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レアモンスター:VSレッドベア

「さあ、始まりの街に戻りましょうか」

「…………」

 空に浮かぶ太陽の下を悠々と歩いていくマーネの背中を俺は無言で見つめた。

「な、なによ」

「べつに」

 昨日、セカンディアでログアウトした俺達は今日朝一で始まりの街に戻る予定だった。

 朝一というのは現実での時間であり、いつも通りの時間にログインしたならゲーム内はまだ日が昇る前のはずだが、見上げた空には太陽が顔を出している。

 そうなった理由は単純。マーネの寝坊だ。

 俺は約束していた9時にログインして待っていたのだが、一時間経ってもマーネが来ない。

 この時点で俺はマーネは寝坊だと確信し、一度ログアウトして見に行ってみれば案の定。

 どうやら昨日ログアウトした後、撮り溜めていたアニメを一気見したらしく寝たのは明け方になったらしい。

 仕方ないのでマーネを起こし、慌ててログインしたところですぐに昼になるからと先に昼飯を食べてからこうして改めてログインしたのだ。

「いいから行くわよ」

「はいはい」

 まあ、マーネは朝が強い方じゃないからな。俺からすればかなり遅いが、マーネからすれば9時でも早いのだ。そう考えれば最近は頑張って起きていると言えるか。

 俺がこうやって甘やかすのが悪いのか?






「初めて見るモンスターだな」

 北の森のモンスターはだいたい見たと思ったんだが、今俺達の目の前にいるのは初見のモンスターだ。

 見た目はフォレストベアに近い。だが、本来のフォレストベアの毛は茶色なのに対し、今目の前にいる熊の毛は燃えるような赤。

 しかも、フォレストベアよりも二回り程大きいかなりの巨熊だ。



 レッドベアLv12 レアモンスター

 種族:魔獣



「レアモンスター?」

「各フィールドに一種類だけいる通常よりも強力なモンスターよ。強さはエリアボスにも引けを取らないわ」

「なるほど」

 たしかに通常モンスターとは威圧感が違う。あのジャイアントボアと同格というのも納得だ。

「探しても見つからない時は見つからないくらい珍しくて、一日探し歩いても出会いない事があるのがレアモンスターなのだけれどね」

「今普通に目の前にいるんだが」

「探し物って探している時は見つからないのに、ふとした時に見つかるって事ない?」

「まあ、わかるけど」

 あれって意外な所から出てきたりするんだよな。

「それで、どうするんだ?」

 戦うのか逃げるのか。ジャイアントボアと同等という事は間違いなく強敵ではあるが、倒せない相手ではないはずだ。

「それとも、エリアボスと同じように逃げられないのか?」

「いいえ、レアモンスターはエリアボスと違って逃げる事は可能よ。熊と追いかけっこをして勝てるのなら」

「それ、実質逃げられないって事だろ?」

「貴方が引きつけている間に私が逃げる事はできるわ」

「俺が囮になる前提だな」

「あら、なら私を囮にして逃げる?AGIの数値的に二人揃って逃げれば必然的に私が囮になるわよ」

「ないな。お前を置いて逃げる訳ないだろ」

「そ、そう……」

 顔を()らしてマーネはわざとらしく咳払いをした。

 む?顔が赤いようだが風邪でもひいたのか?いや、そもそもゲーム内で風邪ってひくのか?

「冗談はここまでよ。どうせ後で探しに行こうと思っていたモンスターなのだから予定が少し早まっただけ。倒すわよ」

「了解」

 凶暴な見た目の割に慎重なのか、ジッとこちらの様子を窺っていたレッドベアだったが、俺が剣を抜いたのを見て臨戦態勢を取る。

「基本的には普通の熊と変わらないわ。ただし、攻撃力はジャイアントボア以上」

「つまり、一撃も受けるなっていう事だな」

「ええ。それから、レッドベアは魔法を使う」

「魔法?」

「貴方は気にしなくていいわ。私が防ぐから」

「わかった」

 俺は頷いて答え、レッドベアに肉薄する。

「ガアァァァァ!!!」

 常人ならそれだけで身がすくんでしまいそうな咆哮をあげ、レッドベアもまた動き出す。

 そして、然程あった訳でもない距離は瞬く間に埋まり、俺達は正面から対峙した。


(挑発!)


