エリアボス:VSジャイアントボア1
ポーションを買い足した後、何度も通っている串焼き屋で食事を取り、マーネのMPが回復するのを待って北の森にやって来た。
現在いるのは昨日蜂の巣があった森の奥。ここからさらに進むとエリアボスがいると言っていたわけだが……。
「今さらなんだけど、挑むのは北の森のエリアボスなのか?」
「本当に今さらね。でも、ちょうどいいわ。挑む前にエリアボスの説明をしようと思っていたから」
一度森の奥に視線を向け、マーネはエリアボスについて説明を始めた。
「ここのエリアボスはジャイアントボア。名前の通り巨大な猪よ。基本はフォレストボアと変わらないわね」
フォレストボアは今日も道中戦った相手だ。耐久が高めなモンスターだからその上位であろうジャイアントボアも耐久が高いのだろうと予想できる。
「猪らしく攻撃は突進が主ね。ただ、他に厄介な攻撃があって『ヘビースタンプ』と呼ばれる踏みつけがあるの。両前脚を振り上げての強力な踏みつけで威力もそうだけれど、周囲に衝撃が走って、それを受けるとスタンしてしまうのよ」
「スタン?」
「一時的な麻痺よ。予備動作が大きいからすぐわかるから絶対に受けない事ね。ジャイアントボアは動きが単調な事以外は大きな弱点もなくてステータスも高めなの。今の私達なら一撃で負けるわね」
まあ、未だに俺の防具は初期装備だし、マーネの装備は俺よりもいいが職業的に耐久が低い。一撃というのは誇張でもなんでもないだろう。
「あ、そうだ。ちょっとメニューを開いてくれる?」
「ん?ああ、わかった」
俺は言われるままにメニューを開くと、マーネは横から俺のメニューを覗き込み、何か設定を弄り始めた。
「何をしたんだ?」
「ちょっとね。これをやっておかないと後々面倒になるのよ。それより、そろそろ行くわよ。準備はいい?」
「ああ」
「ここから先はもう後戻りできないわ。エリアボス戦は勝つか負けるかするまでそのエリアから出られないから」
「勝てばいいんだろ?」
「そういう事よ。じゃあ、行きましょうか」
何か目に見える境界がある訳ではない。だが、ある一線を超えた場所から空気が変わったように感じた。
エリアボスの領域に入ったという事はなのだろう。
ここからは先はいつ出てきてもおかしくないという訳だ。
そして、森が途切れ、開けた場所に出たその時、森の奥から地響き共に咆哮が聞こえてきた。
「ブオォォォォ!!!」
「来たわね」
「みたいだな」
俺は咆哮と地響きから来る方向を予測し、マーネの位置を確認しながら前に出る。
攻撃は突進が主という事は直線に並ぶとマーネに被害が行く可能性があるからな。
準備は整った。いつでも来い。
そして、その時はすぐに訪れた。巨大な茶色い物が木々の間に見えたと思った直後、立ち並ぶ木を薙ぎ倒しながら巨大な猪が現れた。
ジャイアントボアLv12 エリアボス
種族:魔獣
「デカいな」
ジャイアントボアという名前に決して負けない巨体。あまりの大きさにまるでトラックを相手にしているかのような気分になる。
その口からは巨体に見合う二本の牙が伸び、凶悪さを醸し出している。
大きいというのはそれだけで脅威になる。フォレストボア相手には足に魔法をぶつける事で転ばさせていたが、この巨体には意味をなさないだろう。
一旦立ち止まったジャイアントボアは自らのテリトリーに入り込んだ侵入者を睥睨し、後脚で大地を掻く。
「ブオォォォォ!!」
「来るか」
突進を開始したジャイアントボアに対して挑発を発動させてヘイトを上げる。
「そこそこ速いな」
一直線に突進してくるジャイアントボア。マーネの言っていた通り動き自体は単調。速さはそれなりにあるが避けるのは難しくない。
ジャイアントボアが変化できない位置まで引きつけたうえで横にずれて躱し、すれ違い様にスラッシュを叩き込む。
「流石にそこらのモンスターとは違うな」
アーツの直撃を受けたというのにそのHPはほとんど減っていない。というか、見た目じゃ本当に減っているのかわからないくらいだ。
しかも、厄介なのは足を止めないことだ。
