詐欺師の森
「北の森とあんまり変わらないか?いや、木の種類が違うか。それに少し薄暗い」
休憩を終えた俺達はセカンディアの先の森へとやってきていた。
「そうね。この森の木を使ってあの街は成り立っているの」
「でも、こうしてわざわざ足を運んでいるって事はこの木が目的ではないんだろ?」
「ええ、そうよ。目的は別にあるわ。それも繋ぎの装備用だけれどね」
「ふむ」
まあ、その辺りは俺にはわからないしな。マーネが必要だと言うなら否はない。
「そういえば、この森はなんて名前なんだ?」
ここまで来ておいてなんだが、この森の名前を聞いていなかった。北の森というのは第一の街とセカンディアの間ににある森の事でここは別の名前があるはずだ。
「詐欺師の森。それがこの森の名前よ」
「それはまた、不穏な名前だな」
「名前の由来はすぐにわかるわ。行きましょうか」
「ああ」
俺は頷いて森の中は足を踏み入れた。
「気配察知に反応はある?」
「いや、今のところをないけど」
「でしょうね。ここのモンスターはだいたい気配隠蔽のスキル持ちだから、レベルの低いうちは気配察知でも見つけられないのよ」
「って事は自力で見つけないといけないって事か」
「ええ、でも──」
マーネの言葉の途中で俺は剣を抜き、近くの木に突き立てた。
「たしかにこれは面倒そうだな」
木目トカゲLv 7
種族:魔獣
パッと見ではただの木にしか見えないが、よく見ると剣の先に木に擬態したトカゲがいる。
剣を一度抜くと木目トカゲは慌てて逃げようとするが、それを逃すまいと一閃。
首に走った斬撃によって木目トカゲのHPは一撃で消え去り、そのまま光の粒子になって消滅した。
「マーネの言った通り、詐欺師の森の由来はよくわかったよ」
気配隠蔽だけでなく、ここのモンスターは擬態能力があるのだろう。
「説明の手間が省けたようでよかったわ」
「気配察知は役に立たず、視覚も当てにならない。ここ、結構難易度高くないか?」
「当然でしょ。ここは第二エリア。始まりの街周辺とはちがうのよ」
流石に今まで通りにはいかないか。もっと気を引き締めていかないとな。
「まあでも、貴方なら大丈夫でしょ」
そう言ってマーネは俺の傍に寄ってくる。まあ、近くにいた方が対処しやすいからいいんだけど、これは俺を盾にする気じゃないよな?
その後も俺達は擬態して襲ってくるモンスターを相手しながら森の中を進んだ。
木目トカゲを始め、枝に擬態したブランチスネーク。岩に擬態したロックタートル。草に擬態したトラップグラス。
そして、今相手しているのはこの森では珍しい気配隠蔽も擬態能力もない相手だ。一メートル程の大きさの蟻。ソルジャーアント。
ソルジャーアントLv8
種族:魔蟲
「ここのモンスターは擬態能力がある代わりに戦闘能力はあまり高くないの。その分状態異常系の攻撃だったりがあるのだけれど、このモンスターだけは別。この森の掃除屋よ」
木目トカゲは噛みついた相手に石化の状態異常を与え、ブランチスネークの牙には毒がある。ロックタートルに噛まれると麻痺するし、トラップグラスは近づいた相手に葉を伸ばして巻きつき、動きを封じてくる。
そこにこのソルジャーアントが集まり、弱った人間を襲うのだ。
「まあ、デカい虫なら蜂で慣れたけどな」
あれよりも多少大きいが、動きも遅いし、空も飛んでいない。数はそれなりにいるがビッグホーネットの巣に襲撃をかけた時に比べれば大した事はない。
「甲殻は結構硬いけど節なら問題なく刃も通るな」
一撃で倒すには威力が足りないが、俺がHPを減らしたところにマーネが魔法を叩き込んで次々にソルジャーアントを倒していく。
それから十数分程戦闘は続き、ソルジャーアントは全滅した。
「平常時に相手するならそこまで強いモンスターじゃないけど、数が多いから時間は取られるな」
「そうね。このままじゃ今日中に目的が達成できないかもしれないから先を急ぎましょう」
「ああ」
それからまた歩き出すと、しばらくして明らかに怪しい物が現れた。
それは一メートル程の巨大なキノコ。突然ポツンと現れたキノコは見るからに怪しい。
「あれはモンスターだよな?」
「違うわよ」
「違うのか?」
あれだけ見るからに怪しいのに違うのか……。いや、あれだけあからさまだと逆に、という事なのか?
