猫耳のミャーコ
「すいてきたわね。この様子だと売り出したのは今日からみたいね」
「昨日から売り出したならもう少し落ち着いているって事か?」
「そういう事ね」
立ち上がったマーネは人の途切れた店に向かって歩き出した。
「久しぶりね」
「ニャニャ?マーネちゃんじゃニャいの!久しぶりだニャ!」
「ニャ?」
特徴的な話し方をするその人物はオレンジの髪に同色の猫耳をつけた小柄な女性プレイヤー。ニコニコと笑顔を浮かべ、天真爛漫な様子が窺える美少女だ。
「ロータス、この人はミャーコ。私がβ時代にお世話になった裁縫師よ」
「はじめましてニャ!ミャーコはミャーコって言うニャ!よろしくニャ!」
「ああ、よろしく。俺はロータスだ」
テンションの高い人だな。基本ローテンションのマーネとは正反対だ。
「それにしても、あの魔女王がパーティを組んでいるニャんてニャ。しかも男とニャんて!」
ニコニコというか、ニヤニヤとした笑みにマーネはわずかに眉を顰めた。
「魔女王って?」
「……不本意ながら私の異名というか二つ名よ」
「へぇ」
俺の問いにマーネは不服そうに教えてくれた。
「ちなみに、この人も二つ名持ちよ。猫耳っていう」
「猫耳?」
俺はミャーコの頭の上の耳を見て納得して頷いた。
「ニャハハ!仲よさそうだニャ!それでロータスくんとマーネちゃんはどういう関係ニャんだニャ?」
「……幼馴染みよ。リアルの」
「ニャるほどニャー」
と、そこでマーネをニヤニヤと見ていたミャーコが俺に視線を向けてきた。
「ロータスくんはマーネちゃんの事をどう思っているのかニャ?」
「どう?んー……」
どう思っているか、か……。
「とりあえず、自分の部屋くらいは自分で掃除してほしいかな」
「ちょっと、余計な事言わないでくれる」
「ニャハハ!マーネちゃんはそんなできる女風ニャのに実は駄目人間ニャんだニャー」
そうなんだよな。家事全般駄目だし、基本引きこもり。何気に弱点も多いしな。ジッとしてれば普通に美人なんだけどな。
「まあ、面白い話も聞けたし、今日はここまでにするかニャー。それで、今日はどんニャ御用かニャ?ついにつけ耳をつけてくれる気になったのかニャ!」
そう言ってミャーコはどこかからマーネの髪色に合わせた白い猫耳を取り出した。
「やっぱりマーネちゃんには猫耳だニャ!ロータスくんもそう思うニャ?」
「まあ、たしかに猫耳は似合いそうだよな」
性格的にも普段の様子的にも猫っぽいし。
「でも、俺は狐耳とかも結構似合うと思うんだよな」
「ニャ、ニャるほど。それは盲点だったニャ……」
「つけないし、貴方も乗らないで」
「残念だニャー」
「残念だ」
まあ、あまりからかっても機嫌が悪くなるかもしれないからな。そろそろ本題に戻るとしよう。
「素材持ち込みで防具製作の依頼よ。素材はこれでお願いするわ」
マーネの目配せを受けて、アイテムボックスから素材となるアイテムを取り出した。
何を使うかは待っている間にマーネから言われている。今回使うのは森林猪の毛皮と火熊の毛皮だ。
「ニャニャ!?」
その素材を見たミャーコは驚いた表情を浮かべ、俺達の顔を交互に見た。
「あのアナウンスはマーネちゃん達だったのかニャ?流石はマーネちゃんが選んだプレイヤーだニャ」
「む?」
驚いた様子だったミャーコの顔に今度は感心の表情が浮かび、俺の顔を見てくる。
「この事はニャい密にしておくニャ。それで、どんな風に作るのニャ?」
「ジャイアントボアの素材で私のローブを。レッドベアの素材でロータスの防具を作ってちょうだい」
「了解ニャー。他にはあるかニャ?」
「貴女に頼むのはこれだけね。ただ……」
「ニャるほど。ニャるほど。ちょっと待ってるニャ」
そう言ってミャーコは俺達を残してどこかに駆けていった。
「どこに行ったんだ?」
「たぶん──」
「お待たせニャ!」
「早いな」
マーネが説明するよりも早くミャーコは別の女性の手を引いて戻ってきた。
「どこに行くのかしら〜、ミャーコちゃん〜」
ミャーコに連れてこられたのはおっとりとしたお姉さんといった感じのプレイヤー。ふわふわした紫髪に豊かな胸を持ち、ミャーコの無邪気な笑顔とは違うゆったりとした笑顔の女性だ。
「あら〜、マーネちゃん久しぶりね〜」
「久しぶりね。また依頼したいのだけれど、いいかしら?」
「もちろんよ〜」
どうやらこの人もマーネとは知己のようだな。ゲーム内とはいえ、マーネがちゃんと人付き合いをできているを見ると少し安心だな。
「なにかしら?貴方から妙に生暖かい視線を感じるのだけれど?」
「気のせいじゃないか?」
「あら〜、そっちの子ははじめましてね〜」
「ん、ああ。俺はロータスだ。マーネの幼馴染みだ」
「私はルイーゼよ〜。木工師なの〜。何かあったら気軽に言ってね〜」
「ああ、その時は頼む」
