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護衛という名のピクニック

「いい天気ね」

 雲一つない晴天の空を見上げてマーネは呟いた。

 俺達がいるのは東側の門の前。そういえば、こっちに来たのは初めてだな。

「絶好のピクニック日和ね」

「む、オヤツの準備をしていないぞ」

「大丈夫よ。この前、セカンディアで買った蜜菓子が残っているから」

「なら、安心だな」

「ピクニックじゃニャいニャ!護衛だニャ!」

 あちこちでホーンラビットの跳ねる平原を眺めていると、背後からミャーコの声が聞こえてきた。

「冗談よ。時間ちょうどね」

 メニューで時間を確認してみれば現在の時刻は13時ちょうど。

 ピクニックも捨てがたいが、今日の目的はミャーコ達を護衛して東側の第二の街トゥーシスへと行く事だ。

「今日はよろしくお願いしますね〜」

「よろしく頼むな!」

 護衛対象は三人。昨日言っていた通り、ミャーコとルイーゼ。そして、初めて見る女性プレイヤーだ。

 小麦色の肌に黒髪のショートカット。女性にしては身長が高く、顔にはどこか少年を思わせる笑みが浮かんでいる。

「マーネちゃんもサテラと会うのは初めてだったかニャ?」

「名前は知っているけれど、会うのは初めてね」

「お、そうだったか?じゃあ、改めて自己紹介だな。あたしはサテラ。ヘパイストス所属の料理人だ。今日はよろしくな」

「マーネよ。こっちはロータス」

「ロータスだ」

 マーネに紹介され、俺は頭を下げた。

「二人の売ったアイテムはあたしの所にも回ってきたんだ。ありがたかったぜ。こんなに早くあれだけの食材が手に入るとは思ってなかったからな」

 俺達が昨日売ったアイテムには森林猪の肉や火熊の肉があったからな。それの事を言っているんだろう。

「彼女、あれでもヘパイストスの幹部よ。料理人のトップ」

 と、マーネが耳元で囁くように教えてくれる。

「ミャーコとルイーゼも幹部って言ってなかったっけ?」

「ええ、ミャーコは裁縫師のトップでサブマスター。ルイーゼは木工師のトップよ」

「大物揃いって事か」

「そうね。ただ、本来ならここにいるべき人がいないようだけれど」

「ニャハハ……」

 マーネの言葉にミャーコは困ったように頭を掻いた。

「ミャーコも連れてこようとしたんだけどニャ。引きこもって全然出てこなかったのニャ。あの鍛冶馬鹿め……」

「誰の事だ?」

「ヘパイストスのクランマスターよ」

 ああ、そういえばいないな。クランを設立するならクランマスターになる人はいた方がいいと思うんだけど。

「あれは鍛冶にしか興味がないのニャ。仕方ニャいからクラン設立した後にすげ替えるニャ」

「ミャーコがクランマスターになるんじゃ駄目なのか?」

 クランを実質的に取り仕切っていると言っていたんだから、そのままミャーコがクランマスターになればいいと思うのだが。

「組織のトップが必ずしも全てを取り仕切る必要はないわ。案外組織を動かしているのは別の人がだったりするわ」

「そういうものか?」

「そういうものよ」

 まあ、部外者の俺がとやかく言う問題ではないか。

「とりあえず、パーティを組むニャ。それから、サテラは二人とフレンド登録するニャ」

「おう、わかったぜ」

 サテラから送られてきたフレンド申請を受諾し、続けて送られてくるパーティ申請も受ける。

「これでOKニャ!」

「じゃあ、準備も整ったし、行きましょうか」

「出発ニャ!」

「は〜い」

「おうよ!」

 三者三様の返事を受け、俺達はトゥーシスに向けて出発した。






「平和だな」

 始まりの街を出発して小一時間。ここまで戦闘はゼロ。ホーンラビットが近くを通りかかってもレベル差のせいか襲ってくる気配がない。

 これでは本当にただのピクニックだ。

「平和なのはいい事よ。景色でも見ていなさい」

「景色って言われても」

 最初のうちは初めて見る景色だったからそれなりに楽しめたのだが、ほとんど代わり映えしない景色が続くと飽きてもくる。

「ほら、ウサギもいるわよ」

「いや、それも散々見たから」

「あら、あれは違う種類のウサギよ」

「む?」

 マーネの指差す方に視線を向けると、たしかにホーンラビットとは違う。

 ホーンラビットはその名の通り、頭に角が生えているのだが、あのウサギには角がなく、代わりに牙が伸びている。

「あれはファングラビットよ」

「どう違うんだ?」

