『NEW WORLD ONLINE』
「ここは……」
見渡すとそこは真っ白な空間だった。見渡す限りの白。上も下も右も左もわからないそんな不思議な空間だ。
「む?」
気配を感じて振り返るといつからそこにいたのか笑顔を浮かべた一人の女性が立っていた。
「誰だ?」
『はじめまして。キャラメイクを補助するサポートAIのナビと申します』
AI?流暢で淀みのないその語り口は生身の人間と話しているのと変わらない。AIと言われなければ気づかなかっただろう。
そういえば、凛がこのゲームのAIはすごくてNPCは人間と見分けがつかないって言っていたな。凛が大袈裟に物事を言うタイプではないのは知っていたが、こうして実際に体験するとそこになんの誇張もなかったのだと思い知らされる。
『それではさっそくキャラメイクを始めますか?』
「ああ、そうしてくれ」
おっと、あまりゆっくりはしていられないな。凛も待っているのだ。
『では、まずは名前からです』
本名は駄目だと言っていたな。言われなければそのままレンとでもしていたかもしれない。だが、変えろと言われた以上別のものにするしかない。
さて、どうするか……。
「じゃあ、ロータスで」
とはいえ、あまり捻った名前にしても仕方ないだろう。というか、蓮をただ英語にしただけだ。
『かしこまりました。では、今後ロータス様と呼ばさせていただきます』
「ん、ああ」
様づけに違和感があるが、言っても仕方ないだろう。
『では、続いてキャラクターのビジュアルです。ですが、これについては大きく変える事ができません。ご了承ください』
そう言った直後、目の前に俺の姿が現れる。
「む」
少し驚いたが、これでキャラクターの見た目を決めろという事だろう。一緒にメニューも現れていてそれをイジると目の前の俺の姿が変化する。
「ふむ」
たしかに見た目を大きく変える事はできない。だが、髪や瞳、肌の色なんかは結構自由に変えられるようだ。これだけでも印象はかなり変わるだろう。
少し興味はあるが、ここに時間をかけても仕方ない。そのままでいいだろう。
メニューの一番下にあった決定を押すと目の前から俺の姿が消える。
『では、続きまして職業の選択となります。選べる職業は戦士、魔法使い、シーフ、神官、生産者の五つになります』
魔法使いも少し気になるが、迷う必要はない。俺にできる事はこれだけだ。
「戦士で」
『かしこまりました。それでは最後にスキルの選択です。この中から五つお選びください』
再び俺の目の前に現れたメニューには凛が言っていた通り、いくつものスキルの名前がある。この中から五個選ぶのか。
「ふむ」
とりあえず、凛の言っていた『歩法術』というスキルは決定だ。それ以外はどうするか……。
「よし、決めた」
少しの間悩んだ末、俺は五つのスキルを選んだ。
『剣術』『眼』『歩法術』『逆境』『集中』
『これでよろしいでしょうか?』
「ああ、問題ない」
『では、最終確認です。これでよろしければ決定を押してください』
目の前に俺の姿が再び現れ、その横にはステータスが浮かび上がっていた。
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名前:ロータス
職業:戦士Lv1
STR:10
VIT:10
INT:5
MID:5
AGI:8
DEX:8
SP:0
スキル:剣術Lv1 眼Lv1 歩法術Lv1 逆境Lv1 集中Lv1
称号:
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ザッと確認し、問題ない事を確認した俺は決定を押した。
『スキルについてですが、スキルポイント(SP)を消費する事で新たにスキルを取得する事が可能です。SPはレベルアップまたは特定の条件を満たす事で獲得できます』
なら、ここで長々と悩まずに決めたのは正解だっただろう。最悪スキル選びで失敗しても取り返しがつく。
『これでキャラメイクは終了です。続いてチュートリアルを受ける事ができますがどうしますか?』
チュートリアルか……。
「いや、やめておく。人を待たせているからな」
『かしこまりました。それでは最後に』
綺麗な動作で頭を下げ、笑顔を浮かべた。
『どうぞ、新たな世界をお楽しみください』
その直後、俺の体は光に包まれ、思わず目を閉じると一瞬の浮遊感に襲われた。
そして、再び目を開けるとそこはさっきまでの真っ白な空間から一変していた。
「これがゲームか……」
手を何度かグーパーと開閉してみるが、まるで現実のように違和感ない。
空を見上げればそこは雲一つない晴天。周りを見渡せば中世ヨーロッパを思わせる街並み。背後には噴水が吹き上がっている。
ここは街中の広場か?
