」
「しているわね」
大きさはマーネの言っていた通り、子供くらいある。後脚がかなり大きく発達しており、二足歩行なのに安定感抜群で、何故かしているシャドーボクシングも様になっていた。
そんなファイティングラビットの長い耳がピクリと動き、シャドーボクシングをやめてこちらを見た。
その瞬間、ファイティングラビットは地面が砕ける程の勢いで地を蹴り、弾丸のような速度で先頭にいた俺に跳びかかってきた。
そして、勢いそのままにファイティングラビットの跳び蹴りが俺の腹に突き刺さり、後方へと蹴り飛ばされた。
なるほど、あの大きな後脚は安定感だけでなく、爆発的な脚力をも生み出すのか。
◇◆◇◆◇◆
「ニャ!?いきニャり蹴り飛ばされちゃったニャ!やっぱり一人じゃ無理だったニャ!」
少し離れた位置からロータスが蹴り飛ばされる様子を見ていたミャーコが私の横で騒ぎ出した。
「おいおい、マーネは本当に手を出さないつもりか?」
「ロータス君一人じゃ厳しいんじゃないかしら〜」
それに続いてルイーゼとサテラも訝しげな表情を浮かべる。
「問題ないわ。今のはわざと受けただけだもの」
「わざとニャ?」
蹴り飛ばされたロータスの方に視線を向ければ、空中で体勢を整え、危なげなく着地したところだった。
そのHPは大きく削れ、残り二割くらいまで減少していた。
「早く回復するニャ!」
「必要ないわ。言ったでしょ。わざと受けたって。あれはスキルを発動するために必要だったのよ。回復させたら意味がないでしょ」
「……まさか逆境かニャ!?」
流石はヘパイストスのナンバーツー。逆境なんて不人気のマイナースキルなのによく気づいたわね。
「そのためにわざと受けたってのか?相手はエリアボスなんだぞ」
「流石に無謀なのでは〜?」
「私はそうは思わないわね。それに、見てみて」
私がファイティングラビットの方へ視線を向けると、ミャーコ達三人も私の視線を追ってファイティングラビットを見る。
「HPが減ってる?」
「まさか、蹴り飛ばされる瞬間に反撃していたのかニャ!」
「ええ、そうよ。今のでロータスはファイティングラビットの動きを見切った。もう、ファイティングラビットの攻撃は二度と当たらないわ」
そして、戦いは私達の視線の先で動き出す。
グッと脚を曲げて力を溜め、そこから再び弾かれるようにロータスへと飛びかかる。
さっきも見た光景だけれど、その先にある結果は違う。ロータスに向かって放たれた跳び蹴りはかする事すらせずに躱され、すれ違い様にロータスの剣閃が首元へ走る。
それでも、流石はエリアボス。ファイティングラビットは一瞬も怯まず、着地と同時に切り返して背後から蹴りを放つ。
でも、無駄よ。
背後からの蹴りもロータスはクルリと回って躱し、逆にファイティングラビットの背後から斬りつける。
称号によるダメージ上昇。それに、料理と逆境のステータス上昇が合わさってそのダメージはエリアボス相手にしては大きい。
三度の交差ですでに一割近くHPが減っている。
それからも戦いは続く。
ファイティングラビットの攻撃方法は跳び蹴りだけじゃない。回し蹴りやムーンサルトキック。
それを一切足を止めずに次々繰り出してくるのが厄介なモンスターではあるけれど、ロータスを相手にするには遅過ぎる。
その悉くが躱され、その度にロータスのカウンターがHPを削っていく。
簡単にやってのけるそれがどれだけ難しいか貴方は理解していないのでしょうね。
卓越した剣技と相手の動きを見切る目があって初めて成せる事。真似しようとしたところで真似できるものじゃない。
「一方的だニャ。だから、マーネちゃんは手を出さニャいって言ったのかニャ?」
「ええ、そうよ。あれだけ動き回られると魔法を当てるのも面倒だし、ロータスの邪魔になりかねないもの」
まあ、私ならロータスの邪魔を一切せずにサポートできるけれど。
「あたしには目で追うのがやっとなのに、ロータスは完璧にカウンターを叩き込んでるんだな。これをプレイヤースキルだけでやってのけているんだからバケモンだな。これならジャイアントボアを倒したってのも頷ける」
「あら、面白いのはここからよ」
今まではカウンターを狙うだけだったロータスだけれど、ここで自ら攻勢に出る。
狙うのは跳び蹴り。それを躱し様に斬りつける。そこまでは一緒。だけれど、ここからは違う。
ロータスは通り過ぎていくファイティングラビットの後を素早く追随し、着地してから次に跳ぶよりも早くその大きな脚に足払いをかけた。
それによってファイティングラビットの体が一瞬浮き、その間にロータスは剣を頭上に掲げる。
一瞬の溜め。そこから強烈な一撃が放たれる。
ヘビースラッシュ。強力ながら溜めと技後に硬直のあるアーツ。
発動後には大きな隙ができるアーツではあるけれど、ロータスはちゃんとそれを理解している。
ヘビースラッシュを受けて地面に叩きつけられ、そこから体勢を立て直したファイティングラビットが蹴りを放つが、ロータスはギリギリで距離を取っている。
リアルスキルの高いロータスだけれど、ちゃんとゲームのシステムにも順応している。
「貴方はまだまだ強くなるわね」
「マーネちゃん、ニャんだか嬉しそうだニャ」
「そうかしら?」
貴方が一度は諦めた道。それをこの世界でもう一度歩んでいるのが私は嬉しいのかもしれない。
「本当に一人で倒してしまいそうですね〜」
「でも、もうすぐ強化状態にニャるニャ」
「ロータス、ファイティングラビットの強化は少し速くなるだけよ。気にせず倒しなさい」
「ああ、わかった」
頷くと同時にロータスの剣がファイティングラビットを斬りつけ、そのHPが三割を切る。
その直後、ファイティングラビットは緑色のオーラを纏い出す。
ただでさえ速かったファイティングラビットの速度がさらに増し、勢いよくロータスに跳びかかる。
でも、結果は変わらない。多少速くなったところでロータスとの差は縮まらない。
結局、その後十分程でファイティングラビットのHPはなくなり、光の粒子へと変わっていった。
「マーネちゃんの事チートだと思ってたニャ。でも、ロータスくんもチートだったニャ。この二人と競うプレイヤーには同情するニャ」
チートね……。妬み嫉みや冗談も含めて何度も言われたわね。でも、本当のチートはロータスの方でしょうね。なにせ、あれでもまだ本気じゃないんだから。