通り過ぎたジャイアントボアはそのままカーブを描いて曲がり、再び俺に向かってくる。
これでは攻撃を与えられるのはすれ違う時くらいしかない。まあ、それならそれでいいさ。攻撃が当たるならいつかは倒せるしな。カウンターのスキルを取ったのは正解だったな。
「それに」
攻撃が当たられるのが限定的なのは俺に限った話だ。
横合いから飛来した火球がフォレストボアの横っ面に直撃し、炎を散らす。
「マーネには関係ないからな」
俺がヘイトを稼ぐまで攻撃を自重していたマーネだが、ここからはどんどん魔法を使っていくだろう。
俺のヘイトを超えないようにする必要はあるが、それは俺が気にする事ではない。マーネならその辺りも計算しているだろうしな。
「まあ、ダメージはそれ程でもないようだが」
火球の直撃受けたにも関わらずジャイアントボアは気にした様子もなく突進を続ける。やっぱり頑丈だな。
「長期戦は覚悟のうえだ」
次々と放たれるマーネの魔法を受けながらジャイアントボアは突進を続ける。それを躱してスラッシュを叩き込む。
ここまで何度も繰り返してきたやり取りだが、ジャイアントボアのHPはまだ七割近くも残っている。
それでもこのまま行けばいつかは倒せる。だが、仮にもエリアボスともあろう相手がこのまま終わる訳もない。
そして、今まで通り突進を躱そうと待ち構えていると、唐突に変化が訪れた。
突進の途中でジャイアントボアがブレーキをかけ、俺の前で止まると両前脚を振り上げた。
ここで来たか。マーネが注意するように言っていたヘビースタンプとかいう技だ。
この技は踏みつけに当たらなかったとしてもその衝撃でスタンしてしまうらしい。だとしたらどうやって躱す……。
「跳びなさい!」
マーネの声が耳に届いたと同時に俺の体は動き出し、その場で跳び上がる。
その直後、俺の足と地面との間に風球がピンポイントで放たれ、解き放たれた風によって俺の体はジャイアントボアよりも高くまで跳ね上がった。
その眼下でジャイアントボアは両前脚を激しく振り下ろす。その威力は凄まじく、局所的な地震を起こし、地面を砕く程だ。
あれはちょっとジャンプしただけじゃ影響を受けていたかもしれないな。
と、そこで今まで見上げるだけだったジャイアントボアを見下ろす事で一つの案を思いついた。
「マーネ!」
マーネの名前を呼び、視線をジャイアントボアの頭上に向けた直後、一本の風の矢が俺の背に当たり、前方に吹き飛ばした。
「流石だ」
あれだけで俺の考えを察して完璧に実行してくれる。
風の矢を受けて前方に吹き飛ばされた俺はジャイアントボアの背に手を伸ばし、その毛を掴む。そして、その背に跨るように着地した。
「ここならもっとダメージを与えられる」
左手でジャイアントボアの毛を掴み、右手に持った剣で斬りつけていく。
「ブオォォ!!」
なんとか俺を振り落そうとジャイアントボアは身を震わせ、走り出す。
今までは単発でしか攻撃を当てられなかったからカウンターでアーツを叩き込んでいたが、連続で攻撃を当てられる今なら普通に攻撃した方が多くのダメージを与えられる。
MP温存のためにマーネは攻撃を控えていたが、それでも今までよりも早いペースでダメージを与えていく。
そして、HPが五割を切ったところで戦いはまた変化する。
今まで開けた空間で戦っていたジャイアントボアが森の方へと向かって駆け出した。
「む」
まずいな。このまま森の中に行かれるとただではすまないだろう。
俺は森の中に入る前にジャイアントボアの背中から飛び降り、地面を滑りながら着地する。
そのまま木を薙ぎ倒しながら森の中に入っていくジャイアントボアは森の中で旋回し、再び俺に向かって突進してくる。
そこまでは今までと同じ。違いはジャイアントボアの巨体に跳ね飛ばされた木が飛んでくる事。
「厄介だな」
飛んでくる木を掻い潜り、その奥から突進してくるジャイアントボアの脇をすり抜ける。当然カウンターでのアーツを叩き込む事は忘れない。
そのまま開けた空間を駆け抜け、森の中に入っていくジャイアントボア。
「人生楽はさせてくれないな」
ここからはまた長期戦だ。




