始める前に
「もうすぐ時間ね。そろそろ準備しましょうか」
「それはいいんだけど……」
俺は自分のベッドの前でヘッドセットを抱えたまま立ち尽くしていた。
「プレイ中の体は睡眠状態にあるから横になっておくのをオススメするわ。だから、早く貴方も横になりなさい」
「そう言われてもな。そこ、俺のベッドなんだけど」
「?知っているわよ」
俺のベッドの上で横になっている凛は何を当然の事をといった表情で首を傾げた。
「ああ、そういう事ね。はい。これを貸してあげるわ」
「貸してって……」
思わず受け取った枕に視線を落とし、ため息を吐いた。
「まあ、いいか」
お前が床で寝ろとも言えないしな。それに硬い地面に横になるのは慣れている。
俺は枕を床に置き、ヘッドセットを一度置いて横になった。
「ゲームを始めたらまずキャラメイクがあるわ」
「キャラメイク?」
「ええ、そうよ。といってもこのゲームはキャラの性別を変えられないし、見た目も大きくは変えられないわ。リアルであるが故の弊害って話よ。大きく変える事で現実との齟齬で脳に異常が出るかもしれないんだって」
わからなくもない。いきなり身長が10センチも伸びたら上手く体を動かせないだろう。ゲーム内でそれに慣れたとしても今度は現実で問題が出そうだ。
「だから、キャラメイクで主に決めるのは職業とスキルの二つよ」
「ふむ」
「職業に関しては初期ではそう多くないわ。戦士、魔法使い、シーフ、神官、生産者の五つよ」
ゲームをほとんどやらない俺からすればそれが多いのか少ないかの判別はつかないが、少なくとも凛の言う通り多いという印象はない。
「初期?」
「そう。職業にはクラスチェンジというのがあって、レベルを上げる事でより上位の職業に転職できるの。それが結構選択肢があるのよ。まあ、それはその時に改めて話すわ」
「ああ、その時は頼む」
「それでもう一つはスキルね。これに関しては初期でも数が多過ぎてなんとも言えないわね。最初に選ぶ選択肢だけでも百を超えているし。その中から五つ選ぶのだけれど、それは好きなのを選ぶといいわ」
「いいのか?」
「現時点じゃどれがいいというのもないしね。それに、ゲームは楽しむものなんだから効率よりも自分の楽しめる選択をしなさい」
「そうだな。そうするよ」
凛の話じゃ効率ばかりを重視するプレイヤーもいるらしい。一番になりたいという気持ちもわからなくもないが、俺はそれを目的にするつもりはない。
きっと凛も同じ気持ちだろう。まあ、凛が効率を重視するというのならそれならそれで否はないんだけどな。
「あ、でも歩法術っていうスキルだけは取っておいた方がいいかもしれないわ。便利なスキルだから」
「覚えておくよ」
「最後に、名前は本名はやめておきなさいよ。見た目をあまり変えられないから名前まで本名だと身バレしかねないのよ」
「ん、気をつけるよ」
「じゃあ、そろそろ時間ね。また向こうで」
「ああ、また」
ヘッドセットを被り、電源を入れるとすぐに目の前に『GAME START』の文字が浮かび上がり、俺の意識は徐々に沈んでいった。
それにしても、ヘッドセット被った状態で枕って意味あるのか?