「でも、あの大きいキノコの下に小さいキノコがあるのは見える?」
「え?ああ、たしかにあるな」
言われるまで気づかなかったが、たしかに巨大キノコの下に普通サイズのキノコがある。
「あっちはモンスターよ」
「普通のキノコに見えるんだけど」
「本当の悪人は見た目ではわからないものよ。それと一緒。見るからに怪しい隣のキノコに意識を向けさせて自分は隙を窺う」
「いやらしいな」
「詐欺師の森に相応しいモンスターでしょ。言っておくけど、あのモンスターのエゲツなさはこの森屈指よ。近づくと麻痺性の胞子を撒き散らすうえ、周囲のモンスターを集める臭いを発するの。だから、倒すとしたら……」
マーネは小さなキノコに杖を向け、火球を放った。
「ピギィィィ!!」
火球が直撃した途端、キノコは燃え上がり、どこから発しているのかわからない奇声をあげた。
キノコモドキLv8
種族:精霊
そこでようやく情報が視えるようになる。
あれ、キノコじゃなくて精霊だったんだな。
「なんて言うか、いろんなモンスターがいるんだな」
「世界は広いのよ」
「みたいだな」
燃え尽き、消えていくキノコモドキを尻目に俺達は再び歩き出した。
「いたわ」
「……どれだ?」
周囲を見回していたマーネが一点を見つめ、突然立ち止まった。
だが、マーネの視線を追ってみるがそこにあるのは変わらぬ森の景色だけ。正直、俺には何が違うのかわからないんだが……。
「初見じゃわからないかもしれないわね」
おもむろにマーネは杖を構え、一本の木に向けて風槍を放った。
初めて見る魔法だが、火魔法と風魔法のレベルが3になって新しく魔法を覚えたと言っていたからこれがその魔法なのだろう。
その風槍は唸りをあげて飛び、一本の木に突き立った。その瞬間。
「ウオォォォォ!!」
その木が身を震わせ、幹に目と口のようなウロが現れる。さらに枝が腕、根が足になって動き出した。
トレントLv9
種族:精霊
「見ての通り、火が弱点なのだけれど、今回はそれを使えないわ」
「ふむ」
「火魔法を使うと私の欲しいトレントの枝がトレントの炭になってしまうの」
「それは杖としては使えないな」
「そういう事よ」
まあ、問題はない。どうせ、俺にできるのはただ剣を振る事だけだ。それに、マーネなら弱点の火魔法を使えなかろうがどうとでもするだろう。
「注意する事はあるか?」
「ないわ。構わず行きなさい」
「了解」
俺は頷いて剣を構え、トレントに向かって駆け出す。
それを迎撃するべくトレントは枝を鞭のようにしならせて振るってくるが、それを掻い潜って懐に入る。
まずは挑発。そして。
一閃。
幹に刃を食い込ませ、剣を振り抜くがHPの減りはイマイチ。通常モンスターだが、レベルは相手の方が上。それにこの感触はかなりタフなモンスターだと予想できる。
トレントは目の前にいる俺を叩き潰そうと反対の枝を振り下ろしてくるが、俺はそれを回り込むようにして躱す。
だが、トレントはその身を回転させ、左右の枝を振り回して追撃してくる。
「俺ばかりに気を取られていていいのか?」
しかし、それが俺に届くよりも早くトレントの背後から風の槍が直撃し、その動きが一瞬止まる。
(ダブルスラッシュ!)
その隙を突いて新しく覚えたアーツを叩き込む。
鋭く速い二連撃。
それなりのダメージは出せたが、発動後の硬直は普通のスラッシュよりも長い。
その明らかな隙を目の前のトレントが見過ごすはずもなく、枝を俺に叩きつけようとしてくる。
「何故俺が隙ができるアーツを使ったかわかるか?」
だが、その枝にマーネの放った風の刃が直撃し、攻撃は再び妨害された。
「俺には頼りになる相棒がいるからだよ」
たしかにレベルは上のモンスターだが、すでにマーネの魔法を何発もくらい、俺の新アーツも叩き込んである。
トレントのHPは残りわずか。
硬直が解けた俺は回避よりも目の前の幹にさらにスラッシュを放った。
しかし、それでもトレントのHPは削り切れないが、それはマーネの想定のうち。同時に放たれた風の槍がその幹を捉え、トレントのHPは消え去った。
〈レベル9になりました〉
〈SPが2ポイント加算されます〉
「……目当てのアイテムは出たのか?」
「ええ。ちゃんとね」
まあ、マーネの強運なら出ない方がおかしいしな。
「帰りましょうか。セカンディアに戻ったら今日は終わりね」
「明日はどうするんだ?」
「始まりの街に戻るわ。杖を依頼しないと」
そうして目的を達成した俺達はセカンディアに向けて帰路についた。




