蜂の巣
「あら、いいものがあったわよ」
「いいもの?」
立ち止まったマーネの視線を追うと、森の開けた場所に岩山と見間違うかのような巨大な蜂の巣があった。
「蜂の巣、だよな?」
「ビッグホーネットの巣ね。蜂自体が大きいのだから巣も相応に大きくなるのは当然でしょ?」
ビッグホーネットはここまでにも何度も遭遇したスズメバチ型のモンスターで、その大きさは小型犬程もある。
それほどの大きさのある蜂の巣なのだからあの大きさも当然か。
「……何やっているんだ?」
俺が巨大な蜂の巣の見上げていると、隣のにいたマーネがおもむろに杖を蜂の巣に向けた。
「せっかく見つけたのだからこうするのよ」
杖の先から放たれた土球は一直線に蜂の巣に向かい、そのまま直撃した。
「大丈夫なのか?そんなことしたら……」
「こうなるでしょうね」
案の定、巣を攻撃されたビッグホーネットが黙っている訳もなく、無数の羽音を響かせながら大量のビッグホーネットが巣から出てきた。
「レベル上げにちょうどいいわ。殲滅するわよ」
「わかったよ」
こうなってしまっては仕方ない。逃げようにもビッグホーネットの移動速度はかなり速い。
逃げたところで俺の速さでは追いつかれるだろうし、俺よりもAGIの低いマーネならなおさらだ。
となれば残された選択肢は戦う事だけだ。
俺はマーネをその場に残して前に進み、ある程度距離を置いて立ち止まって挑発を使う。
それによって俺にヘイトが溜まり、本来巣を攻撃したマーネを無視してビッグホーネットが殺到してくる。
「まあ、なんとかなるか」
四方八方から容赦なく殺到してくるビッグホーネット。だが、焦りはない。
そもそも、俺にできることなどこの剣で振る事だけだ。ならば、俺はただ敵を斬ればいい。
ビッグホーネットはここまでも戦ったからその特徴はわかっている。速さはそれなりだが、耐久は低い。通常攻撃一発で十分に倒せる。
だから俺は剣を振る。
無数に押し寄せるビッグホーネットを剣の間合いに入った先から次々と斬り伏せていく。
前後左右、隙間なく向かってくるビッグホーネットを斬って斬って斬りまくる。
いくら仲間が殺されようとビッグホーネットは止まらない。その体の大きさに見合った針で俺を突き刺すべく決死で向かってくる。
しかし、その針は届かない。
もし、俺が一人だったならば然程時間をおかずに俺はその針に突き刺され、倒れていた事だろう。
この無数のビッグホーネットを相手するには手が足りないのだ。
だが、今俺は一人ではない。俺の手が回らないビッグホーネットに対して的確にマーネの放つ魔法が援護してくれるのだ。
目の前に迫るビッグホーネットを横薙ぎで纏めて斬り払い、返す刃でその後ろに続く二陣を薙ぐ。
その隙に背後から迫ってくるが、俺が対処するまでもなく飛来した火の矢が貫いた。
本当にいい援護だ。
思わず漏れた笑みを収め、俺はただ目の前の敵に対して無心で剣をを振るう。
「ついに暗くなってしまったか」
戦闘は小一時間程続き、未だ終息していない。
とはいえ、かなりの数のビッグホーネットを屠り、数も減ってきている。巣からも追加戦力が出てくる様子もなく、ようやく終わりが見えてきた。
すでに辺りは夜の闇に包まれてしまったが、少し前からマーネの出したライトがあるお陰で視界にも困らない。
まあ、元々視覚にはそれほど頼っていなかったが。そんなものに頼り切っていては死角からの攻撃に対応できなくなってしまうし。
「あとはこのまま何もなければじきに殲滅できるだろう」
「そういうのをフラグって言うのよ」
「む?」
マーネの意味のわからない言葉に首を傾げた直後──。
「ガアァァァァァ!!」
森の奥から轟いた咆哮と共に一頭の熊が飛び出してきた。
フォレストベアLv5
種族:魔獣
「フォレストベアね」
「なんだってこんな時に……」
「ハチミツでも取りに来たのかしらね」
「この蜂ってミツバチだったのか?」
「違うわよ」
「…………」
さて、マーネの冗談はさておくとして、あの熊をどうするか。
ビッグホーネットの相手はすでに慣れた。数が減った事もあって一人でも対応できる。
というか、こっちに余裕があるのがわかったのか途中からマーネの援護が飛んでこなくなった。
とはいえ、そこにあのフォレストベアも加わるとなるとかなり面倒だな。
一番の問題は俺がまだフォレストベアと戦った事がない事だ。何をしてくるかわからないからこそ集中して相手しなければならない。
ビッグホーネットも相手しながらできるだろうか?