 まずはいつも通り挑発でヘイトをあげ、俺に注意を引きつける。

 勢いそのままの噛みつきを躱し、すれ違い様に首へスラッシュを叩き込む。

 素早くHPを確認してみるが、減りはイマイチ。ジャイアントボアよりは減っているだろうか。

 攻撃力はレッドベアが上。耐久はジャイアントボアが上。速さは戦い方が違うからなんとも言えないが、同等ぐらいだろうか。

 どうせ一撃も受けられないなら耐久が低い分ジャイアントボアよりも(くみ)し易いか。

「ガアァァ!!」

 レッドベアは巨体に見合わぬ素早い動きで立ち上がり、振り返りながらその鋭い爪を振るってくる。

 唸りをあげて迫る強烈な一撃を俺は掻い潜って躱し、脇腹を斬り裂く。

 さらにマーネの放った水球が後頭部に直撃するが、レッドベアはまるで動じた様子もなく続けて逆の爪を振るってくる。

 たしかにレッドベアの攻撃は強力だ。左右の爪も鋭い牙も一撃で俺のHPを削り切るだけの威力を持っている。

 とはいえ、脅威となるのはその二つだけ。左右の爪も大振りで見極めてしまえば回避は難しくないし、噛みつきも動き出しで予測できる。

 はっきり言ってこの程度ならステータスがいくら高かろうと脅威にはならない。

 それだけ、ならばだが。

 爪を躱し、レッドベアの脇を抜けて背後に回る。

 懸念すべきはマーネの言っていた魔法。そういえば、俺はまだ魔法を使う相手と戦った事がなかったな。

「む」

 そして、ついに懸念していた魔法がやってくる。

 振り返ったレッドベアの前に魔法陣が現れ、火球が放たれた。

 俺は咄嗟に避けようとするが、それよりも早く背後から飛来した水球が火球と衝突し、打ち消した。

 そうだったな。俺は魔法など気にせずに攻撃しろと言われたんだった。

 俺は頭の中で魔法への警戒を下げ、レッドベアに斬りかかった。






 戦いは優位に進められていると言えるだろう。左右の爪も噛みつきも俺には当たらず、時折放たれる魔法もマーネが的確に防ぐ。

 とはいえ、流石はエリアボスと同格のモンスター。そのHPは未だ七割をようやく割ったところ。

 昨日のトレントもタフなモンスターだったが、やはり格が違う。

 と、ここで戦いに変化が訪れる。レッドベアは左右の爪を抱え込むように同時に振るい、俺の方へ覆い被さってくる。

 これでは脇を抜ける事はできないと判断した俺は咄嗟にバックステップで後ろに下がってそれを躱す。

 そこで本来の四足歩行に戻ったレッドベアは俺に向けて口を大きく開けた。

 噛みつきか?いや、違う。

 大きく開かれたレッドベアの口内に炎が渦巻く。

 火まで吹くのかこの熊は……!

 回避──を考えるも位置取りが悪い。俺の真後ろにはマーネがいるのだ。射程はわからないが、このまま火を吹かれると、マーネまで巻き込まれてしまいかねない。

「吹かせる前に止める」

 瞬時に判断して避けるのではなく前へ。

 だが、結果的に俺の心配は杞憂(きゆう)に終わった。この事態などマーネには予想の内だったのだ。

 俺がレッドベアに到達するよりも早く、俺の横を抜けて土球がレッドベアに迫り、そのまま大きく開かれた口にはまった。

「ッ!?」

 突然の事にレッドベアの顔に驚愕が浮かび、慌てて土球を吐き出そうとする。

 だが、それを好機と捉えた俺は咄嗟にレッドベアの咥える土球に蹴りを叩き込み、さらに奥へと押し込んだ。

 喉を完全に塞がれたレッドベアは炎どころか息をする事すらままならず、その場で暴れ出し始めた。

 ただ暴れるだけなど俺にとっては容易い相手だ。素早く肉薄して斬りつけていく。

 マーネもこの好機を逃す事なくダメージを与えるべく、今まで魔法を防ぐのに使っていた分の魔法も攻撃へと回す。

 しかも、息ができないせいか、レッドベアのHPは徐々に減っていく。

 そのまま俺達はダメージを重ね、レッドベアのHPはみるみるうちに減っていった。

 このまま倒し切れれば楽なのだが、残念ながらそこまで楽はさせてくれない。

 そのHPが三割を切ったところでレッドベアが炎の様な赤いオーラを身に纏い、それと同時に喉を塞いでいた土球が砕けた。

「ガアァァァァ!!!」

 口から土を塊を吐き出したレッドベアは忌々しげにこちらを睨み、咆哮をあげた。

 あの赤いオーラはジャイアントボアの時にもあった能力上昇か。

「今の貴方の考えている通りよ。HPが一定以下になった事で起こる能力上昇。レッドベアの場合は攻撃力と魔法の威力が上がるわ」

「つまり?」

「今までと何も変わらないという事よ」

 ならば、前へ。俺にできるのは敵を斬る事。そこに迷いはない。

 赤いオーラのせいで見た目の凶悪さは上がったがその程度で臆しはしない。

 振るわれた爪を躱して懐に飛び込み、目の前の巨体を斬りつける。

 着実にHPは削っているはずだが、レッドベアはそんなのお構い無しとばかりに俺の頭を噛み砕くべく向かってくる。

 俺はそれを後ろに下がって躱し、四足歩行になった事でちょうど目の前にあるレッドベアの目に剣を突き立てた。


(スラスト!)