「ホーンラビットは角で突いてくるけれど、ファングラビットは噛みついてくるわ」

「じゃあ、あっちのウサギは?角も牙もないけど」

 俺は少し先にいるウサギを指差して尋ねる。

「あれはタックルラビットね」

「突進してくるのか?」

「突進してくるわ」

「それ、ホーンラビットの劣化版なんじゃ」

「そうでもないわよ。角や牙がない分、額が硬いの」

 コンコンとマーネは自分の額を叩いた。

「額だと武器も弾かれちゃって案外強いのよ」

「へぇ」

「まあ、それでも所詮は東の平原のモンスターだから苦戦するのは初心者だけでしょうけど」

 と、そんな話をしていると後ろの方からミャーコ達の会話が聞こえてきた。

「あの二人仲がいいわね〜」

「あたしはβ時代にマーネとあんま関わった事なかったんだけど、聞いた話じゃもっと氷の女みたいな奴だったんだけどな」

「きっとロータスくんは特別ニャんだニャ。昨日も丁寧に色々説明してたニャ」

「ちょっと、聞こえているわよ」

 まあ、マーネは他人に対しては若干素っ気ないところがあるからな。近しい相手にはそんな事もないんだけど、なかなかそこまで行く相手も少ない。

 特に男だと下心満載で近づいてくる奴ばかりだから全然近づけようとしないんだよな。

 ミャーコ達みたいな相手がもう少し増えてくれるといいんだが。






「止まって」

「む?」

 突然何もない所で立ち止まったマーネに続いて俺も足を止める。

「ここから先はエリアボスの領域よ」

「そうなのか?」

 見ただけではわからないな。何か目印になるような物もなく、平原が続いているだけだ。

 そういえば、北の森も目印になるような物はなかったな。

「よくわかるニャ。どうやって判断してるニャ?」

「ただ覚えているだけよ」

 なんでもないように言うマーネ。事実マーネからすればこの程度はなんでもないのだろう。

「エリアボス突入前に食事にでもしましょうか。この辺りのモンスターなら襲ってこないでしょうし」

「お、飯か!昨日二人が売った肉で飯を作ってきてあるんだよ。食べてくれ!」

 言うが早いかルイーゼがその場にレジャーシートのような物を広げ、そこにサテラが料理を並べていった。



 [森林猪のカツサンド]品質B -

 フォレストボアの肉に衣をつけ、サッと揚げたトンカツをパンで挟んだ一品。サクサクの衣とジューシーな肉、柔らかなパンが調和していて大変美味。

 効果:30分間VIT上昇:小



 [火熊の香草焼き]品質B

 レッドベアの肉の臭みを香草によって取り除き、焼き上げた一品。クセもなく、香草の香りも相俟って舌と鼻両方で楽しめる。

 効果:40分間STR上昇:小



 他にも並べられたが、特筆するべき物はこの二つだろう。

 今まではほとんど屋台で食事を済ませていたが、そこではいつも効果の部分がなしになっていた。だが、この二つの料理にはステータスアップの効果があるのだ。

「能力上昇の効果をつけるには最低でも品質B -以上が必要ね。住人の作る物は基本的にCが限界だから見た事がないのは当然ね」

「なるほど」

「今の設備じゃこの辺りのが限界だな。もっといい設備があればさらに美味い物を食わせてやれるんだけど」

「それは別の機会に楽しみにしているわ」

「おうよ!楽しみにしていてくれ!」

「早くいただくニャ!こんニャ美味しそうニャ料理を目の前に我慢だニャんてニャま殺しニャ!」

「じゃあ、いただきましょうか」

 そう言って俺達はそれぞれ料理に手を伸ばし、口に運んでいく。

「美味しいニャ!」

「熊独特の臭みないし、美味いな。前に食べた時は臭いがキツかったんだよな」

「お、ロータスは現実でも食べた事があるのか?」

「ん?ああ、前に山籠りをした時に」

 あの時はいきなり襲われて驚いたな。まあ、その日の夕食になってもらったが。

「ニャんか現代日本じゃ聞きニャれニャい言葉を聞いた気がするニャ」

「何かあったか?」

「ニャんでもニャいニャ」

 俺は料理を食べながらふと、一つの疑問を抱いた。

「これ、効果のある料理を複数食べたら効果はどうなるんだ?」

「最後に食べた物の効果が優先されるわ。だから、貴方は火熊の香草焼きを最後に食べるのよ」

「ああ、わかった」

 その後も俺達は穏やかな時間を過ごし、料理に舌鼓(したつづみ)を打っていった。

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