と、そんな事を考えているといつの間にか後ろにいたマーネが隣にやってきていた。
「その蜂殲滅しといて」
「あれはどうするんだ?」
「私がやるわ」
「わかった。任せる」
俺は挑発を使って改めて引きつけ、マーネから離れるために移動した。
◇◆◇◆◇◆
ロータスが離れていくのを視界の端で捉えながら向かってくるフォレストベアに杖を向ける。
「ファイアショット」
放たれた火の弾丸がフォレストベアの眉間に直撃する。
ファイアショットは火魔法Lv2で覚える魔法。威力は低いけれど、出が早く、弾速も速い。
威力が低いからフォレストベアはわずかに顔を顰めるだけで速度を緩める事なく私の方に向かってくる。
今の魔法はダメージが目的じゃない。ヘイトを私に向けさせる事。
私は続けて火魔法Lv2で覚えるファイアアローと風魔法Lv2で覚えるウィンドアローを放ち、距離があるうちにダメージを積み重ねる。
この二つの魔法はスキルレベル×3本の矢を放つ事ができる。一発一発の威力は低いけれど、全部当てれば総ダメージはファイアボールとそう変わらない。スキルレベルが上がれば相応に威力も上がっていく。
そのうえ、放った後に自由に操れるから使い勝手のいい魔法でもある。
全弾顔に命中したフォレストベアはそれを鬱陶しそうに首を振る。それによってわずかに速度が落ちた時間で新たに魔法を詠唱し、土球を放つ。
その魔法も直撃するも、フォレストベアのHPはまだ半分近く残っている。
この頑丈さに加えてフォレストベアは攻撃力も高い。そのうえ、敏捷値もそれなりに高く、北の森に出現する通常モンスターでは最強と呼ばれている。
物理攻撃よりも効果の高い魔法でもこれなのだから普通のプレイヤーなら出会わないのは祈るべきモンスターになる。
「私には関係のない話ね」
目の前まで迫ったフォレストベアが勢いそのままに噛みついてくる。
でも、その攻撃は知っている。
ヒラリと一歩横にずれて躱し、すぐさま詠唱に入る。
噛みつきを躱されたフォレストベアは不機嫌そうに唸りをあげて立ち上がり、振り返りながら鋭いためを持つ剛腕を振るう。
「それも知っているわ」
トンッと振るわれた腕の外側に跳び、その腕に杖を向ける。
かのゲームのシステム上、その場を動くと詠唱中の魔法はキャンセルされる。
ただ、その動くというのが肝になる。何を持って動くとされるのか。それは、足。
両足が地面を離れ、再び地面に足が着く事。
例えば、高い所から落下しながら詠唱したとしても落下中はキャンセルされない。地面に足が着いた時点で動いたとみなされてキャンセルされる。
だから、こうして攻撃を回避しても地面に足が着くまでなら魔法はキャンセルされない。
「ウィンドボール」
放たれるのは風球。風の魔法は他の属性に比べて威力がやや低い。ただ、その分ノックバック効果が高く設定されている。
元々熊は二足歩行する動物じゃない。なのに、無理矢理立ち上がって腕を振り、さらにその腕に風球を受けたフォレストベアは勢いに流されて仰向けにひっくり返った。
このゲームはリアルだからこそ単純に当たるだけではない駆け引きがある。ロータスも首へのダメージが多い事に気づいてそこを重点的に狙っているように。
そして、首以外にも多くのモンスターに共通して大きなダメージを与えられる場所がある。それはどこか。
「ガァ──」
「終わりよ」
立ち上がり、咆哮をあげようと開いたフォレストベアの口に杖の先にを突き入れる。
「ファイアボール」
答えは口の中。
口内で炸裂した火球はフォレストベアに断末魔の叫びをあげさせる事すらさせずに焼き尽くした。
「あっちは終わったかしらね」