噴水の周りにはベンチが並び、本来ならそれなりに広い空間なのだろうが、今は大勢の人で溢れかえっている。
「これが全部プレイヤーなのか?」
仲間同士で話すもの。周りを見渡し、驚くもの。どこかへさっさと歩き去っていくものなど様々な人がいるが、それに共通しているのは全員が楽しそうな事だ。
「俺も早く凛を見つけてこのゲームを楽しみたいな」
とはいえ、この中から一人のプレイヤーを見つけるというのは難儀しそうだ。
さて、もう来ていると思うんだが、どこにいるのか?
「ん?」
と、人混みの一方からざわめきが聞こえてくる。何事かとその方向に視線を向け、思わず苦笑を漏らした。
「探す手間が省けたな」
彼女が進めば人混みは自ら割れ、道を作り出す。そこを優雅に歩くその姿に周りのプレイヤーの視線が集まっていた。
そこにいたのは何を隠そう俺の探していた凛その人だ。
「り──」
ん、呼びかけて直前で踏み止まる。ここはゲームの世界だ。名前を変えろと言っていたのにここで本名で呼んでは意味がないだろう。
ゲームで現実の話をするのはマナー違反だと前に凛が言っていたしな。
名前を呼ぶのをやめ、俺は人混みの間を縫って凛の元に向かった。
「そこにいたのね」
「ああ、待たせて悪いな」
「別にいいわよ。えっと……」
そこで凛は一度俺の頭上に視線を向けた。
「ロータス。そのままね」
「む?なんで俺の名前を?」
「私の頭の上にを見てみなさい」
言われるまま凛の頭の上に視線を向けるとそこに文字が浮かんでいた。
「マーネ?」
「それが私のここでの名前よ。間違えないでね」
「ああ、気をつけるよ」
そこで改めてジッと凛改めマーネを見てみた。
顔や体格は現実と変わらない。違いがあるとすれば雪のように真っ白な髪と透き通るような蒼の瞳だけだ。
元々美少女であったが、今はその髪と瞳の色でどこか神秘的な印象すら与える。その身を包む魔法使いらしい黒いローブと手に持つ木の杖がそれを助長しているのかもしれない。
「なによ?」
「いや、俺と格好が結構違うんだなと思って。職業の差か?」
俺が着ているのは簡素な造りの地味な服とズボン。腰には剣を差している。周りにいるプレイヤーも大半は俺と同じ服を着ている。違いは武器の種類くらいだろう。中には違う服を着ている人もいるが、それはかなり少数派だ。
「これはβテストの特典の一つよ。性能はそれほどよくないけど、初期装備よりはマシね。それより、移動しましょう。ここじゃ落ち着いて話もできないわ」
「そうだな」
広場は今も人で溢れかえっている。さっきから減るどころか増えてすらいるだろう。そのうえ、いまや周りのプレイヤーからかなりの注目を集めているのだ。
俺もマーネもそれなりに人の視線には慣れているが落ち着かないのには変わらない。
「せっかくだからこのまま狩りに行きましょうか」
「任せるよ」
そのまま歩き出したマーネの後をついて行く。
何気なく胸に手を当てればトクントクンといつもよりも早い心音が胸の高鳴りを教えてくれた。
まったく、こんなところまでリアルなんだな。