どちらも笑顔なのは変わらないが、どちらかと言えばせっかちな印象を受けるミャーコとは真逆だな。
「それで〜、今日は何をすればいいのかしら〜」
「杖の作成をお願いするわ」
そう言ってミャーコに渡した時と同じようにアイテムボックスからトレントの枝というアイテムを取り出してルイーゼに渡した。
「あらあら〜」
それを受け取ったルイーゼは一瞬目を見開いたが、すぐに元のおっとりとした雰囲気に戻る。
「何か希望はあるかしら〜」
「いえ、またすぐに変える事になるからそこまで気にしなくていいわ」
「は〜い、了解よ〜」
ルイーゼは頷いてトレントの枝を受け取り、アイテムボックスにしまった。
「それからいらないアイテムの買取をお願いしたいのだけれど。少し量が多いけれど大丈夫かしら?」
「大丈夫ニャー。いくらでも買い取ってあげるニャ」
「そう。なら、お願いするわ」
そう言ってマーネはメニューを操作し、売るアイテムのリストをミャーコの前に表示させた。
「ニャハハ。たしかにこれは多いニャ。特に巨大蜂の針と羽の数が尋常じゃニャいニャ」
二度手間だからと俺の分もマーネに預けてある。合わせれば巣を殲滅した時の影響で千を超えているからな。
「まあ、問題ニャいニャ。針は鏃として。羽は装飾品として使い道はあるニャ。特に矢は消耗品だから需要は常にあるニャ。それで、買い取り額はこれくらいでどうかニャ?」
ミャーコの表示した代金をマーネが確認し、頷いて了承した。
「問題ないわ。これでアイテムボックスの中もスッキリしたわね。お金にも余裕ができたし」
装備の依頼と不用品の売却。これで目的は達したか。
俺はマーネと目配せしてそろそろ辞去しようとしたが、それより早くルイーゼによって呼び止められた。
「ミャーコちゃん〜、あの件二人にお願いしたらどうかしら〜」
「ニャるほど。それはいい案だニャ!」
「あの件?」
「なんとなく予想はできるわね」
二人の会話はマーネには理解できたらしい。俺にはまるでわからないが。
「二人にお願いがあるニャ」
「一応聞きましょうか」
「マーネちゃんの予想している通りニャ。二人にはミャーコとルイーゼ。それともう一人を護衛して東側の第二の街、トゥーシスに連れていってほしいのニャ」
「護衛?」
東の平原には行った事はないが、難易度は一番低いはずだ。わざわざそこに護衛がいるのだろうか?
「この場合の護衛というのはパーティを組んでエリアボスを討伐してくれという事よ」
「ああ、なるほど」
第二の街に行くにはその前に立ちはだかるエリアボスを倒さなければならない。戦闘職じゃないミャーコ達には自分達だけで倒すのが難しいからこその護衛という訳か。
「もちろん報酬は払うニャ。それに、冒険者ギルドを通して正式な依頼としてお願いするニャ」
「ん?冒険者ギルドを通すと何か違うのか?」
「単純な報酬だけじゃなくてギルドの貢献度も加算されるの。たぶん、この依頼を達成すれば今までの分と合わせてランクが上がるわ。この手の依頼は討伐依頼よりも貢献度が高いから」
ふむ、依頼一つにしても色々と奥深いものだな。
「マーネちゃん達にとってもミャーコ達がトゥーシスに行くのはメリットがあるはずニャ」
新たに出てきた疑問に隣に立つマーネの顔を見ればすぐさま説明してくれる。
「貴方の疑問に答えるにはまずミャーコ達が何故トゥーシスを目指すのかという話になるわ」
「何故?」
先に進む事に理由があるのだろうか。これはゲームなのだから先を目指すのは当然の事だと思うのだが。
「って、貴方は考えているのでしょう?」
「まあ、そうだな」
「それは私達のようなプレイヤーの話よ。ミャーコ達は生産職。第一の目的は物を作って売る事。まあ、作る事だけで完結しているプレイヤーもいるけれど、今回は省略するわ。で、話を戻すのだけれど、物を売るにはそれを買う人が必要になる。今、この世界で一番プレイヤーが集まっているのはどこ?」
「ここ、だな」
少し前に他のプレイヤーがエリアボスを倒したというアナウンスが流れたという事は別の街に移動できるプレイヤーは極わずかという事だ。
それ以外のプレイヤーはまだ全員がこの始まりの街にいるという事になる。
「という事は普通に考えたらミャーコ達が先行してトゥーシスに行く理由がないように思えるんだけど」
「その通りよ。本来ならミャーコ達が急いでトゥーシスを目指す理由はないわ。生産職とはいえ、レベルさえ上げれば自分達でもエリアボスは倒せる。時間は少しかかるでしょうけど」
「なのに俺達に依頼をしてまでトゥーシスを目指すという事は何か別に理由がある?」
俺の言葉にマーネは満足そうに頷いた。
「ミャーコ達がトゥーシスを目指す理由。それはクラン設立よ」
「クラン?」
ここでまた俺の知らない単語が出てくるのか。




