誘引薬
「とりあえず、スキルレベルを上げない事には始まらないわ。ユーナ、貴女前に詐欺師の森に行った後に作っていたもの持っている?」
「うん?ああ、あれかい?持っているよ」
少し考えた後、ユーナは思い出したようにポンと手を打った。
「これの事だろう?」
そう言って取り出したのはピンク色の液体が入ったビン。
「それは?」
「誘引薬だよ」
[誘引薬の原液]品質C+
モンスターの好む臭いを凝縮した薬。水に薄めて撒く事で周辺のモンスターを集める効果がある。
「聞いた事ニャい薬だニャ」
「僕のオリジナルレシピだからねぇ。まあ、大図書館に似たようなレシピはあったけれど」
「PKに持たせちゃいけないアイテムッスね」
興味津々といった様子でラピスとミャーコがユーナの持つ誘引薬を覗き込む。
「水に薄めて使うのか」
「このままだと効果が強過ぎるからねぇ。だいたい十倍くらいに薄めるといいと思うよ」
「なるほど」
「そりゃ!おおっと、手が滑った!」
俺が納得して頷いていると、突然ユーナが誘引薬入りのビンを地面に叩きつけた。
「何をやっているニャ!?」
「いやー、うっかり手が滑ってしまってねぇ」
「掛け声まであげといて白々しいニャ!」
「実は原液のままの実験はしていなくてねぇ。つい」
「ついじゃニャいニャ!」
普段冷静なミャーコが珍しく声を荒げてユーナに詰め寄っていく。それだけまずい状況という事か。
「うわー、これはまた……」
その時、ラピスが顔を引きつらせて森の方に視線を向けた。
それにわずかに遅れて俺の気配察知が数えるのも億劫になる程の大量のモンスターが向かってくるのを捉えた。
「ニャニャ!大量の羽音と揺れが近づいてくるニャ!」
「お、おい!これなんとかなるのか!」
「無理ね。倒すどうこうではなく私達二人じゃ全員は守りきれないわ」
とにかく数が多い。効果範囲の狭い挑発ではほんの一部しか引きつけられない。
「自分逃げていいッスか?」
「全方位モンスターで埋め尽くされた森を抜けられるなら構わないけれど」
「やっぱり、ここが一番安全な気がするッス!」
「いやー、大変な事になったねぇ」
お前が言うな!
内心全員思ったが、この状況でもニヤニヤとした笑みを浮かべたままのユーナ相手に何を言っても無駄だと揃ってため息を吐いた。
「ヤバイッス!こんな話をしているうちにもうすぐそこまで来てるッス!」
すでに目前まで迫ったモンスターの群れを前に俺は思考を巡らせる。
何か方法はないか?
俺とマーネだけならおそらく生き残れる。だが、他の四人…ラピスは一応戦えるから三人……最悪二人を守りながら戦えるかといえばほぼ不可能。
とはいえ、そう簡単に諦める訳にはいかない。
俺達がここに来たのは元々ミャーコ達の護衛のためだ。それなのに、護衛である俺達が危険を呼び寄せたとか問題でしかない。
どうにか切り抜けられる方法はないかと必死に頭を働かせ……。
そこで俺はハッとして背後の池を振り返った。
「池だ!池に飛び込め!」
「どういう事?」
「さっき潜った時、この池にはモンスターどころか生物の気配が一切しなかった。何か特殊な池なのかもしれない」
確証がある訳ではない。それでも、今はそんなわずかな可能性にでも縋りたいのだ。
「あり得る話ね。みんな、池に入って!」
ミャーコ達は頷き合い、池の中に飛び込んだ。
「来たわ」
「あれは、トカゲか?」
夜の森の中から飛び出してくる大量のモンスター達真っ先に目につくのはここまでに散々戦ったメガヤンマ。だが、今回はそれ以外にも数種類の初見のモンスターが混じっている。
「水かきがあるから正確にはイモリね。トカゲは爬虫類だけれど、イモリは両生類だから結構違うわよ」
オオイモリLv22
種族:魔獣
「それに、デカいホタル」
あれだけ風情のあったホタルも小型犬くらいの大きさがあると綺麗などとは言ってられない。しかも……。
爆弾ホタルLv23
種族:魔蟲
「ずいぶん物騒な名前だな」
「試してみるわ。アクアアロー」
そう言ってマーネが水の矢を一本爆弾ホタルにぶつけると、その瞬間周囲のモンスターを巻き込んで爆発した。
「物騒なのは名前だけじゃないか」
攻撃された瞬間爆発するとするなら俺とは相性最悪だ。
「でも、一ついい事がわかったわ」
「そうだな」
それは池の中にいる四人にモンスターが目もくれないという事だ。
どうやら、あの池は特殊な何かだという予想は外れていなかったようだ。正直賭けの部分が多かったが、割れていた。こっちには幸運の女神がついているのだ。
「背中は任せたわ」
「ああ、任せろ。俺のも頼むぜ」
「ええ、もちろんよ」
背中合わせにそれぞれ蓮華と魔杖を構えて立ち、モンスターの群れと向かい合う。
「行くぞ」
こうして俺達は長い戦いに突入していった。