 出も早く、発動後の硬直も短い突き系のアーツだが、短いとはいえそこにはたしかに硬直がある。

 その隙を突くべくレッドベアは大きく口を開けたが、そこで俺の後方に立つマーネが視界に入る。

 さっきの記憶が蘇ったのか一瞬レッドベアの動きが止まり、その間に硬直を脱した俺は再びレッドベアとの距離を詰め、剣を振るう。

 最初遭遇した時にすぐに襲ってこなかった慎重な様子や直前のマーネの姿を見て攻撃を躊躇った様子からこのレッドベアは相応の知能がある事が窺える。

 もちろん、本能で判断している部分もあるだろうが、戦いの中で学習能力があるのは間違いない。

 そんなレッドベアがここまでまるで当たっていなかった物理攻撃を捨てるのは必然と言えるだろう。

 今までなら俺に向かって爪を振るって引き離しにきていたのだが、斬られるのも構わずレッドベアは魔法を放ってきた。

 放たれたのは火球。そこにマーネが放った水球が直撃するが、それだけでは打ち消せず、続けて放たれた火球でようやく相殺できた。

 どうやら、強化状態に入った事でマーネの魔法一発では相殺できなくなったらしい。

 続けてレッドベアの放った火の矢をやはりマーネは一本の矢に複数魔法を当てて相殺する。

 レッドベアのMPがどれだけあるのかはわからないが、どうしても数を多く撃たなければならないマーネが不利。

 マーネのMPがなくなるよりも早くレッドベアのHPを削り切れるかと言われれば、正直厳しいだろう。

 どうにか短期決戦で勝負を決めなければいけないが……。

「ロータス」

 名前を呼ばれ、振り返って一瞬マーネと視線を交わし、思い出す。最近使っていなかったスキルの事を。

 俺は一旦後ろに下がってレッドベアと距離を取り、その背に突き刺さった風の矢によって再び前に押し出される。

 風の矢が当たる毎に俺の体は前に押され、それと共にHPが減っていく。そして、きっかり三割を切ったところでそれは発動した。

 スキル『逆境』。

 ここ最近あまり使っていなかったスキルだが、その効果はHPが三割以下になると全ステータスを上昇させるというもの。

 これでレッドベアのHPを削り切る。

 風の矢に押し出された勢いそのままに肉薄し、一閃。やはり逆境発動によるステータス上昇の恩恵は大きく、今まで一番大きなダメージが出る。

 さらに、逆境でのステータス上昇は攻撃力だけではなく、俊敏性も上がっているのだ。そうなれば、必然的に手数も増える。

 そこまで来ると流石のレッドベアも無視する事ができなかったのか、魔法をやめ、俺を振り払うべく爪を振るってくる。

「それが俺に当たったか?」

 能力上昇も相俟って大木すら容易く薙ぎ倒せてしまえそうな一撃だが、当たらなければどうという事もない。

 その爪を掻い潜ってさらに一閃。そのまま背後に回る。

 レッドベアの魔法が止まった事でマーネの攻撃も再開し、残り少ないHPを削っていく。

「ガアァァァァ!!」

 このままでは終わらないとばかりにレッドベアは四足歩行に戻り、大きく口を開ける。その口内には俺を焼き尽くすべく炎が渦巻いている。

 今はマーネが背中側にいるから塞がれる事はないと判断したのだろう。だが……。

「マーネがいないなら俺も心置きなく躱せるんだよ」

 最初に迷ったのは避ければマーネに被害がいくと思ったからだ。だが、今はその心配もない。

 レッドベアの口から放たれた燃え盛る炎を身を低くして躱し、背中に熱を感じながらレッドベアに迫る。

 たしかに強力な技なのだろう。その威力は必殺技とでも呼べるようなものだ。だが、強力な技というものは往々にして隙ができやすい。今から俺の使う技のように。


(ヘビースラッシュ!)


 溜め。そして、そこから放たれる強烈な一撃がレッドベアの首元を捉え、そのHPを削り切った。

「勝ったか……」

 技後の硬直の中でそれを見届け、俺は短く息を吐いた。

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